鳥篭の夢

Story/幼い記憶



これは昔々の話。
ニーナが生まれる少しだけ前の思い出。




「はい、かあさま」

優しく名前を呼ばれて返事をする。少しだけ淋しそうな母の笑顔は一体何に対してなのだろうか。今でも分からない。
でも微笑んでいる姿。それから母は私を引き寄せてそっと抱き締めてくれた。

。私の可愛い娘。
たとえ貴女が黒翼を持つ者だとしても・・母は何時でも貴女を愛していますよ」

まるで口癖のように繰り返す言葉。少しだけお心を病んでいらしたのかもしれない。
今から考えれば当たり前だ。漸く生まれた初めての娘が不吉を背負っていたんだから・・・・。
それでも、数少ない自分に向けられる愛の言葉に幼い私はただ喜んでいた。
それからもう1つの生命を内包した母のお腹にそっと手を当てる。

「かあさま・・もうそろそろ生まれるのですよね?」
「えぇ、そうよ。にとって妹か弟になるわね」
「わたし、いもうとが良いなぁ・・」
「あら、どうして?」
「だって、そうしたらいっしょに遊べるでしょう?男の子だったらそうはいかないもの」

ぷぅっと頬を膨らませる私に、母は一度驚いた様に目を見張って、それから微笑んだ。

「ふふ・・そうかも知れないわね。男の子ならお世継ぎになるものね」
「うん。タイヘンなのはわたしだけで良いもの。
かあさまはいっぱい褒めてくださるけど、とうさまはなにも言ってくださらないし・・・」

黒翼を持って生まれとしても第一王女に変わりは無かった。だからずっと王家の者としての教育を受けてきた。
毎日勉強詰めで頭が痛くなるほど・・それでも父は当たり前だと何も言わない姿に少しだけ不満があった。

「それでもね、お父様は貴女を嫌っている訳ではないのよ。ただ皆の前ではあまり表に出せないだけなの」
「・・・・はい、わかってます」

黒翼の者が王家を継ぐ。それは由々しき事態だと大臣が話していたのを聞いた事がある。
不吉を背負うものが王家を継げる訳が無い。否、継いではならない。それを気にしているのは本当に年を重ねた一部の者達だ。
だが、それらが権力を握っているのだから性質が悪いと、何時だったか愚痴を零す父の姿を見た事があった。
だからこそ父は思い悩み、私と話す事すら出来ないでいる事を幼心に理解していた。

元々、賢い方ではあったと思う。だから物分りが良くて、すぐに諦めてしまう。

「とうさまのコトを思うとおとうとのほうが良いんでしょうか?」
「そんな事を言わないで、。どうか弟でも妹でも生まれてくる子を一緒に愛してあげて」
「はい、かあさま!」

まるで慰めるように優しく頭を撫でてくれる母。私はそれだけで良かった。それだけで幸せだった。
生まれてくる下の子に優しくしようと思えた。あの環境で性格が捻じ曲がらなかったのは、侍女達の優しさだけではなく母の愛も受けたからだろう。
妹が生まれる前も、産まれた後も、変わらぬ愛を注いでくれた。それは感謝すべきだと今でも強く思えるものだ。


さて・・・・これは蛇足なのだけど、数ヵ月後に生まれた妹の姿に父王は本当にほんの少しだけ落胆していた。
そして望み通り妹だった事に、私が小さく喜んだというのは・・・秘密の話。



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