鳥篭の夢

Story/家族になろう



常と変わらない日々。私は食事の支度をしてレイの帰りを待つ訳だけど・・・今日は少しだけ違った。

「あ!おかえりなさい、・・・・レ・・イ?」

扉が開いた先にいたのは、全身にゆったりとした服を纏っているレイの姿だけじゃなくて、もう1人。
紫色の長い髪の毛をボサボサにした私達よりずっと幼い男の子だった。

。とりあえず何か食わせてやれ」
「あ、うん!」

レイの言葉に呼応するように“キュゥゥ・・”と男の子のお腹が鳴る。それに私は少しだけ笑った。
出来上がっていた食事を皿に盛り付けてテーブルに出すと、男の子は驚いた様にそれを見つめていた。
それから何度も何度も料理と私の顔を見比べる。何か嫌いな物でもあったのかな?

「冷めない内にどうぞ」

安心させようと思ってそっと頭を撫でると、ぽろぽろと声を押し殺して涙を零す。・・・えと、困った。私が泣かせちゃったんだよね?
困ってレイに視線を向けると、逆に少しだけ柔らかい笑顔で返される。
彼のそんな笑顔を見る事自体が珍しいんだけど・・・いや、それより今はこの状況を何とかしないと・・・。

「もしかして、嫌いな食べ物があった?それとも何処か痛いの??」

ボロボロの服。ボサボサの髪。そして足についた金属性の輪。
パッと見ただけでもこの子の境遇が良くなかったのだと分かる。
それでも男の子は何度も首を横に振って、涙を拭って、漸く料理に手を伸ばした。一生懸命に食べる姿。
私はそれに安心して、ただその様子を見守った。


満腹になって緊張の糸が切れたのだろう。
食事を終えた男の子はそのままふらふらと倒れて、私の膝を枕に寝てしまった。

嵌められた足枷。繋がる鎖は途中で切れている。一般的に見れば、それは奴隷か人身売買を生業にする商人の商品につけられる物だ。
多分、この男の子は捨てられたんだろう。或いは貧困に耐えられなくて親に売られてしまったか・・・。
どちらかは分からないし、もしかしたらそうじゃないかも知れない。真相なんて私には分からない。

膝枕をしながらそっと男の子の髪を撫でる。ただ伸びたままの髪の毛。僅かだが痩せ細った痛々しい身体。
ろくに食べ物も貰っていなかったのだと、その体型だけでも理解できた。

「ねぇ、レイ。何があったのか説明してくれる?」
「あぁ・・・そうだな」


ポツリポツリと口を開く。レイ自身、この男の子が何処から来たのかとかそういうのは知らないらしい。
ただ偶然今回のターゲットにしたのが人身売買をしている人で、男の子はその人に連れられていた。
最初は俯いていたその子が、不意に顔を上げて───

「・・・目が合った?」
「あぁ。まるで、隠れていた俺の存在に気付いてたみたいに真っ直ぐにこっちを見たんだ」

レイは、まるで思い出すように目を細める。男の子は一体どんな想いでレイを見たんだろう。
それはただ気紛れに?それとも救いを求めるような・・・・?分からないけど、やっぱり後者ではないかと私は思う。

「まぁ、ターゲットに見つかる訳にもいかねぇし・・・一瞬ビビッたけどな」

一度だけ肩を竦めておどけて見せた。軽い人間であろうとする、何時もと変わらないレイの癖。

「さっさと仕事を片付けて、帰ろうと思ったんだ。最初はな。だけど・・・・」

そこで言葉を止める。失礼だけど・・・珍しく真剣な瞳。

「アイツはやっぱり俺を見てた。変わらない目線でずっと・・な」
「それで連れて帰ってきたの?」
「ま、根負けってヤツさ」
「そっか・・うん、でも良いんじゃないかな。家族が増えるのは嬉しい事でしょう?」
「ん?」
「え?」

不思議そうな顔になるレイに、私も首を傾げる。あれ?だって一緒に暮らすから連れて帰ったんでしょう?

は良いのか?生活に余裕無いぜ?」
「んー・・・・でも、それは何時もの事でしょ?」
「・・・・・確かに」

そう言って2人で笑いあう。毎日は確かに厳しいけど何時もの事。今更2人が3人になったってそんなに変わらない。
だったら、折角の出会いに感謝して・・。新しい家族が増えた事を素直に喜びたい。
まぁ、それはあの子が私達を受け入れてくれるのならば・・・ていう根本的な部分を置いといてるけども。

──もそり。膝の辺りで動く感覚。視線を向ければあの男の子が丁度目を覚ましたところだった。
目を擦りながら起き上がって、どこか不思議そうな顔をしている。

「お、目ぇ覚めたか」
「おはよう」
「・・・ぉ、おは、よぅ」

たどたどしく挨拶を返す。まだ怯えたような申し訳なさそうな赤い瞳が私達を捉える。
それでも敵意の無い笑みを見せれば少しだけ安心したように見えた。

「そういえば、君の名前は?」
「?・・・・・ティーポだけど・・」
「そう、ティーポ。良い名前ね」
「・・・ぇと・・」

どこか困ったような視線。自分は一体これからどうなってしまうのかと問うようにも見えなくはない。まだ不安が拭いきれない表情。
だから目線を合わせて、そっと頭を撫でて、そうして私は笑った。

「ねぇ、ティーポ。私達から1つだけ提案があるんだけど・・・」


“私達、これから家族にならない?”



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