鳥篭の夢

Story/お守り



あの時の私はまだ幼かったし、何も知らなかった。だけど・・・そうなんだけどね、レイ。
私はあの時、すぐに貴方だと分かったんだよ───


「・・・レイ、大丈夫かな?」

その日は帰りが遅かった。普段ならもう帰ってくる時間をずっと過ぎていて、更には雨まで降っていた。
心配。何かあったんじゃないかって不安が胸中を支配する。窓の外を見ればぽつぽつと雨粒が窓際を濡らした。

「・・だから、ドロボウさんなんて悪い事はダメって言ってるのに」

それはもう私の口癖。それでもレイは盗みに出かけた。“俺達みたいな子供が生きるには仕方ない”って言って。
まるでそれを自分に言い聞かせるような言葉。だから私も必要以上には止めない・・というより止められない。
だって結局は私もレイが盗ってきてくれた物で生きてるんだもの。文句は言えないし、私が正しいと示す術も無い。

──・・・・グ・・・ルルゥ・・─

雨音に掻き消えるような獣の声。それも常のシーダの森であれば絶対に出遭う事の無いような肉食獣の声。
それに私は聞こえてきた声の方へ視線を向けた。恐る恐る窓から覗いて・・・そして、何を思ったのか外に出た。
肉食獣・・・唸り声を上げる虎の傍へと、ただ無防備に近づいた。

「レイ?」

それは“何となく”だった。怪我をした肉食獣。それの危険を知らなかった訳じゃない。だけど、確信していた。
あの獣が“レイ”だと、なんの根拠もないのに私は確信していた。

「レイ、凄い怪我してる!!早く手当てしなくちゃ・・っ」
『グルルル──』

唸り声は雨音に掻き消され、そして不意に襲う衝撃。全身に痛みが走って思考が飛びそうになった。
顔を上げれば、私を見下ろす虎の姿。ただ獣の瞳で私を見る。肩口を掴まれ、押し倒された状態。
その牙で噛み付かれれば、その爪を大きく振り下ろされれば、それだけで私は死んでしまうだろう。
それでもレイはそれ以上何もしてこなかった。ただ酷く呼吸が荒くて、傷が深いのだと分かる。

「大丈夫・・大丈夫だよ。もう怖い人はどこにもいないよ。だから・・・ね?」

ぎゅうって強く抱き締める。ドクドクと心臓が早鐘を打つみたいに動いているのが分かった。
それからレイがゆっくり瞳を閉じて、体重を私に預けてくれる感覚。気付けばレイは人間の姿で、私の腕の中で眠っていた。

「ほら、やっぱりレイだった」

正解だった。間違っていなかった。それが少しだけ嬉しいと思う。それから傷を治して、木の下まで引き摺った。
目が覚めるまで雨を凌ごうと思って・・・やっぱり私の力じゃ家までは運べなくって、それだけが残念。
ふと首元に目線を持ってきて、首から提げていた2つの首飾り・・ロケットペンダントではない方をレイにつけた。
綺麗な石のソレは母曰く“お守り”なんだそうだ。だからこれ以上無理をしないようにって、私からお守り。

「レイ・・もう無茶したらヤダよ?」

・・うるせぇ・・・」
「あ。起きてた」
「今起きた・・・・此処はシーダの森・・か」
「そうだよ。おかえりなさい、レイ」
「あぁ」

どこかボンヤリとして合わない焦点。自分の体中にこびり付いた血液を見て、レイは顔を顰めた。

「・・・レイ?」
「何でもねぇ」
「・・・・・・うん」

レイはそれ以上何も言わない。
多分、あれが本能に従った結果なんだろう。それを示すようにレイは一度息を吐く。

。アレを見たんだろう?」
「うん」
「もうあの時の俺には近づくな」
「でも・・・」
!!」
「・・・・ヤだ。怪我してたら近づくよ、これは譲らない」
「・・・っ!!」

レイが黙り込む。私は何だかんだで頑固だから、一度言い出したら聞かないってレイも分かってる。
だから困ったように乱暴に自分の頭を掻いた。

「レイも大怪我しないように気をつければ良いんだよ」
「今回はちょっと油断しただけだ」
「つまり、その油断が命取りなんだよね?」
「・・・・あぁ、まぁな」

言い返せば、言葉を濁す。何だか可愛く見えてそれに私はくすくすと笑った。

「ねぇレイ。これ、お守りだからね?レイが怪我しませんようにって」
「・・・何時の間につけたんだ?」
「ついさっきだよ」

レイは首元を探るようにしてお守りを眺めた。虎人の中でも、レイはどっちかっていうと獣の方に近い。
全身が被毛に覆われてて、小さな首飾りだと隠れて分からないから丁度良いと思うんだ?ニッコリ笑えば呆れた顔をされた。

「・・・ありがとな、

柔らかい笑顔。それだけで私は充分。母様から貰ったものは1つになったけど、それでも良いの。
レイがそれを大切にしてくれて、レイが怪我をしないなら・・それで良いんだよ。



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