Story/林檎
紅くて艶やかな色彩の皮。
ナイフで中を割れば甘酸っぱい香りを漂わせる果実。
林檎。
それを初めて食べた時のリュウの顔は今でも忘れられない。
それはレイが“狩りの途中で生っていたのを見つけた”と持って帰ってきた物だ。
春も近づいて、獲物も森に戻りつつあった。
木の実も生っていたし、川には魚も戻ってきていた。
ティーポとリュウと“もうそろそろご飯が無くて死にかける事は無いね”なんて冗談半分で話していた頃。
でも確かにこのまま行けば飢えに苦しまなくて良いなぁって思っていた時。
───ガチャリ。扉が開いて、その先に巨大な獲物を抱えたレイが立っていた。
「あ!兄ちゃんおかえりーっ!」
「おう。・・思ったより獣達が戻ってきてるな、これなら食うには困んねぇだろ」
「良かったぁ。育ち盛りが3人いるからご飯が少ないのはもう勘弁だね」
「あぁ、そうだな・・・って、それは俺も入ってねぇか?」
「勿論。ティーポの次には食べてるんじゃないの?リュウはちょっと小食だよね」
「・・・そうかなぁ?」
自分ではわからないとリュウが小首を傾げる。それに私は小さく笑みを漏らした。
ティーポも笑ってから気付いたようにピタリと止まる。
「あれ?姉ちゃん。もしかしてそれってオレが一番食べるって事?」
「うん。だって一番食べてるでしょう?」
「そ・・そんな事無いってば!!兄ちゃんだって食べてるじゃん!!」
「確かに2人は良い勝負だけど・・」
「俺は狩りがあるからな。食わないと体力もたねぇし」
「むー・・・」
レイの言葉に、ティーポが至極不満げな瞳を向ける。それが少しだけ可愛いなぁなんて。
「良いじゃない。いっぱい食べて、いっぱい動いたら大きくなるよ?兄ちゃんを抜かすつもりで頑張れ」
「う・・うんっ」
なんて話しながら不意に視線を巡らせると、リュウがじぃっと林檎を見ている事に気付く。
そういえば初めて見るのかな?
「リュウ、林檎食べる?」
「えっ・・良いの?」
「それは別に良いと思うけど・・・でももう林檎が生る季節かぁ」
「西の方で生ってたぜ。ここら付近のはまだ青いけどな」
「それならこっちももうそろそろね」
そう言って、ナイフで林檎を半分に切ると、甘酸っぱい林檎特有の香りが部屋に広がった。
ソレをティーポとリュウに1つずつ渡す。
「あ、ありがとう姉ちゃん」
「いただきまーす」
「もうそろそろご飯だからこれだけね。・・・レイは切らなくて良いんだっけ?」
「あぁ」
頷く姿にもう1つ転がっていた林檎を投げて寄越せば放物線を描いたソレを上手くキャッチして口に運んだ。
初めて食べた林檎はどうだったのかと思ってリュウを見れば、一生懸命に食べる姿が目に入る。
何だか酷く嬉しそうな、何かに感動するようなリュウの顔が面白かった。
「美味しい?」
訊ねると、口いっぱいに林檎を頬張っているからか一生懸命に頷いて返す。
どうやらそれ程までに美味しかったらしい。
そんなに嬉しそうに食べてもらえると少しだけ嬉しいなって思う。別に採ってきたのは私じゃないんだけどね。
とにかく、レイに感謝・・かな。
でも・・今考えれば、その日からリュウの林檎好きは始まったんだと思う。
何かあると林檎を物欲しそうに見るようになった。
好きなものが出来てくれたのは嬉しいけどね。
気をつけないと食卓に林檎を出しておくとソレばっかりになるからなぁ・・・。
なんてリュウに対して小さな悩みが出来た事はまた秘密の話。