鳥篭の夢

Story/炎の夢



───なんで?

呟こうとして声が音にならなかった。全身が痛い程に熱さを感じて“逃げろ”と訴えている。
そう・・燃え盛る炎の中に私はいた。
あの時の・・シーダの森の隠れ家がまた燃えている。もう一度・・燃え落ちていく。

これは『夢』

分かってるのに、呼吸する度に肺に入ってくる空気の熱さはあまりにもリアルだ。
内臓が燃え爛れそうな熱。感じるのは、ただ炎に対する恐怖。
逃げようと思って身体が動かない事に気付いた。それでも炎は確実に私へと迫ってくる。

───やだ・・止めて、こないで!

叫びたくても音が出ない。恐怖からか、或いは夢だからか・・・それは分からない。
ゆらりと炎が迫って私の身体を一瞬に覆った。
熱さとか痛さとかは逆に感じない。
あの時、私が炎からは無傷だったから感覚が分からなくて反映されなかったんだと思う。
だけど・・・炎は私を着実に燃やし尽くしていった。
私の皮膚が、脂肪が、筋肉が、神経が、内臓が・・・緩やかに黒く炭化していく。
私と言う存在が無くなって、1つの大きな“炭”の塊に変貌していく。

ドチャリ。身体が崩れて床に落ちる音。
瞳が何も映さなくなって、ただ広がる漆黒の世界───恐怖。

───や・・・いやっ!誰か助けてぇっっ!!!!



「・・・・・っ!!」

まるで身体が跳ねるように飛び起きた。呼吸が荒くて、肩が何度も大きく上下する。
・・・・ほら、やっぱり夢だった。
私は生きてる。ちゃんと・・今此処にこうして存在している。
そうやって自分に言い聞かせるけど、身体が震えた。
膝を立てて、額をつけて、両手で目を覆う。大丈夫、泣いてない。
泣いてる姿なんて誰にも見せなくなかった。

1人で旅をしていた頃は、幾度と無く見ていた夢。
毎晩怖くて飛び起きて、それから眠れなくなって、つらかった。
少しずつ炎に慣れて、少しはマシになったと思ったのに・・・どうして今更あんな夢を見たんだろう?

考えてテントから出ると、ガーランドさんの姿。
あぁ、そうだ・・今は2人で旅をしてるんだった。
まだ夢から抜けきってないのか漸く思い出して、それから獣避けの為に焚いた炎に僅かながら恐怖心を抱く。
少し離れた場所に座れば、ガーランドさんが一度だけチラリと私に視線を寄越す。

、どうした?」
「いえ・・別に・・・」

とても低い声音、ゆったりとした喋り方がどこか安心する。

「あの・・ですね・・・」

私は・・何を言おうとしてるんだろう?気づいたら口を開いていた。

「私・・・本当は怖くて・・・」
「ん?」

薪をくべるのを止めて、ガーランドさんが私を見る。

「本当は・・・私、炎が怖いんです」

不思議そうな、怪訝そうな表情。
それはそうだろう、今までずっと私が食事を作ってたんだから。
その間、炎を怖がる素振りを見せたつもりはない。

「シーダの森で・・皆と離れ離れになったって話をしましたよね?」
「ああ」
「その時、家に火が放たれて、ほとんど燃え落ちてしまったって・・」
「・・・ああ」

「あの時・・・私、いたんです。炎が燃え盛る中に・・」

瞠目。ただ息を飲んだのが分かった。

「最初は全部私の所為だと思ってました。
家が燃えて、あんな思いして、皆とも離れ離れになって・・・。
それは全部、私の黒翼が吸い寄せた災厄だって思ってて・・それからずっと炎が怖くて。
もしかしたらまたあんな事になるんじゃないかって、料理とかも全然出来なくて・・・。
あ、でも今はもう平気なんですけど」
「・・・別に無理をする事は無い」
「・・・・・あの、えっと・・」

でも平気になっていたのは本当。あ、ううん・・“平気だと思ってた”だけかもしれない。
だって急にあの夢を見て、今の私はこんな風に怖がっているんだから。

「一度恐怖心が植えつけられば、取り除くのは困難だろう」
「そう・・ですね。今ちょっと実感しています」
「火を恐れるのは悪い事ではない。勿論にもその翼も関連性など無い。
・・・まぁ、気に病むな」
「・・・はい」

分かっている・・ただ、私は黒翼の所為にしたかっただけだ。
あんな事になってしまった理由が欲しかっただけ・・。
炎から隠れるようにガーランドさんの傍に行く。ぽてりと横になれば地面がひんやりとしてて心地良い。

「ガーランドさん、こうして寝てても良いですか?」
「ああ、それで眠れるなら好きにすると良い」
「・・ありがとうございます」

優しい言葉。それに甘える事にして私はゆっくりと瞳を閉じた。

もしかしたら“ヒトリ”になると見てしまうのかもしれない。
あれはヒトリになる切っ掛けだったから・・・。
ティーポもレイも、リュウもいなくなってしまって・・だからヒトリが怖くて炎の悪夢を見るんだろう。



inserted by FC2 system