鳥篭の夢

Story/発熱と不安と



「・・・38度。
もぉー早く言わなきゃダメよ?ったらー」
「ごめんなさい・・・」

体温計を覗き込むモモに、ただ謝罪の言葉しか出ない。
体力無いのにちょっと無理しすぎたかな?
一応気を付けてるつもりだったんだけど、どうやら疲れが溜まってたみたいで急な発熱。
あぁ、本当に申し訳ないです。

「姉ちゃん大丈夫?苦しくない?何か欲しい物とは?」
「あは・・大丈夫だよ、リュウ。
休んだらすぐに良くなるから」

ニッコリと笑うけどリュウの表情は晴れない。でもまぁ、泣かないだけマシかな?
昔ティーポが風邪引いた時はすっごい大泣きだったもんねぇ・・・リュウは。

「ごめんニーナ。今日はリュウの事お願いね?」
「あ、はい・・。
でも本当に大丈夫ですか?さん」
「うん、平気。
だから気にしないで遊びに行っておいで?」
「でも姉ちゃん・・」
「私は1日ゆっくり寝てるから、行ってらっしゃい」

そっと頭を撫でる。
あぁ、その泣きそうな顔とか小さい頃と全然変わらないね?なんて少しだけ。
ニーナも心配そうな顔してて・・でもうつしちゃったら悪いし、それじゃ意味無いし。

「じゃあ、何かあったらちゃんと言うのよー?」
「うん。ありがとう、モモ」

モモが心配そうにしてくれながら部屋から出て、それを切っ掛けに皆も同じように出て行った。
心配かけたくなくて出来るだけ笑顔で見送る。
小さく音を立てて扉が閉まって───静寂。


ただ時が過ぎていくのをボンヤリと感じる。
誰もいないと本当に静かで、窓の外から聞こえる音もずっと遠い。
熱が視覚にも影響を及ぼしているのか空間が歪んで見えた。
上手く思考が回らず“考える”という事を邪魔する。
何だか無性に不安になって、酷くヒトリが恐ろしいと感じて思い切り布団を被った。

「1人なだけで、ヒトリじゃない・・から」

“だから平気”だと自分に言い聞かせ・・・られてないけど。
さっきからぐるぐるとした不安が気持ち悪い。
身体を丸くしてジッと耐える、耐える、耐える───あぁ、何てヒトリは恐ろしいんだろう。
もしかしてレイもリュウもヒトリの時は同じだったのかな?
同じように恐怖を感じていた??
ティーポは大丈夫?今はヒトリじゃない?怖い思いとかしてない?

・・・・分からない。考えたって私には何も分からない。
心配。不安。元気に笑っているだろうか?無事だと良い。無事であって欲しい。どうか生きていて。


───バサリ

急に暗かった世界が明るくなって驚いた。
顔を上げればレイの半ば呆れた表情が目に入る。

「レイ?」
「ったく、何してんだ?
「んー・・・ボンヤリしてた?」

疑問に疑問系で言葉を返すと、1つため息。
でも何時もみたいに返す気力は無い。
拍子抜けしたような意外そうな顔をされて・・やっぱり酷いと思うよ、そういう反応って。

「ほら、水飲んどけ」

ずい、と出されたコップにはなみなみと注がれた水。
確かに咽喉は渇いていたのでありがたく頂く。
咽喉を通っていく水のヒンヤリとした感触が何だかとても気持ち良かった。
少しだけ気分が浮上。
でもそれはきっと水だけじゃなくてレイが傍にいてくれるからなんだろうけど。

「飯、食えるか?」
「?・・うん」

朝から食べてないからちょっとだけお腹空いた気はしなくも無い。
見れば、レイの持ってる盆に乗った小さなお鍋が湯気を立てていた。
その正体はお粥・・・・・・むむ、お粥かぁ。

「・・・パエリアが食べたかったなぁ」
「パエ・・っ!?またそんな胃に悪そうなもんを・・・」
「でも美味しいんだよ?パエリア」
「文句言ってんじゃねぇぞ?そこの病人」
「・・・はーい」

しぶしぶ頷けば噴き出すように笑われた。酷い。
私の身体を支えながら起こしてくれて、お粥を小さな器によそって渡してくれる。
“パエリアじゃねぇけどな”なんて意地悪そうに笑いながら言うけど・・・いえいえ、嬉しいですよ。
お粥も美味しいから大丈夫、ありがとう。なんて返しながら器を受け取った。
冷ましてから口に入れると、じんわりと美味しいお粥の味が広がる。
誰かが作ったご飯なんて久しぶり。
でも、これって・・

「レイが作ったの?」
「ん?あぁ」
「料理、上手になったね」
「ばーか。お前程じゃねぇよ」

コツリ、額を軽く小突かれて思わず笑みが漏れた。

「ふふ。だって私はずーっと作ってるもの」
「ま、俺もここ何年かは自炊位してたってこった」

それは離れ離れになってからずっとヒトリだったから。
考えて、思わず食べ進めていたスプーンを置く。

「あ?どうかしたか?」

怪訝そうな瞳。
熱だ・・熱の所為だ、泣きそうなんて。

「レイは・・ずっとヒトリでつらかった?」
「どうした?急に」
「何でもない・・けど、少しだけ気になって」

見れば複雑そうな顔。ゆっくりと口を開く。

を・・・お前らを守れなかったってずっと思ってたし、そりゃあ・・な。
でもお前らが生きてたって分かったんだ、気が楽になったさ」
「でもまだティーポは見つかってないもの・・・」

「生きてんだろ?ティーポは」

言葉に唖然。
私の言葉を信じていてくれてるんだって漸く分かって・・・

「・・・・・うんっ!」

ただ思い切り抱きついた。
熱だから不安なんだと思う。後1人だけ家族が見つからない不安が大きくなってて。
泣くのはまだ堪えて、せめてティーポに会えるまでは・・・大丈夫、きっと会えるから。

ぽんぽんって背中を叩かれて見ればレイの苦笑。

「ほら、さっさと食って寝ろ」
「うん。そうする」

これ以上リュウ達を心配させちゃダメだし・・・レイも、心配してくれてるみたいだし。
黙々と食べて。それをレイが見守って。
あぁ誰かが傍にいてくれてるんだと思うと急に安心する。
食べた器をレイが受け取ってくれて、そのままごろりと横になる。
そっと頭を撫でられて───不思議と眠気に襲われた。

「レイ、傍にいてね?」
「へいへい。全く、普段もこんだけ可愛げがありゃあねぇ」
「・・・酷い。
あ・・後、尻尾もほしいな」
「これか?───ほら」

ぽふりと顔面にふわふわとしたレイの尻尾。
抱き締めると気持ち良い。

そういえば、ティーポにも誰かが傍にいてくれてるのかな?
ヒトリボッチじゃないかな?
私みたいに誰かが傍にいてくれると良いなんて、そんな事を考えながらゆっくりと眠りについた。



inserted by FC2 system