鳥篭の夢

姉妹/04



聞かれてはいけなかった事。知られてはならない真実。
黒い翼の娘が姉だなんて。
シーダの森で細々と生きてきた女が姉だなんて・・そんな事実は。

様!」

セシルの声。それに立ち止まって、漸く私は自分が走っていた事に気付いた。
・・・・・あぁ、そうだ。
ニーナの反応を見るのが怖くて、否定されるかもしれないと思っただけで恐ろしくて逃げたんだっけ。
ボンヤリと自分の行動を思い返す。
私は何時まで経ってもこんなに弱い。そんな事を頭の端で考えた。

様、申し訳ございませんっ!
私が不用意な事を口走らなければこんな・・・。
様の意にそぐわない言葉を・・・あぁ、本当にどれだけ言葉を尽くしても足りませんわっ!」
「ううん、良いんだよセシル」

悪気は無いって分かってるから。
今までだって私の弱さで何も言えずにいただけだから。
そう。良く考えれば今までバレなかったのが不思議な位・・・・・・。

「セシルがそんな風に気負う必要性はないんだよ。
だから・・ね、顔を上げて?」
様・・」

深く下げていた頭が上がって、潤んだ瞳が見えた。
心から申し訳ないって思ってくれているのが分かる。
おかげで少しだけ頭が冷えた。

「・・・・・・そっか。知られちゃったんだよね」
様、あの・・」

恐る恐るとセシルが口を開く。
だけどきっとその口から聞けるのは謝罪の言葉なんだろう。そう思って私はただ笑った。
セシルは何も悪くない。ずっと隠し通せるだなんて甘い考えだった私が悪いの。

「何だか逆にスッキリしちゃった。ありがとう、セシル」
「そんな・・・様、お願いですからそんな風に笑わないでください」
「え?」

それは、どういう意味なんだろう・・・?

「責めたって良いんです。これは私がしでかしてしまった事なのですから・・・。
そんな悲しい笑顔をされる位なら私の事を恨んでくださっても良いんです、シーダの森の事だって・・!!」
「セシル・・・」

恨んだ事なんてなかった。
セシルはお姉さんみたいな人だったから。大切な人だから。
私が一部の人間から疎まれていた事は知っていたし、その疎んでいた人間が高い地位を持っていた事も知っていた。
セシルがそれを拒むという事はその生命を失う事に繋がる。
失いたくないから私はソレを受け入れた。それだけの事・・・。
今回だって私がニーナに打ち明けられなかった事をセシルが言ってくれただけ。
このままじゃダメだって分かってた。
ただ・・・まだニーナの反応を見れなくて、これから嫌でも見る事になるって分かっているから・・・それが少し怖いだけ。
それを伝えたらセシルは少しだけ困ったように・・でも笑みを漸く見せてくれてそっと私の両頬をその手で包み込んだ。

様。どうか私の前では無理をなさらないでください。
幼い貴女様のあの頃から今まで変わらず、私にとってかけがえのない存在なのですから」
「ん・・・本当にありがとう、セシル」

ただ、その言葉が胸に沁みた。
泣いてしまうのではないのかと思う程に、じわりと温かさが広がっていく感覚。

「それに・・・ほら」

ほら?何だろうって思って視線を巡らせて・・・・ニーナの姿に息を飲んだ。
走ってきたんだと思う。
息を切らせて肩が大きく上下していて、でもその目は私をまっすぐ見つめている。
一度セシルを見れば柔らかく笑っていた。
言葉にしないで唇だけが“大丈夫ですよ”って形作る。
大丈夫・・・だろうか。否定されないだろうか。
走ってきてくれた事は確かに嬉しいけど不安は消えない。
嘘吐きだと罵られないか、こんなのが姉だなんて知りたくなかったと言われないか、考える事すら怖くなった。


・・・さん」
「ニーナ」

何度か深呼吸をして荒かった息を整えてからニーナはハッキリと私を見据えた。
それから何かを言おうと口を開いて・・・そのまま閉じる。
その綺麗な瞳は涙で潤んでいた。

・・さ・・・・・お姉様っ!ごめんなさい!!」

そのままニーナは私の胸に飛び込んできて、何度も何度も謝罪の言葉を口にして。
ただ私は何も言えずにニーナを抱きしめて泣きじゃくるニーナの背をそっと叩く事しか出来なかった。

「わ、わたしっ・・ずっと何も知らなくて・・。
さ・・ずっと苦しいの、ごめんなさ・・」
「ううん、良いんだよ。これはニーナが気に病むことじゃないの。
このまま何も知らないままだって本当は良かったんだから・・・」
「そんな・・っ・・そんな事、言わな・・・・。
わたし本当に驚い・・・でも、嬉しくて・・!」
「ニーナ」

“嬉しい”って・・・言ってくれた?それに、さっきも“お姉様”って呼んでくれた・・・よね?
しゃくり上げながら一生懸命に言葉を続けてくれるニーナの姿。
それが酷く可愛くて、愛おしくて仕方なかった。
とんとんと何度も背を叩いて、漸くニーナも落ち着いたのか涙を拭いて顔を上げる。
真っ赤な眼をしたままだけど少し落ち着いたのかな?
さっきよりも冷静な表情。私の方が動揺してるんじゃないかって思う位。

さんの事、本当に驚いたんです。
お姉様の事なんて誰からも聞いた事なかったから。
だけど本当に嬉しかったんです!!
さんがお姉様だったらってずっとずっと思ってたから!
きっとこれからもさんをお姉様って呼べない事は分かっています。
でも、そう呼べなくてもわたしはずっとお姉様だと思っていますから!
何時までもお慕いしてますから!!
あ、でもそれは、あの・・さんがご迷惑でなければ・・・なんですけど」

最初の勢いは如何したのって言いたくなるように、ニーナは最後の最後で急に言葉を小さくする。
上目遣いで不安げに見つめるソレがとても可愛くて思わず私は笑った。
あぁ、本当に・・私の大切な妹。

「ありがとう、ニーナ。
・・・良いですか?確かに血筋の上で私達は姉妹になります。
それでも私が追放された今、貴女も分かっているようにそれを口外する事は絶対になりません。
ですが・・・私も貴女の事を心から大切な妹だと思っていますよ。
今までも、勿論これからも・・・ね?」
「お姉さ・・ぁ、さん」

きょろきょろと辺りを見渡して慌ててニーナは私を名前で呼んで、本当に嬉しそうに笑った。
つられて私も笑顔になって・・・きっと満面の笑みになってるんじゃないかな。だって本当に嬉しい。
今までずっとニーナに拒絶されるんじゃないかって不安だった。
・・・永遠に叶わない夢だと思ってた。
だけど受け入れてくれて、嬉しいって言ってくれて。
こんな幸福があるなんてって───今はそう、心から思う。

それからニーナに姉妹だと知らせる切っ掛けをくれたセシルに対する感謝の念が湧いてきた。
ちょっと方法としてはアレ・・・というか事故というか。
それにセシルも申し訳なく思ってたけど、結果としては良い方向へ進んだんだし。
ニーナと顔を合わせて・・多分、考えてる事は同じなんだと思う。
一度2人で笑ってからセシルへと向いた。

「「ありがとうセシル」」

「ぇ・・あ、そっそんな!
そのような過分なお言葉、私には勿体無いですわっ!!!」

慌てて首と両手を横に振って顔を真っ赤にするセシルの姿。
それに、私達は今度は声を出して笑った。


ありがとう、セシル。
貴女のおかげで私達はこれから姉妹としていられるようになったんだよ。
そして・・・ありがとう、ニーナ。
貴女が受け入れてくれたからこそ、私達は姉妹に戻る事ができたんだから・・・。



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