鳥篭の夢

Story/護る



───ぱたぱた

幼い子供の走る音。嬉しそうに、跳ねる様に。

『とーさま、とーさま!!
見てください!わたし、はねがおーきくなったんです!!』

精一杯に翼を広げ、その場でくるりと回って見せる少女。満面の笑み。
だけど、それに父はただ困ったように眉根を寄せた。
てっきり喜んでくれると思っていた少女は不思議そうに首を傾げている。

『とーさま?どうしてよろこんでくださらないの?』

“早く翼が大きくなると良いな”と、少し前にそんな会話をしたばかりだった。
普段はあまり話をする機会の無い父がそう言ったからこそ・・・・尚更。

『ねぇ・・とーさま?
かーさま、どうしてないていらっしゃるの?』

父の隣にいた母はただ、崩れ落ちるように嘆いた。

『ねぇ・・・・・・ねぇ、どうして?』

少女のふわふわとした翼は畳まれ、ただ少女はその顔を困惑させていた。
生まれつき色味の強かった少女の翼。
彼女が産まれた当時から“不吉だ”と騒がれていたそれは、両親の願いも虚しく更に濃い色合いに染まっていた。


───まるでそれは、黒のように。



「と・・ぉ、さま」

ぽつり。擦れた声で父を呼んだ。
なんて懐かしい夢なんだろう。そんな事を夢現にぼんやりと思う。

「翼が大きくなるのは成長の証・・・だっけ」

翼を見る。その時よりもずっとずっと大きくなった翼。
飛翼族には2回、急激な翼の成長時期がある。
といっても最近の翼はさほど大きくもならないけど。
和毛に代わりはないのだけど3歳頃に一度。
それから羽の変わる思春期頃にもう一度。

「あの時は本当に困ったなぁ」

きっと翼の色が薄くなる事を望んで父様がそう言ってたんだってよく分かる。
少し色が付いた翼は良く見かけられたから。
薄紫色なら綺麗な翼になるって思ってくださってたんだろうな。
それでも・・・思惑通りにはならなかった。
現実は非情で、恐れていた事態・・黒翼の王女が誕生してしまった。

「父様もあの頃からもっと余所余所しくなってしまったっけ」

戸惑いがあったのか・・・ううん、それ以外にも周りの目もあった。
古い人間であればある程私に対する扱いも厳しかったし、父様も何かと言われていたようだったから。
母様は昔よりもずっと“愛している”という言葉を繰り返し、抱き締める事が多かった。
そうして必死になって私を愛し、周囲の敵意から私を守ってくださっていた。あの当時は気付かなかったけど・・。


「んー・・・かーさん」

もぞもぞと隣の小さな塊が動いた。
最愛の息子。ひょこりと覗く私と同じ濃い色合いの翼。
あの時の私と同じ。だから多分、同じように黒い翼になるんだろう。
まだ眠たげな青い瞳を向けられて私はクレイをただぎゅうっと抱き締めた。
不思議そうな表情。だけど私は笑って、それからあの時の母と同じように耳元でそっと囁く。

「愛してるわ、クレイ」

心からの言葉。もう私達は黒い翼を持つ事に恐れる事は無い。
だけどもしもまだ黒い翼を不吉だと、呪われているんだと声高に叫ぶ者がいれば私が全てをかけて護ろう。
あの時の母が私にそうしてくれていたように───。



inserted by FC2 system