鳥篭の夢

Story/その気持ち



“好き”だと言う気持ちが俺には分からない。


「ちょっとレイ!
そこで寝てたら掃除できないでしょ!?」

姉ちゃんの声。少しだけ怒ったみたいな顔。

「うっせぇな。別に少し位気にすんなっての」
「駄目だよ。後ここで終わりなんだから」
「へいへい。ったく、は真面目だねぇ」

頑なに譲らない姉ちゃんの言葉に、肩を竦めて兄ちゃんは重い腰を上げる。
何時もの他愛無い会話。
“よっこいしょ”なんてちょっと親父くさい言葉と共に立ち上がると兄ちゃんは歩き出す。

「それに最近寒いんだから、風邪でもひいたら嫌じゃない」

ぽつり、小さく呟く様な言葉。
それに兄ちゃんが嬉しそうに笑った。

「そりゃどうも」

───あぁ、その顔だ。
兄ちゃんも姉ちゃんもお互いを想っている。俺やリュウに持っている以上の気持ち。
誰かを愛しく想う、家族じゃなくて誰かを想う感情。
“愛する”という好き。

俺は、知らない。

気づいた時には一人だった。
人買いのおっさん・・記憶にはほとんど残ってない。
でも寒くてつらくて、まるで自分がカラッポだった。
兄ちゃんに助けてもらって、姉ちゃんに抱きしめてもらって、初めてあたたかさを知った。
“好き”という感情。
俺にとってそれは家族に抱くもの。または友誼の意味でしかない。

リュウは・・・いや、リュウだって知ってる。
ニーナが好きなんだ。そう嬉しそうに、はにかむ様にリュウは笑った。
俺にはまだ分からない。羨ましい・・・のかな?これは。


「ティーポ?」
「・・っわ!?」

・・び、ビックリした。
姉ちゃんの顔が急に近くにあるから。
俺がボーっとしてたのが悪いんだけどさ。でも気づかない位に考えてたのかな?
ドキドキと心臓が大きく速く脈打つ。驚いたから・・だよな?何だか変な感覚。

「大丈夫?顔が真っ赤だけど風邪でもひいた??
うーん、やっぱり最近ちょっと肌寒かったから夏掛けじゃ薄すぎたのかな?
咽喉は痛くない?咳とか・・・あ、蜂蜜あったから何か温まるもの作ろうか??」
「ちょ、ちょっと待って姉ちゃん!俺は大丈夫だから!!」

内心慌てながら、心配そうな顔で矢継ぎ早に問う姉ちゃんを何とか止める。
やっぱり頭の回転は早いと思う。だから俺は何時だって姉ちゃんには勝てない。昔からずっと。
キョトン。姉ちゃんはそんな顔をして、それからもう一度心配そうに俺の顔を覗き込んだ。

「本当に?無理はしてない?
ティーポはすぐに強がっちゃうから」
「それは子供の時の話だよ!もう俺だって大人なんだしさぁ・・・」

呆れてそう言うと“そうだね、ごめん”って言葉が返ってくる。
少しだけ楽しそうにくすくすと小さく声を出して笑う姿。それに何の意味があるのかは分からない。
でも・・・・とても綺麗だと思った。

「でも夜は温かいもの作るね。ティーポが風邪ひいたら嫌だし・・・。
そうだ!もうちょっと暖かい毛布も出さなくちゃ」
「あ。俺、手伝うよ」
「本当?ありがとう、ティーポ!」

・・・・・否、分からないのではないのかもしれない。と、俺は不意に思う。
本当は好きだったのかもしれない。
家族が想うのではない感情をもしかしたら抱いていたのかも。
それが気づいた時にはもう既に遅くて、初めから勝ち目がない感情だった。
分かっていたからこそ、無意識に理解する事を放棄していただけなのかもしれない。けれど───

「姉ちゃん」
「ん?」

くるり、振り返る姿。
黒い翼が柔らかい陽に当たって輝いて、純粋に綺麗だと思った。

「俺、姉ちゃんの事・・好きだよ」
「ありがと!私もティーポの事、好きよ」

柔らかい笑顔。昔と変わらないソレに胸が暖かくなる感覚。
もう初めの頃みたいに名前で呼ぶ事は無いだろうし、家族以上の感情を抱かれる事も無いと思う。
絶対に兄ちゃんには敵わないのが悔しいけど、でもそれは仕方が無い。
だけど・・・・この気持ちを告げる事が出来なくても別に良いって思う。
それでも傍にいたい。いや、それ程に傍にいたいんだと切に願った。

俺を家族に迎え入れてくれた。ずっと俺を護ってくれた。
そして離れても俺の事をずっと信じてくれていた。
あの華奢ですぐ折れそうな身体で、強い力もないのに姉ちゃんはずっと笑ってくれてたから。
だから今度は俺が護ってみせるんだ。何があっても絶対に。
そこだけは兄ちゃんに譲ってやらない。そう強く決意して、俺は拳を握り締めた。



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