いとせぬもの
初め、己の事すら喪った憐れな娘だと思った。
召喚され、半身を遠い時間の先へと残し、不完全な形でこの地に降り立った。
騒がしいヒト共の姿。それとは離れた場所で呆けた顔をした女が1人。その瞳には酷く退屈だという色合いを見せていた。
何者かと問えば私を召喚する為のニエ・・人身供犠だという答えが返ってきた。ある村にいた孤児の娘だと・・。
村の人間に呼ばれていたであろう名前を告げられ呼んでみれば、娘は怪訝な顔をしてそれを鸚鵡返しにする。
「お前の名、なのだろう?」
「アタシ・・?」
記憶が無い?ヒト共が私に空言を吐く必要は感じられぬから、間違いはないだろう。
私を召喚する際に使われたのが記憶だとでも?・・・否、私を呼び出すのに人身供犠など用意するような輩だ。
不完全な召喚と言い、何が起ころうと有り得ぬ話ではない。思わず長く吐息が漏れる。
「うつろうもの・・・その憐れな犠牲、か」
それに娘は怪訝な顔を見せた。暫く思案した後、その口を開く。
「んー・・・と、そんな面白くない事如何だって良いよ。
えっと・・アタシがって名前なんでしょ?そしたら貴方の名前はなぁに?」
返す言葉に少々唖然とした。己の事を一言“如何でも良い”で済ませるなど予想だにしなかったからだ。
己への関心が薄いのか、それとも単に頭が弱いのか・・。
“名前が無ければ呼べないだろう”と最もな事を言い、娘は返事を待つ。
それから私が名乗れば娘は打って変わって笑みを見せた。
「フォウル。良く分かんないけど、これからよろしく?」
疑問系の言葉。不意に私の手を取り握り締め・・・あまりの事に咄嗟の行動が遅れた。
半身がいないという問題ではない。召喚されて間もないとはいえ、一通りヒトが見せるであろう行動は予測できていた。
だがこの娘は違う。先程からその全てを覆すような行動ばかりをとるからだろう。
酷く己のペースを乱されるような思いに陥った。
それからも娘・・名を呼ばねば酷く憤慨したが、ソレは私の後をよくついてきた。生まれたばかりの雛鳥のように後ろを歩く。
に他意はないのだろう。単に記憶の初めに私がいた、そして自分と接触した者・・ただそれだけの理由。
だが不思議とは私を慕い、私自身、最初は鬱陶しいと感じたのも何時の間にか慣れたのか何も思わなくなった。
信じがたい事に、逆にいないと気にかかる程に・・・。
「フォウルっ!!」
周りの者達が恭しく頭を垂れ傅く中、だけが私の名を恐れる事無く呼び、隣へ立っていた。
何の迷いも無く私へとしがみ付こうとするのを一歩半身を引いて避ける。
それにつんのめりながら立ち止まると、憤慨だと頬を膨らませた。
「如何してそんな事するかな。避けるなんて酷くない??」
「私は知らん」
「知らないじゃないーっ!今、絶対に避けたでしょ?!」
「さあな」
はぐらかせば何処から出しているのか分からないような高音域で言葉を放つ。本当に五月蝿い奴だ。
「ねぇフォウル!聞いてる??」
「・・っ!?」
躊躇い無く触れてきた手。それが酷く温かく、同時に何処か心地良く思えたのは気のせいなのだろう。
怪訝な表情。だが、それから何を思ったのかは満足そうに破顔した。