鳥篭の夢

あんしん



ひとつ。気付かれないように、ごく静かに小さく息を吐く。
安らかな寝息を立てて寝ているの姿。
ソレを起こすのは忍びないと思う。だが、このままというのも困ったものだ。

「ウサギも回復行動に徹しているようだね。これならじきに全快するよ。
・・だそうです、うふふー」

マスターの言葉。独特な口調ではなく、正確に言えばそれは中にいるディースの言葉を伝えただけなのだが。
そうして楽しそうに笑うマスターに俺はただ頷いた。疲れている。それは違いないだろう。
“傷は治った”“体力は人よりもある”と本人がいくら主張してもあの大怪我の後ろくに休まず動いていたのだ。
休むのは当然の行為だと思う。ただ・・困惑しているのは、この状況。自身の上に無防備に身体を横たえている姿。
うつ伏せに寝ている所為で胸が当たる感覚は決して悪いとは思わないが、いや悪気が無い分やはり性質は悪いのか。
その柔らかい感触に、幼い外見とは裏腹に案外とあるのだとしみじみ思う。勿論、口にも表にも決して出せないが。

「サイアスの傍は安心しますかね?」

唐突な言葉に俺は首を捻る。

は最近リュウよりサイアスの傍にいますね。
マスターの半身よりも優先しているのは、安心感を求めているからだとディース様が言っていますよ」

安心?俺の傍にいる事が・・・・?まさか、そんな事は無いと思う。
過去の戦争でアレだけの人を殺しておいて。あんなに多くの生命を奪っておいて。己から血の臭いは拭えない。
なのに、如何してそんな人間が安らぎを与える事が出来るだろうか?


「・・・ん」

ごそり。不意にが僅かに身じろぐ。
起きるのだろう。薄く開いた瞳がボンヤリと外を眺め、直後、常のように思い切り起き上がった。

「ふぁ~・・良く寝たぁ」
「おはようございます。
「あ。おはよー、マスター」

大きく伸びをすると、は挨拶をしてきたマスターにそれを返す。
それから俺へと視線を移して同じように“おはよう”と笑みを向ける。屈託のない笑顔。

「お、は・・よう。・・・」

同じように挨拶を返せば、笑顔はもっと緩んだものになった。

「どうだい、ウサギ。体調はマシになったかい?・・だそうですよ、
「え?別にアタシは元々何とも無いけど」

不思議そうな顔でくりんと首を横に捻る。嘘ではなさそうだから本人に自覚が無いのかもしれない。
何か思案するような表情の後、はまた嬉しそうに笑みを浮かべた。

「もしかして心配してくれたの?ディース優しい~!」
「ふふふー。別にそんなんじゃないってディース様は言ってますね。
ですが心配してたのは本当のようですよ?うふふ、うふふふふー」

一頻り2人で笑うと、ふとマスターが顔を左右に動かした。

「そう言えば、はサイアスの傍が安心しますか?」

先程の問い。俺では答える事の出来なかった問い。
それに自身の心臓が強く脈打ったのが分かった。不可思議な動悸。
は何て答えるのだろうか?なんて自分らしくない思考が頭を占める。

「え?んー・・・」

は思わぬ問いだったのか腕を組んで悩む。と──

「うん、そうかも。あんまり考えてなかったけどサイアスの傍って落ち着くし。
それに一緒にいるのも楽しいよ!」

笑顔で答えてそれから“それがどうしたのか”と言葉を続ける。
ああ、俺は如何したと言うのだろう。
今の答えにこんなにも安堵するなんて、昔では到底考えすらしなかった事だ。
独りで生きていくのが当たり前の筈だったのだ。それなのに・・・・・。

「ふふふー。成る程、やっぱりそうかってディース様が言ってますよ。うふふふー」
「え?何が何が?ディース!マスターでも良いから教えてよーっ!!」
「うふふふふふふー」

楽しそうに特徴ある笑い声を響かせるマスターに、はただ困惑の顔を見せた。
それから視線を俺の方へと向けて、更にその表情を怪訝そうなものへと変化させる。

「サイアス?どうしたの??」
「い・・・や・・・」

何でもない、とまで言葉は続かなかった。代わりに首を横に振ってみせる。あぁ、顔が熱い。
夏は暑く時には鬱陶しいと感じる毛皮が、今はあって良かったと心から思う。
そうでなければ、きっと朱に染まっているであろうこの顔を見られ、笑われたに違いないのだから。



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