鳥篭の夢

もうひとつの家族達



皆さんと初めて出会ったのは・・確か7年程前の事でしたか。

魔導士の隠れ里サマサの村から、両親と共に遠く離れたサウスフィガロへ来た時は余りの人の多さと建物に目を回しそうになったものです。
本来なら秘匿されるべき魔導の力を持つ私達が村の外へ出る事はないのですが・・・父が外から来た人間である事。
そして私の特異体質・・・魔導の力の影響を受けやすく体調を崩しやすい・・・という事もありまして静養を兼ねてお引っ越しをしたのです。
サマサは土地柄から魔導の力が強くて影響を受けやすかったからですね。如何しても体調を崩しがちでした。
とは言え祖母から伝授して頂いた薬のおかげで私はそこまで酷くはないのですけども。

薬を作るという事は苦しむ誰かを助ける事。切っ掛けは自分に必要な薬を調薬出来るようになる為でしたが・・・。
薬師として誰かを少しでも手助けできる事は尊い事なのだと、その素晴らしさとそれ以上の事を沢山祖母から教わりました。
私はまだまだ未熟な薬師ですが、今後も精進して祖母のようになるのが昔からの夢なのです。


です。大きな街は初めてなのでご迷惑をおかけする事もあるかもしれませんが・・・。
これからどうぞよろしくお願いいたします」

これからお世話になる方々・・父のお兄さんとそのご家族に出来る限りの一礼をして笑みを向けます。
内心すっっごくドキドキしていましたが、それでも笑顔で迎え入れて頂いてホッとしました。

マッシュは────そうですね、出会った当時はまだ今ほどガッシリした体格ではありませんでしたね。
バルガスさんの方が大柄なイメージでしたっけ。
控えめに挨拶をされましたが、何となくそこで“あまり関わって欲しくないのかな”と決めつけてしまっていたかもしれません。
最初の頃は必要以上にお話ししませんでしたし。嫌われている・・とか、避けている・・というようでもなかったので自然と距離を置いていたかと。

少しずつお話をするようになって、父のすすめで修業をご一緒させていただくようになったりして。
・・・あ。とはいえ、私は父から剣術を教わっていたんですけども。その辺りからもう少し仲良くなりましたかね。
バルガスさんはやたら子供扱いしてかわされていましたが、マッシュにはよく相手をしてもらったりもしました。

確か、その時でしたね。力の事がバレてしまったのは。
いえアレは不可抗力ですよ?怪我人を前にして私が我慢できるかと言えばまぁ無理ですから。


あの時は、何かが落ちたみたいな凄い音がして・・・。
父と見に行った時には既にマッシュが崖下に落下した後の事でした。

「大丈夫かー、マッシュ!!」

バルガスさんが声をかけてくれましたが僅かに身体が動いたでしょうか?でも上からだとよく見えなくて。
嫌な予感で身体がザワザワとしました。
急いだ方が良いだとか、下から回って行くかとか聞こえてきて・・・いいえ、それじゃあ間に合わないかもしれないじゃないですか!なんて。

・・・!お前はちょっと落ち着け」
「お父さん、先行して行きますから助けに来てくださいね」
「アレは使うなと──」
「ごめんなさい!」

その約束は守れません。そんな意味を込めた謝罪と共に、私はふわりと崖下へ飛び降りました。

「「!?」」
「・・・っの、バカ娘!」

そんな声がした気がしましたが・・大変申し訳ない。あの時は耳を傾けている暇はありませんでしたから。
レビテトで着地の衝撃を和らげれば・・・レビテトは地面から一定距離を浮遊する魔法なのでそんな事も出来るのですが・・・私はマッシュの元へと降り立ちました。

「マッシュさん!」
「おう、・・・」
「“おう”じゃありませんっ」

力無い笑顔。くったりとした身体はあちこち損傷しているのが一目で分かりました。
これは降りてきて正解ですね。今すぐ治さなければ間に合わないと、すぐに魔法を使う為に詠唱をします。
しなくても魔法は出ますが、した方が効果が高いのです。要はイメージのしやすさという問題ですが。

・・・?」
「ごめんなさい、少し目を閉じててくださいね」

最大出力。普段なら使えない上級魔法ですが今の私の精神状態と詠唱を加えれば出来ると判断。
手から有り得ない程のエネルギーが出て・・・常なら制御できなかったかもしれません。それは奇跡だったのか、思いの強さか。

「ケアルガっ!」
「・・・っ!」

何とか魔法を発動すれば体内の力が一気に抜ける感覚がします。
倦怠感はありますが・・まぁこれは所謂、精神的疲労なので。身体面で見れば無事なんですよね。
何度か深呼吸をして整えながらマッシュを見れば、傷は綺麗サッパリ無くなっていました。
───と、そのまま顔を上げればしっかりとマッシュの青い瞳とぶつかって・・。ええ、肝が冷えるとはこの事でしたね。

「・・・見ました?」
「ああ」
「目を閉じててくださいって言ったのに」
「・・・っ悪い。何か身体が熱くなって、光も凄くて、つい・・」

最後の方はとんでもなくゴニョゴニョしてましたけど。
それからマッシュは私を見て、何時もの笑顔を見せてくれました。

「ありがとな」

ぽんぽんと頭を軽く叩くように撫でてくれて、ええと・・魔法を見たんですよね?なんて。
驚いたとか、怖いとか、気持ち悪いみたいな反応がなくてこちらが戸惑った記憶があります。ただ────

っ!!!」

「っひゃい!」

お父さんの怒声は本当に怖かったですけどね!噛みましたもん、あの時。
背後から音も無く忍び寄るなんて一体どんな非道の所業かと思いましたよ。
それはともかく。内心汗だくになりながらも私は父へと向き直りました。

「あれは使うなとアリシアに言われてただろう!?」
「ごめんなさい、お父さん」

心配と焦燥の声。怒っているのは結局、私の為です。
魔導士狩りを幼い頃に聞かなかった訳がありません。寝物語にすら語られますからね。
父は魔法とか気にするタイプの人ではありませんでしたが世の中皆がそういう訳ではない。
そして村の約束を守らなかった為に皆を危険に曝すかもしれないと僅かにも危惧しているのです。
・・・私は人命救助の為の最善を行った。それは今でも思っています。判断は間違いではないと。
だけどもっと上手くやる事も出来たのでは?と、今ではそう考える時もあったりします。

魔法の無いこの世界は。
魔法を持つ者に厳しいこの世界は。
私達魔導士には・・・とても生きにくいから。

「ガレスさん、は俺を治す為に・・・。だから叱らないでやってください」
「とはいえなぁ・・・・・・ん?マッシュ、お前がどうやって治したか分かってるのか?」
「いや。ええと、何か暖かい不思議な力で・・・こう、ぶわーっと」

抽象的な表現。だけど父はそれに何度か瞬いてから嬉しそうに笑いました。

「やっぱそう思うよなぁ、最初は」
「と、言うと?」
「はー・・。使っちまった本人相手に、あれこれ取り繕っても仕方ねぇか。
・・・が使ったのは魔法だ」

諦めたような父の声。それにマッシュはポカンとして、私を見て───

、魔法が使えるのか!すげぇな!」

と、どこか子供のような笑みを向けてくれるのですから、あの時は少し驚いてしまいましたけど。
父は変わらず楽しそうな笑顔を浮かべていました。

結局はその後で父からおじ様達への説明をして・・・マッシュを全快させたので言い訳出来なかったのもありますが。
とはいえ、マッシュにもそうですが私だけが特殊な力を持っていると限定しましたけども。
サマサの村は秘匿のまま。リスクは最小限に。
マッシュとは違って2人は結構驚いてはいましたが、それでも受け入れてくださいました。
でも帰ってからはお母さんに父子仲良く怒られましたけどね!お父さんより怖かったです。

ああ、でも受け入れてくださったおじ様達も、気味悪がらないでいてくれたマッシュにも感謝してるんです。
今だって、両親が亡くなってからもこうして家族みたいに受け入れてくれている。
村にいた頃の私は多少なりとも外の人達には偏見がありましたから、本当に不思議な気持ちではありますが。


。そろそろ皆が帰ってくる頃なので、手伝ってくれるかしら?」
「はい、勿論です。おば様!」

魔法の存在を知って尚、変わらず接してくださる皆さんがいるから。
もうひとつの大切な家族がいるから、私は笑顔で今も在れるのでしょう。



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