鳥篭の夢

想いの自覚



初めて彼女を見た時は、純粋に可愛らしい子だなと思った。
7つ下だというその子は、光の加減で金にも銀にも見えるプラチナブロンドにやや青がかった灰色の瞳をしていた。
フィガロではあまり見かけない色彩だが話を聞けば、母親の家系によく出るらしい。
確かに同じ色の髪と深い灰色の瞳を持つ母親とはよく似ていると思った。

です。大きな街は初めてなのでご迷惑をおかけする事もあるかもしれませんが・・・。
これからどうぞよろしくお願いいたします」

年齢よりやや幼く感じた見た目より、喋り方はしっかりしてて驚いたが。
あの時、丁寧なお辞儀をしたあと柔らかく微笑んだ彼女に俺はなんて言葉を返したんだったか。

最初の内はお互いに接点が無かったと言うか、興味関心が無かったって言うんだろうな。
日常会話程度はあれど積極的に関わるでもなかった。
俺も女の子相手に何を話したら良いかなんて分からなかったし、兄貴と違って接するのも得意じゃなかったからな。
何て言うと・・・今更ながら思い返せば言い訳じみてるが。
それが小さな切っ掛けで喋るようになって、今まで城で見てきた女性達とは違うんだと認識を改めた。

接しやすくて、大人びてしっかりしてると思えば、急に年相応の顔をしたりして。
修行にも参加するようになったらますます距離が近づいたというか。
一緒に修行に励むのは楽しいし、切磋琢磨する時間は充実している。
頼りになるけど、どこか危なっかしくて目が離せないし。気付けば目で追っていて────。


「お前それ・・・・恋だろ」
「は?・・・熱っ!?」

修行中の休憩で、について聞かれたから答えていたら呆れるようなバルガスの声。
思いがけない言葉にお茶が入ったカップを落として・・・あっちぃ。
今のは見られてなかったかとの姿を探せば、遠くで父親のガレスさんに追加特訓を受けていた。あの様子なら気づいてないな。
剣を振る姿に迷いはなくて、その太刀筋は綺麗だと思う。本人は全くもって納得していないようだったが。

「バカだな、マッシュ」
「いや、待ってくれ。今のは俺が悪いのか?!」

────じゃなくて!今バルガスは何て言った?
恋?俺が??何だってそんな結論に至るのか俺にはサッパリ分からないんだが。
バルガスから手ぬぐいを受け取りながら何度か目を瞬かせれば、問題発言をした張本人はニヤリと笑った。

「気付いてないのか?お前、最近ずっとの事見てるぜ」
「俺が?」

そんなまさか。見てない・・・いや、見てる、のか?
確かに危なっかしいところがあるから視界に入った時には気にしていた気はするが。

「だからと言って、それが恋だなんだって事にはならないだろ」
「そうかぁ?お前よく考えてみろよ。
嫌いな相手をわざわざ見つめた挙げ句手助けなんかするかぁ?それもしょっちゅう」
「別に嫌いじゃないからなぁ」

好意がない・・・とは、勿論言わない。好きか嫌いかで考えたらそれは好きな部類に入るだろう。
だがそれは共に修行する仲間として、共に過ごす家族のような存在として、そういった親愛の部類だろうし。
まさか俺がに対してそんな想いを抱く筈ないだろう。そもそも恋とか愛とか良く分からん。
考えながらも、新しくお茶を注ぐ。

のやつ。来た時はまだチンチクリンのお子ちゃまだと思ってたけど、最近女らしくなってきたよな。
胸とかケツとか育ってきたし」
「・・・・・・っ!!?」

丁度お茶を飲み込もうというタイミングでとんだ爆弾発言を投下されて思わず噎せる。

「バル、ガス・・・っ」
「はっはっは!普段この手の話題にはトンと無反応なお前がその反応だろ?
お前、この間俺が酒場にいる踊り子の話したらなんつった?“へぇ”だっただろうが!
このバルガス様があんなに熱弁したってのに、ったく」

肩を竦めるバルガスに噎せながらも睨み付ければ、唐突な真顔が返ってきた。

「じゃあ何でもないってんなら、は俺が貰っても良いんだな?」

やけに低い声で、バルガスが告げる。
その本気じみて聞こえたソレに心臓が何故か強く鳴った。

「もら・・・っ!別には物じゃないだろ!本人の意思はどうなるんだ?」
「ソレこそお前には関係ないだろ。今だって家族同然に暮らしてる。
一家ぐるみで住み込んでるから親同士も話し合いやすいだろうしな。
・・・知ってるか?マッシュ。の住んでたトコは村中が親戚みたいなもんなんだと。
だから親同士の話し合いだけで婚姻が決まる事も少なくないらしいぜ」

暗にそれはの意思は関係なく婚姻が決まる事もあると告げていた。
王族ならまだ良く聞く話だ。国同士の国交や利益を確固とする為に婚姻を結ぶ事もある。
でもなぁ・・・はそんなんじゃないだろ?いくら村ぐるみが親戚みたいに知った顔だからって・・・。
はそれを了承してるんだろうか?自分が好きか否か関係なく誰かの元へと嫁ぐ事を。
好きでもない相手に・・・?いや、何で俺がこんなモヤモヤ考えてるんだ。

「・・・っくく。そんな顔してる自覚ないってんだから重症だよ、お前」

笑うバルガスの言葉の意味がわからない。俺は今一体どんな顔をしているんだ?
・・・誰かの元にが嫁いで行ってしまう。いや、女性なのだから何時までも家にいる訳にはいかない。当然だろう。
それは何時かの話の筈で、そうして当然の事の筈なのに、こう、何て言うか・・・胸の辺りがやけに苦しい。


────ギィン・・ッ

金属の擦れる音に不意に我に返る。

「剣先ブレ過ぎだ。ほら、ちょっと休憩してこい!」
「はい!ありがとうございました」

ガレスさんとの声。
タオルで汗を拭きながらがこっちに来るのが見えて、ぼんやりと眺めてしまう。

「お疲れさん、成果はどうだ?」
「全然ダメです。このままでは熊狩りなんて夢のまた夢ですね」
「熊・・・お前の目標おかしくないか?」
「え?でもお父さんは狩れますよ」
「ガレスさんを一緒にすんなよ」

“あの人バケモンじゃねーか”と笑うバルガスとを見比べる。
仮に2人が結婚するとなって・・・いや、きっと何だかんだで上手く行くんだろう。それは良い事の筈だ。
俺は・・・・・じゃあ、俺は何でこんなにモヤモヤしてるんだろうか?俺は何でこんな・・・。

「マッシュさん、どうされたんですか?」

ふと影が落ちて、が間近に来たのだと分かる。
あれだけ動いていたのにどこか良い匂いがふわりと漂うのは女性だからなんだろうか。
結っていた髪が一房肩に零れ落ちていたのが見え、無意識にソレに手を伸ばしかけて、止まる。
何で俺はこんな────

“お前それ・・・・恋だろ”

バルガスに言われた言葉が唐突に蘇って、ぶわっと顔が熱くなった。
あれ、ホントにそうなのか?俺、もしかして本気での事・・・。

「マッシュさん?顔が真っ赤ですけど、もしかして熱中症??!木陰で休んだ方が・・・っ!
立てますか?えぇと、そうだ!バルガスさん手伝って頂けませんか?」
「いやっ。大丈夫だ、何でもない!」

慌てて何処かへ行こうとするの腕を思わず掴んで引き留める。
その細さと柔らかさが妙に“が女性なのだ”と意識させられて心臓がうるさい。

「大丈夫・・・ですか?本当に??」
「ああ。大丈夫だ」
「それなら良かったです」

ホッと安堵した笑みも紡がれた言葉もただ優しくて心地好くて、同時に愛しい。
ああ、そうか。そうだな。そんな単語が普通に出てくるんだから、つまりはそう言う事なんだろう。
俺は本当にそういった事にどうしようもなく鈍くて、何時までも気づけなかったが・・・。

自分よりずっと小さくて柔らかい手をそっと握りしめて俺は笑ってみせる。

「ありがとな、
「いいえ、どういたしまして」


「やっと自覚したか」

ニヤニヤ笑いで俺を見ながら、バルガスがそう呟いたような気がした。



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