鳥篭の夢

溢れる想いと親友との邂逅



「私も一緒に行けば良かったんです・・・。
そうしたら逃げる事も出来たかもしれませんし、ダメでも一緒にいればきっと────。
なのに私だけが残っちゃって。遺されちゃって」

心臓が痛い位に掴まれて呼吸が詰まる。
一緒に死ねば良かったのだと言葉にしないでも伝わって、それが酷く悲しかった。
俺では取り除けない感情だと俺自身がよく知っている。唯一無二の両親が亡くなったんだ、当然だろう。
宥めるように頭を撫でて、涙が零れる目元にキスを落とせば僅かな塩味が口内に滲んだ。
暫くそうしていれば、は漸く落ち着いたと深呼吸する。放電も何とかおさまったな、よし。
部屋の外で押し殺すような泣き声と、電気が弾けるような音がした時は心配だったが・・・落ち着けて良かった。
髪の毛を手で優しく梳いていれば、ポツリとお礼の言葉が落ちてくる。

「いや、気にするなって。俺じゃあきっと役不足だろうけど話くらいなら聞けるしな。
・・・・・・ガレスさん達の代わりとまでは言わないが、俺がの傍にいるから」
「ぇ?」

不思議そうな顔。まだ水滴が残る頬を指で優しく拭って俺は笑う。

「俺だって、もうの身内だろ?」

それは前にアリシアさんが言っていた言葉だ。

「俺もを家族みたいに大切に思ってるし、を守りたい。
魔導の力の事も、コントロールが下手くそな事も全部知ってるからフォローくらい出来るしな」

未だ今は家族で良いから、一番近くでを守りたい。もう彼女を泣かせたくない。
そんな想いは隠すように冗談めかして言葉を続ければ、も漸くぎこちない笑顔をみせた。
滲んだ涙を隠すように両頬を隠す仕草が可愛くて愛しくて。


「・・・?はい」
「俺の名前な、マシアス・レネー・フィガロっていうんだ。マッシュは愛称な」
「レネー・・・?」

レ・・・っ!?そっちで急に呼ばれるなんて思ってなくて心臓が大きく跳ねる。
首を傾げて俺を見る姿はとんでもなく可愛くて・・・静まれ、俺の心臓。落ち着け俺。
赤くなってるだろう顔を見られたくなくて、少しだけ力を込めて抱き締める。

「心臓に悪いな・・・いや。普段はマッシュのままで良いから、覚えておいてくれ。
家族みたいなものだから伝えておきたかったんだ」
「かぞく・・・」

どこかトロリと眠たそうな声では呟く。魔導の力を暴走させたし、泣き疲れたのもあるかもな。
にとって起こった事の規模が大きすぎて心身共に消耗だってするだろう。

「ああ、だから俺に気兼ねなんてするなよ?さん付けもしなくて良いし」
「・・・まっしゅ?」
「ん?」
「ありがと・・・」
「ああ」

まるで子供のような笑顔で笑うの頬を撫でれば、そのまま瞳を閉じて眠りにつく。
ベッドに寝かせて起きないのを確認してから一度ため息を吐いた。
あの喋り方・・・やっぱり可愛いよな。じゃねぇ。

ついフルネームまで教えてしまった。フィガロの王族にとって名前とは大切なものだ。
特にミドルネームは親しい者にしか教えない。いや、家族みたいな存在でいたいとは思ってるんだ。
それが確かに嘘じゃないって証明する意味でさっきは教えたつもりだったんだが・・・。
今よくよく考えたら弱っている所につけこんでるよな。側にいたいのか、離したくないのか。

と、の腕の中にある淡く光る石を手に取った。
確かいつもは机の上に大事そうに鎮座していたか・・・。

「・・・お前だろ?俺を電撃から助けてくれたのは。ありがとな」

どんな効果があるのか分からないが、途中から電撃が見えない壁に弾かれてたようだったからな。
物にお礼を言うってのは変な感じだが。でも確かもたまに話しかけてたよな?なんて思い出す。

「おかげで助かっ────」
『礼とかいらねぇから一発殴らせろや!』
「おお?」

頭に響くような謎の声。と、石が強く光を放って何かが飛び出して俺を突き抜けていく。

『っち!やっぱ殴れねぇか。幻影は面倒だな』

機嫌悪そうに尾を何度か振って、目の前に現れた小動物・・・か、あれ?
額に赤い宝石みたいなのをつけた青い身体のソイツは半透明に透けて淡く発光している。

「何だお前?」
『何って、ついさっき助けてやった恩人だろ?人じゃねぇけどな。
そんでもって、の“親友”だ』

ニヤリと笑う小動物に、俺は呆気にとられていた。
親友とかじゃなくてそもそも一体コイツは何と言う存在なんだろうか。

『俺の事はどうだって良いんだよ、今は関係ねぇし。
それより俺の親友に無断でキスとかしてんじゃねぇよ!』
「は?」

キスなんて────・・・っ!した!そう言えばしたな、俺。目元だが。
無意識だった。無自覚だった。思い出して一気に顔が熱くなる。
急に言葉が止まったからかソイツは拍子抜けしたように呆れた顔になる。

『は?まさか無意識?そんなの有りなのか?』
「いや。無しだろ、むしろ俺を殴ってほしい」
『だから殴れねぇってば』

“透けてんだよ、幻影だっつってんじゃん”とソイツは続けるが俺の耳には届かない。
というか好きな子が泣いてたからって普通は勝手にそんな事しないだろ。俺の理性ってこんな脆いのか・・・ヤバいな。

『まぁホントはさ、あれこれ言うつもりは無かったんだよなー、俺も。
と話せる訳じゃねぇし、慰めらんねぇし、俺が出来る事なんてほとんどねぇし。
だからちゃんとを支えてくれる奴がいるってのは俺からしても嬉しい話な訳だ』

“目の前であんな事するからついカッとなっちまった”と続けるが・・・いや、ちょっと待て。

「今みたいに幻影・・・だったか?それで出てくれば良いだろ。
親友なら尚更、傍にいてやらないのか?」
『傍にいたいから出てこれねぇんだよ。
俺の存在は魔導の力に依りすぎてる。には毒みたいなもんだ』
「毒・・・」

不意にガレスさんの言葉を思い出す。

“アイツは・・・は魔導の力の影響を受けやすいからなぁ。
アリシアの家系に稀に産まれるらしいんだ。は薬のおかげで助かってはいるが、普通は10まで生きられない。
魔導の力に圧迫されて、体が耐えられなくて死んでしまうらしい。
アイツの目、少し青いだろう?アリシアはグレーで、も産まれた時は同じ色だったんだ。
婆さんが言うには“魔導の力の影響を受けると色が染まる”らしい。死んだ子は例外無く青い瞳になっていたともな。
だから今回は留守番させるが・・・その間は頼むぞ?マッシュ”

出掛ける前に、ガレスさんが俺に話してくれた事。
アリシアさんの家系は稀にのような魔法が使える子が生まれ、そして幼い内に死んでいく。
魔導の力に依ってると言うなら、確かにそれはにとっては良くないんだろう。

『俺はエゴの塊で此処にいるからなぁ。
出来る事がなかろうが、話す事も出来なかろうが、それでもアイツの傍にいたいから。
だからこんな姿になっても傍にいるだけだ。
だけどお前はにとって毒にはならないからな。今のところはアイツを頼んだぜ?
にとって外で力の事も知ってて受け入れてくれる人間がいる事は奇跡だろうからな』
「何でそんな・・・」
『だってお前はの事が好きだろ?』
「好・・・っ!」

面と向かって言われて一気に顔が熱くなる。

『ただ本人の同意も無しに襲うなよ?お前なんか理性危ういし、そこは心配なんだよなぁ。
どーせ普段からあれこれ抑圧し過ぎてんだろ?あんま何でもかんでも抑え込んでると爆発するから気を付けろよ。
息抜きしろ、息抜き。そんでさっさとに告白でも何でもしとけよ』

何処か意地悪い顔で笑いながら、親友だと名乗るソイツは少しずつ空気に溶けるように消えていく。

「って、その身体・・・!」
『だからこれは幻影だっての。実体はその石だからな。
ま、そろそろタイムリミットだ。久しぶりに誰かと喋れたのは楽しかったぜ、じゃーな!』

シンとした空気。後には何も残ってなくて握りしめたままの石はやはり淡く光を帯びていた。
何かに化かされたような不思議な感覚。石を机の上に置いて、へと近づいた。
結構大きな声を出したかと思ったが深く寝入っているのか起きる気配はなくてホッとする。
ベッドに片手をついて頬に触れる。涙の跡が残ってて、それが痛ましいと思って───

“本人の同意も無しに襲うなよ?”

不意に脳内にアイツの言葉が浮かんで、思わず手を離した。
いや、今のは疚しい気持ちは無いんだ本当に。なんて胸中で言い訳の言葉が飛び交う。
マジで精神修行に本腰いれないとヤバいかもな、俺。
を怖がらせたい訳でも、気持ちを無視して襲いたい訳でもないんだから。

それにの親友とやらにまで後押しされたんじゃ応えるしかないだろ。
告白・・・は、まぁまだ俺がもっと強くなるまでは無理だろうが。
だって今はそれどころじゃないし、俺だってまずは彼女を支えられる位には強くなりたい。

「──っよし!」

己の両頬を叩いて気合いを入れ直した俺は、の部屋を後にした。



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