鳥篭の夢

永久の別れと、優しい貴方と



「え・・・?」

初めは耳がおかしくなったのだと思いました。

、よく聞いてちょうだい。
貴女のご両親が────」

次に、音が正しく理解出来なくなったのかと思いました。

“貴女のご両親が、亡くなったわ”

こんなにも恐ろしい言葉がこの世に存在するのだと初めて知りました。
脳天から錘を乗せられたようにズシリと身体が重くなって。
頭が芯から痺れたようになって思考が放棄しかけて・・・あぁ、ダメです。まだ、今は──。
おじ様とおば様の心配そうな顔が視界に入って強く拳を握り締めました。

「分かりました。2人の遺体はどうなっていますか?
せめてお葬式はしたいのですが生憎と手持ちが足りないのですけれど・・・」
「遺体に関しては数日でサウスフィガロの港に着く予定よ。それからお葬式をしましょう。
式の事は何も心配いらないわ。、貴女はゆっくり休んでいて」
「────・・・はい、ありがとうございます。おば様」

かろうじて絞り出すようにお礼を告げて私は自室へと戻りました。
扉を閉めて、何かの糸が途切れたようにストンとその場に座り込みます。

“なくなった”とは何でしたっけ? 両親は・・・どうなって、あれ?
だって、つい最近帰ると手紙が届いたばかりです。この間まで、だって元気で・・・ぇ?


「おじいちゃんが危ない・・・ですか?」
「そうなの。もう年齢的にも危ないし、この間倒れちゃったって手紙にあってね。
一度会いに行ってこようと思うのよね」
「でも、お母さん方向音痴だから1人じゃ帰れないですよね?」
「ぅぐ。母の事を良く分かってるわね・・・。
でもお父さんが一緒に来てくれるから大丈夫よ。ね、ガレス?」
「ん?おお。だがはどうするんだ?」
「ぜひ私も行きた──」
「お留守番よ」
「ええー・・・」
「まだまだ薬も必要なんだから無理して帰る事無いわ。あっちで倒れちゃったら困るでしょ?
・・・・・・それにの力は前より強くなってるから何があるか分からないし」
「ふむ。そこら辺の事情は俺には分からんが母さんがそう言うなら留守番だな」
「お父さんはお母さんに甘いです。言いなりじゃないですか、酷いー!」
「はっはっは。惚れた弱味ってやつだ」
「むぅ。でもあれですからね?
最近はガストラ帝国の軍事侵攻が激しくなってきてるらしいですから油断したらダメですよ?」
は詳しいなぁ」
「街で話題になってますから」
「そうねぇ、そうしたら遠回りしながらのんびり行くわね」
「是非そうしてください」


・・・なんて。ああそうだ、そんな話をしたのでした。
のんびりルートにした筈なのに・・・・。
遠回りにした筈なのに・・・・・・なんで帰ってきてくれないのでしょう?あれ?どうして??

全身が震えて、呼吸が浅くなって、目の前が一気に歪みました。
目元に手をやれば水滴が付く感覚があって・・・あぁ、どうしましょう。動揺してはいけないのに。
ガタンっと音を立てながら何とか這い上がるように移動して、机の上にあるカーバンクルを抱き締めました。

「カー、バンクル・・・どうしましょ・・わたしっ。
わ、わた・・・し、は・・・・っ」

喉がひっくり返るみたいにしゃくり上げて、声が上手く出てきません。
それも無意味にツラくて、悲しくて。身体中に溜まったチカラが熱くて痛くて。

「どうしたら・・・わたし・・どうしよう、カーバンクル。
おとうさんと、おかあさんが・・・・・・し、しんじゃ・・っぅぁ」

全部言うのも怖くて言葉が止まって・・・。

「ぅ、く。ぅぇ・・・っうう」

ふわりと魔石が光を帯びていて・・きっと慰めてくれているのかもしれません。
だけど意図を汲む事さえ出来なくて、ただ悲しくて、苦しくて、私は声を殺して泣きました。
もう溜めきれない魔力が感情と共に放電状態になっていても事前に諌めてくれる存在はなくて。
悲しくなった時に思いっきり頭を撫でて子供扱いをしてくれる存在もなくて。
あたたかなあのひと達は。もう・・・っ。
ああ、何で私は・・・私だけが此処にいるんだろう?どうして私は一緒に行かなかったんだろう?
そんな感情だけが胸中を支配していて────

────ッバチィ!!

電気が弾けるような音で、私は漸く我に返りました。
放電された部屋は、敵意を抱いていないおかげかコントロール出来てなくて威力が弱いからか。
部屋自体は無事ではありますが、この惨状はなかなか酷いものです。
コントロール出来ずにいる感情と同じように魔力が暴走しているのでしょう。

「なんで・・・」

なんでこうなっちゃうんだろう?
コントロールも出来ないのに、強い力だけがあって。力が何時も私の体を圧迫していて。
苦しいのに無くならなくて、何か凄い事が出来る訳でもなくて、迷惑ばかりかけて。

嗚呼、もう厭だ

「おとうさ・・・・・・お、かーさ・・・。も、やだよ」

2人のいない世界は嫌だ。帰ってこないなんて嫌だ。会えないなんて嫌。
この力も嫌。こんな体でも2人が笑ってくれていたから、側にいてくれたから何とか頑張れたのに。
色々出来るようになって少しでも期待に応えられるようになりたくて。
大丈夫だって安心させたくて、なのに・・・。
私は何も出来てない。何も返せてない。ありがとうも何も言えてない。後悔なんてしても遅いのに。


不意にドンドンと遠くで扉を叩く音。

「・・ぃ・・おいっ・・・・

バチバチと弾ける音の合間に聞こえたのは何だろう。
頭が回らなくて、涙も止まらなくて、声も全部知らないふりをしてカーバンクルを強く抱き締めました。
だって誰もこんな部屋に入れる訳がないのですから────

、大丈夫か・・・って、部屋すげぇな!」

「・・・・・・え?」

凄いですよ?だって自分でコントロール出来てないのですから。
あの、だからその・・・そのまま平気な顔で入ってきては危なくてですね。

「マッシュさ・・・っ、ダメです!」
「ぅおっ!?」

バチィッと、電撃がマッシュさんへと伸びてスレスレを掠ります。

「わ、私・・・っ。いま、コントロール・・できてな・・・・っ」

泣いていた為に言葉は途切れ途切れですが何とか伝えられたと思ったのです。
なのにどうしてこちらに突き進んで来るんですか?だって電撃は痛いですよ?
私だって自分で痺れてるのに、全身が痛くて仕方ないのに、こんなに近づいてきて抱き締めたりなんてしたら・・・っ!?

「いてっ!?相変わらず凄いな、は」
「や、はなして・・・!やだ!!」

ダイレクトに痺れるに決まってるじゃないですか!そんな平気な顔しないで!

「そんな喋り方も出来るんだな。
丁寧な話し方しか聞いた事なかったが普段もそれで良いんじゃないか?」
「・・・っ」

わざわざそんな事を言いに来た訳じゃないでしょうに。
喋り方とかもう気にしてられないし、自分がどう喋ってるかなんてわからない。
からかうなら放っておいてくれれば良いのに・・・・・・っ!
悲しみと混乱でぐちゃぐちゃした思考で、それでも睨み付けるようにしてみればマッシュさんは困ったように頭を一度掻きました。

「いや、心配だったんだ。こんな事になって平気な訳ないだろ?
はすぐに感情を押し殺そうとするしな」
「どー・・・せ、出来てなくて、こんな、ひどいのに・・っ」
「いや、押し殺してるだろ?まだ。
我慢なんかしなくて良い。思いっきり泣いて良いんだからな」
「だって・・・!」

だって思い切り泣いたら、きっとそれこそ酷い事になるのに。
部屋だって、マッシュさんだって・・・。

「俺は頑丈だから大丈夫だ」

ぽんぽんと背中を優しく叩かれて、それがあたたかくて、妙に悲しくて、淋しくて。
沢山の感情がない交ぜになって、堪えきれなくて・・・私はとうとう堰を切ったように泣き出しました。

父と母が死んでしまって悲しかった事。
自分だけが残ってしまって、共に行けば良かったと後悔したこと。
力をコントロール出来ない不甲斐なさとかも一緒に。

全部吐露したどうしようもない感情に、それでもマッシュさんは優しい表情で聞いてくれました。
まるで泣いてる小さな子供をあやすように目元にキスを落として、髪を優しく梳いて。
・・・うう、漸く落ち着いてきました。
部屋中の放電も何とかおさまったみたいですし・・分かりやすいですね、私は。
何だか子供扱いをされてしまいましたが彼からすれば私なんて子供でしょうし。

「ありがと・・ございます、マッシュさん」
「ん?いや、気にするなって。俺じゃあきっと役不足だろうけど話くらいなら聞けるしな。
・・・・・・ガレスさん達の代わりとまでは言わないが、俺がの傍にいるから」
「ぇ?」
「俺だって、もうの身内だろ?」

それは何時かの時に母が言っていた言葉でした。

「俺もを家族みたいに大切に思ってるし、を守りたい。
魔導の力の事も、コントロールが下手くそな事も全部知ってるからフォローくらい出来るしな」

明るく笑ってそう言ってくれて、だから私も何とか笑みを作って・・・すぐまた涙が出ちゃいましたが。
マッシュさんの優しさが嬉しくて、言葉が温かくて。
お父さんとお母さんはいなくなってしまったけど、マッシュさんが身内だって言ってくれて。


「・・・?はい」
「俺の名前な、マシアス・レネー・フィガロっていうんだ」

“マッシュは愛称な”と優しい声でマッシュさんは続けます。

「レネー・・・?」

泣きすぎたせいかどこかぼんやりとした思考のまま呼ぶと、マッシュさんの体がびくりと一瞬跳ねて真っ赤な顔をしていました。
ええと、間違えましたか?首を捻ればぎゅうっと強く・・・とはいえ痛くない程度の力で抱き締められます。
それは何だかあたたかくて、心地好くて、魔導の力を使った反動もあってか眠気が・・・。

「心臓に悪いな・・・いや。普段はマッシュのままで良いから、覚えておいてくれ。
家族みたいなものだから伝えておきたかったんだ」
「かぞく・・・」
「ああ、だから俺に気兼ねなんてするなよ?さん付けもしなくて良いし」
「・・・まっしゅ?」
「ん?」

眠たい思考のまま名前を呼べば、優しい声が返ってくるものですから。くすぐったい感じがして小さく笑いました。
気持ちはまだ悲しくて深い場所にまで落ちています。一緒にいたかった・・・なんて後悔の思いも。
だけど、マッシュさんの・・・マッシュの優しさを無下にもしたくなくて。純粋にそれは本当に嬉しくて。

「ありがと・・・」
「ああ」

かろうじてお礼を言って、私は深い眠りへと落ちました。
頭の片隅で、フィガロ王家のミドルネームって凄い大事なものじゃなかったっけ?等と思いながら。



「良いお天気で良かったですね」

雨だとなかなか・・・埋葬方法が土葬ですからね。やはり晴れた方が良いです。

あれから数日、漸く両親の遺体も返ってきてお葬式当日です。
とはいえ何かと話題になっているらしく、お葬式の最中もヒソヒソと噂話は聞こえてきます。
やれ、訪れた町に運悪く帝国兵が攻めてきただの。それが常勝将軍で相手も悪かっただの。住民を果敢に守る為に戦っただの、無残な死に方をしただの。
聞きたくもない言葉が耳に入る程度の音量で囁かれているのですからどうしようもありません。

まぁでもきっと本当に無残な死に方をしたのでしょうね。
遺体は損傷が激しいから見ない方が良いと、結局は最期に会う事も儘ならなかったのですから。


「はい、大丈夫ですよ。マッシュが傍にいてくださいますから」

誰かが望んでくれている間くらいは、頑張って生きていきますとも。

「泣いても良いんだからな」
「ビリビリしますよ?」

この間みたいに。

「それでも良いさ。俺は頑丈だからな」

笑って、手を握りしめてくれて・・・ああ、良かった。生きてる。なんて当然の事を思いながら。
死への哀しみと、生への安堵をない交ぜにしながら私はそっとマッシュへと微笑みました。

ええ、生きていきますとも。
貴方がくれた優しさを無駄にしない為にも。



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