鳥篭の夢

零れ出す想いの先に



「・・・・・・俺は何をやってるんだ」

側にあった建物の塀に両手を着いて、大きく息を吐く。
つい先程カイエンに“修行の成果で動揺しない”と自慢したばかりじゃないか・・・。

脳裏にの胸元が過って、何度も首を横に振って打ち消す。
いかん。見るつもりは無かったんだ。本当なんだ。
偶然立っている場所から、しゃがんでいるの胸元がはだけた瞬間が見えて・・・っ!
落ち着け、俺。思い出すな。
だって困った顔をしてたじゃないか。元々、昔から肌の露出を避けるタイプだし。
相手が女性だから強く出れなかっただけで、動揺して放電もしそうになってたしな。
慌てて手持ちの布を巻いたが、つい触っ・・・・あれ、俺どうやって巻いたんだ?

「・・・・・・じゃない」

だから落ち着けと。とにかく、修行の日々を思い出すんだ。
何度も深呼吸。精神統一。何時までそうしていたかは分からないが漸くと落ち着いて身体を伸ばす。

「あー・・・酷い目に遭ったな」

正確に言えば災難だったのは俺では無いが。
ともかく、昼食も中途半端だったが・・・どうするかな。あんま食欲わかないしなぁ。


「マッシュ!」

背後から唐突に呼ばれて、身体が跳ねる。
声の方へと顔を向ければが普段通りの笑顔でこちらに近付いて来た。気にしてないのか・・・?

「・・・
「先程はすみませんでした。手ぬぐいまでお借りしてしまって」
「ああ、いや。大丈夫だ」

内心は大丈夫じゃないが。元通りキッチリと胸元のリボンを結んでいる姿に胸中で安堵のため息。
それから手に紙袋が見えてひょいと預かれば、そこからふわりとハーブの匂いが漂った。

「これ薬の材料か?」
「分かります?」
「ハーブの匂いがするからな」
「少しだけですよ。質の良い物を見つけてしまって、逃すのが惜しくて。
こういった物は一期一会なのでつい・・・」

はにかむように照れ笑いをする姿は愛らしくて、同時に何時も通りの姿に思わず吹き出して笑う。

「笑うなんて酷いです」

なんて続く言葉に、それでも柔らかいままの表情が怒ってはいないのだと教えてくれていて。
こつ、と不意に指先がの手の甲に触れて、そのまま滑り込ませて手を握った。
柔らかくて俺と比べて随分と小さなそれ。つい握ってしまったが・・・思ったより恥ずかしいな。
チラリと視線だけ向ければの顔も・・・と言うか、耳まで赤くなっていて。
え。何だ、この可愛い生物。いや、ちょっと待てこれはヤバい。マジでヤバい。つい、なんて言葉で片付けてやって良い事じゃなかった。

そこからは何か話したかも覚えていない。多分、お互いに黙り込んでいたと思う。
何とか宿のの部屋まで来て、離す切っ掛けもないままだった手を漸く解く。
あー・・・すげー緊張したな。

「じゃあ俺は部屋に戻るからな」
「・・・・・・ぁ」

途端に何処か残念そうな、淋しそうな表情を見せるの顔に・・・・・心臓ごと鷲掴みにされたように息が出来なくなって。

ああ、駄目だ。それは別に他意なんて無い筈で。
その僅かに頬を染めるそれすらも、俺に対する何かでは無い筈で。



ああ、止めろ。余計な事を言いたい訳ではないのに・・・。

「そんな顔をされると、俺でも勘違いする」

俺に好意があるのでは?なんて思い上がった考えが頭を掠めて。
同時に、誰にでもそんな表情をするのか・・・なんて思いも過って、どす黒い感情が胃に渦巻いた。
キョトンとするを抱き上げてベッドに下ろすと、そのまま片手だけで身体を倒して押さえ込む。自分が鍛えているとはいえ、それはこんなにも簡単だ。
だからこそ無防備なその姿に僅かな苛立ちに近い感情が湧いた。

はもう少し警戒した方が良いと思うぞ。
もし相手が兄貴やロックだったら、今頃どうなってるか分からないからな?」

きつく結ばれたリボンの端を引けば、しゅるりと衣擦れの音と共にいとも容易く解けて落ちる。
開かれた胸元は、他の女性であれば何も思わない筈なのにだとそうはいかなくて。
白い肌が焦りからか紅潮していて、首筋を撫で上げればくすぐったそうに小さく声を零して身を捩る姿が酷く扇情的で・・・ダメだ、頭がくらくらする。

「マッシュ・・・?」

いや、ダメだ。修行を思い出せ、俺・・・落ち着け・・・。
これ以上は本当に不味い。もう既に“冗談でした”では通用しないってのに。
今すぐ手を離して、離して・・・ああ、頬も耳すらも滑らかで柔らかくて凄く触り心地が良い・・・。
じゃなくてっ!ヤバい、触れる手が止まらない。

「あの、マッシュ・・・」

消え入りそうな声は甘さを含んでいて。熱を帯びた瞳が潤んで見える。
こんな姿を見るのは自分だけでいたい。自分だけに見せて欲しい。
なんて、自分のものでもないのに醜い独占欲に脳が支配される。

「頼むから、もうこんな事はしないでくれ」
「こんな事・・・?」
「こんな風に男を簡単に部屋に入れるのも、肌を見せるのも。絶対に」

“俺以外には見せないで欲しい”なんて、続く音はギリギリ飲み込んだ。
心配で出た言葉ならどんなにマシだったか。
それでも混乱した顔のまま俺を見るに焦れて、固定している手に僅かに力がこもる。

「返事は?」
「ひゃぃ・・・・・・はいっ、しないです!大丈夫ですっ」

あからさまに噛んだ返事を言い直して、何度も頷く姿は可愛くて。
吸い寄せられるように首筋に口付けて舐める。
ハーブの薫りとの匂いが混ざって甘いような錯覚に陥った。
高揚感と満足感。
僅かに震える姿に征服欲が満たされて、そんなものが自分にも有ったのだと初めて知った。

「良い子だ」

欲しくて堪らなくて、愛しくて仕方なくて、頭がおかしくなる。もうずっとおかしくなってる。
いつ外れるか分からなかったタガが外れただけだと言われればそれまでの醜い情欲が・・・。
愛しくて。欲しくて。それでも怖がらせたくなくて。側で笑っていて欲しくて。
相反する感情がぐるぐると渦巻きながら・・ああ、本当に俺はこんなにもヤバい奴だったのかなんて、今更な感覚。

「あの・・・あの、マッシュ・・・」

の消え入りそうな声。泣きそうな瞳が・・・目の縁が、涙で滲んで・・・・・・。

──ッガン!

「きゃーっっ!!マッシュ!?」

悲鳴。だけどそんな事気にしてられなくて、痛みと視界が赤く滴るソレで汚れて漸く落ち着いた。
後少しで本気で嫌がろうが何をしてでも手込めにする所だった。俺は一体何をしてるんだ。

「・・・危なかった。いや、ダメか」

ダメだろう、普通に考えて。
組み敷いてはだけさせた胸元も乱れた髪や服も、泣かせた事も全て自分がやった事だ。
ほとんど力ずくで襲ってるじゃないか。触れても放電しないから、拒絶されてないと錯覚していた・・・・・・いや、それすら頭に無かったかもな。
本当にただが欲しくて堪らなかった。それだけだ。

「悪い、。怖がらせたよな・・」

涙が滲んだ目元を出来る限り優しく拭う。
怯えて逃げられるかもしれないし、罵倒されるかもしれない。殴られても仕方ない。
どんな反応をされても俺自身がしてしまった事だ。受け入れなければ──。

「ま、まずは怪我を治しても良いですか?」

真剣な表情。変わらない常のソレに、俺は思わず苦笑して頷いた。
ケアルの光は何時も温かくて心地良い。
ソレを変わらず使ってくれる事を、その手に触れても平然とする姿を喜ぶべきか否か。
いや、そんな事を考えている場合ではないだろう。彼女を傷付けた事を謝罪するのが先だ。

「改めて・・・すまない、。怖かっただろ?
俺も修行してたし、大丈夫だと思ってたんだが。それに無理やりこんな事をするつもりも無くて・・ああ、いや。これじゃただの言い訳だな。
そうじゃなくて・・・もうこんな無理強いは絶対にしないから、出来る事なら許してほしい」
「それは勿論構いませんが・・・」

ノータイムで返されると俺も流石に傷付くというか。いや、良いのかそれで?駄目だろう。
・・・・・・俺はやっぱり家族みたいなものだからか?
何だかんだ身内認定するとは甘いからな。特に距離感が。
根本的に相手にされていないのか、或いは身内相手だから無理しているとか。
とはいえ。こんな事をしてしまった手前、何でもなかったとか気の迷いとか思われるのは困る。

「・・・でも、これは別に一時の気の迷いじゃないからな」

ああ、そうだ。終わりたくないんだ。俺は。

「確かに衝動的に行動したが・・・それは相手がだからで。
俺は多分、お前にしかこんな事はしない」
「ぁ、の・・・」

このまま仲良し家族で終わりたくない。

「こんな事した後で言うのもなんだが・・・。
ぁー・・・、駄目だな。うん。多分、俺はもう我慢できないから」

痛い程に実感した。離せない。離したくない。
願えるならずっと側にいたくて。愛しただけ、同じように愛して欲しくて。
決して綺麗なだけじゃない情愛が・・それでもただだけを求めていて。

「俺はが好きだ。
仲間じゃなくて、ただの家族でも無くて・・・ずっとお前の隣にいたい。
。お前のこれからの人生を側で共に歩む事を願っても良いか?」

握りしめていた左手を持ち上げて薬指に口付ける。
それがどんな意味を持つのか位、俺にだって分かってる。

「本当は、もっと強くなって自信がついたら言いたかったんだが・・・」

なかなか現実は上手くいかないもんだな。
苦笑して、を見れば真っ赤になっていて。

「マッシュ、それは一般的にプロポーズの言葉になりますが・・・」
「ああ。プロポーズしてる。
俺はが欲しい。自身も、心も、未来も全部──駄目か?」

自分でも驚くほど貪欲な感情。
あんな事をしでかしてすぐに返事をしろなんて言う方が酷か?
まるで脅しみたいじゃないか。なんて。

「っ!だめ、じゃ・・・無いです!!」

考えていれば、否定の言葉が返ってきて・・・自惚れそうになる。自惚れても良いのか?
紅潮したままの顔で俺の左手をとって、あ、と思った時には既に薬指に口付けられてて。
なるほど。これはヤバい。のはにかんだ笑顔もヤバい。何かもう脳が蕩けそうだ。

「私もマッシュが・・・・・いえ、マシアスが好きですから。
・・・まだまだ未熟者ですが、ずっとお傍に置いてくださいますか?」
「ああ」

もう半ば無意識にの手を引いて、抱き締める。
名前を呼ぶのはズルいだろう。ああ、もう可愛過ぎて仕方がない。
柔らかい身体が俺の腕の中にあって、それが拒否されなくて。
あんな事をしたのにプロポーズまでも応えてくれて。
何だこれ。俺は明日死ぬのか?あ、いや。そう簡単に死ぬつもりなんか全く以て無いが。


「?はい」

名前を呼べば無防備に顔を上げるから、そのまま口付けを落とす。
今までとはうってかわっての充足感。幸福感。それは自分でも驚く程に身体が軽くなる感覚。

「よし、これで憂いなく今後も戦えるな!
・・・応えてくれてありがとな、
「いいえ、こちらこそ」

俺は確かにフィガロの為に・・・兄貴の為に修行を積んできたし、この力を役立てたいと思ってきた。
本当はそれだけで良いと思ってた筈なのに・・・だけど、側にがいてくれるのなら、こんなにも強く在れる事はない。
フィガロだけじゃなくても守る。絶対に手離さない。
心からそう思えるのは、想いが通じ合ったから・・・と、そういう事だろうか?



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