鳥篭の夢

王様と魔導の力を持つ女



・・・」
「はい?」

食器の片付け。掃除。自らの剣の手入れ。ロックの状態確認まで終えたは、漸くとソファーに座る。
が、今度は布やら糸束やらを取り出して刺繍を始めた。延々と働くのだな、彼女は。

「君は休まないのかい?」
「・・・休んでますよ?」

不思議そうな顔。
成る程、休憩と針仕事は彼女の中で同義なのか。

「・・・いや、休めているなら良いのだが」
「もし落ち着かないなら止めますけれど」

自分の手の中の物を見て気付いたらしいは一度手を止めて俺を見る。
それに一度首を横に振った。休めているのであれば無理強いする必要はない。

「私の事は気にしないでくれ、大丈夫だ。
の好きにしていて構わない」
「そうですか?」

“ありがとうございます”と笑顔で返す彼女は・・・やはり出会った頃と何も変わらないように思う。
ティナのような不思議な雰囲気は感じられない。ごく普通の女性だ。
よく働くし、他人に寄り添える優しさは好ましい。今までの言動から頭の回転も悪くはないだろう。
だが・・・いや、だからだろうか。魔導の力を使うなど考えた事もなかった。
ティナの言葉と、幻獣のような姿になった彼女を当然に受け入れる姿を見なければ信じられなかっただろう。

“それは別に構いませんよ”

と。魔導の力をあんなにも隠してきた彼女は、意外な程簡単に俺の申し出を受けた。
それはまだ何か彼女に秘密があるのか、或いは知られてしまった故の諦観か。

“どうかお気にせず”

と。笑う彼女に裏があるようには見えなかった。憂いすらも見えなかった。
自分の出生をマッシュから語られる時ですら平静を保っていた。
冷静さと穏やかさが同居しているような。
それでも時に誰かの為に前へ出る、凛とした強さを持ち合わせたような。
短い付き合いでも、今まで周囲にはいなかった類の女性ではある事は明白で・・・興味深いな。


は大抵何かしてるよなー」
「時間を無駄にするなと母から教えられてきましたからね」

やや遠い目。その教えはきっと厳しいものだったのだろうと察しがつく。
そんな過去へと想いを馳せるような顔。

「あー・・・」

マッシュまで同意するように苦笑して見せるのか。

「何かたまにに厳しかったよな、お袋さん」
「あれでも優しくなりましたからね。昔はもっと厳しく仕込まれました。
でもあの人、大抵の事は私より上手く出来ますよ?」

より上手い・・・最早どうなるのか想像もつかないのだが。
手元を見ていれば話ながらも色鮮やかな刺繍糸があっという間に布の上へと模様を描く。
それは、さながら魔法のようだと思った。

は本当に魅力的な女性だな」
「・・・はい?」

剣を握るのにそれでも尚、女性らしいしなやかな手が細やかに動くのは見ていて不思議なものだ。
一度動きを止めたそれを優しく握り締めて、その甲に口づけを落とそうとすれば──。

「兄貴、だからそれは──っ!」

パッと引ったくるようにの手をとられ、ほぼ同時に僅かに触れていた指先が痺れるような感覚がして反射的に手を引く。
真っ赤になったの指先は僅かに電気を帯びていて、それで漸く合点がいった。
に挨拶をするのを嫌がっているのではなく・・・いや、それもあるだろうが・・・魔導の力を隠していたのか。

「成る程、そういう事か」
「・・・本当にすみません」
「いや。私はてっきりマッシュが妬いていたのだと思っていたが・・・」
「ひぇっ」
をからかわないでやってくれ、兄貴」

“割とすぐ放電するから”と続けて、げんなりと肩を落とす弟の姿。
そしてその言葉に違わず全身から電気を発生させているに思わず苦笑した。
本当に私は何故今まで気付かなかったのだろうかと思い直す程に。いや。

「ふむ」

そうじゃないな。気付かせなかったのか・・・アイツめ。
が魔法を使わないようにしていた事を含めて、それを理解して動いていた。
思い返せば、戦闘中だろうとそれ以外でも彼女をよくフォローしていたか。

「すみません。また痺れましたよね」
「いや。俺は大丈夫だって。
気にするなって何時も言ってるだろ?」

まるで子供にするように頭を撫でる行為は、女性にするには少々乱暴に見えなくもないが。それはさておき。
その表情からは彼女をとても大事にしているのだと、心から慈しんでいるのだと容易に理解出来る。
弟のそんな表情を見たのは初めてで、それはがマッシュにとって特別な女性であるからなのだろう。
その姿に僅かに悪戯心が芽生えて───。

「ほう。お前にしては女性に対して随分と気安いな、マッシュ。
とはもう交際しているのか?」
「ん?この間プロポーズしたぞ」

ん?

「「「はぁっ!?」」」

驚く我々に、は赤くなった顔を両手で隠し“そういうとこですからね、本当に・・・”と悶絶している。
それでもマッシュに放電しない事は不思議だが、多分我々は彼女には触れない方が賢明だろう。
余計な言葉は身を滅ぼしかねない。

「プロポーズってなんだ?うまいか?」
「美味しくはないですかね・・・」
、かおあかい。どうした?」
「何でもないですよ。きっと気の所為です」
「がう?」

不思議そうに訊ねるガウに、彼女の事は託そう。
“拙者も初耳でござる”と取り乱すカイエンに“ニケアでちょっとなー”なんて暢気な返事。
いやいや、ちょっとで済むことではないぞ。我が弟よ。
ニケアはサウスフィガロの定期船が出ているが、そういう事なのか?はぐれてからの話なんだな?
そしてカイエンが納得してるという事は、納得出来る何かがあったんだな?

「よしよし。こっちで詳しく話して貰おうか。マッシュよ」
「お、おう。それは構わないが兄貴・・・」
「私は此処でお待ちしてますからね」
「え、?何で一緒に来な・・・うわ、引っ張らないでくれよ、兄貴!」

ずるずると気合いを入れてマッシュを引っ張れば、困惑した顔でついてくる。
くそ。本当に大きくなったな、この弟は。
軽い冗談からとんでもない真実が発覚してしまったが、さて、洗いざらい吐いてもらうとしようか。



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