鳥篭の夢

それは女神か妖精か



マッシュとの再会。あの日の思い出と、気付けばこんなにも過ぎた刻が・・・。
語り明かすには短すぎる。それでも充実した時間を過ごして、マッシュと別れた。
ふわついた感覚は俺にしては珍しく酔いが回っているのだろう。普段ならこんな事はないが。
酔いを醒まそうと、あの場所へと赴く。少し星でも見ようかと軽い気持ちで。
階段を上った先に───彼女はいた。

ワンピースの裾と下ろしたプラチナブロンドの髪を夜風に靡かせて、月の光を受けた彼女は常とは違う雰囲気を纏っている。
まるで女神か妖精か。ただその横顔は何処か憂いを帯びていて、何かに祈るようにその細い指を絡ませるように組んでいた。
ああ、そもそも何故彼女は城壁なんかに登っているのだろうか。

「・・・ティナも、空を見上げる位の余力は出てきたでしょうか?」

心から願う言葉。
付き合いは浅い筈だが、それでも深く彼女の事を案じるソレ。

「今すぐ飛んで行ければ良いのですが・・・」

言葉に、本当に飛んでいってしまうのではないかと思った。
そんな魔法が在るのなら、今すぐにでも全てを置いて───。

「君にまで急にいなくなられては困るよ、レディ」
「エドガーさん」
「そんな所に立っていては危ない。此方へおいで」

手を差し伸べれば戸惑い無くその手を乗せて降りてくる。俺を見たその顔にはもう憂いはない。
常の笑顔を浮かべる姿に、今のは触れるべきでは無いのだろうと俺も笑みを返した。
冗談交じりに“女神が降りたのかと思った”と言えば、“それはセリスの方が似合う”と返される。
本当に一筋縄ではいかないな。しかし女神がお気に召さないのであれば・・・・・

「ああ、分かった。
セリスが月の女神ならば、はその光を受けて可憐に在る光の妖精だな」

これならばも気分を害さないだろう。
それにはくすくすと愛らしく笑って・・・駄目だな。どうも酒が回っているらしい。

「少し酔ってらっしゃいますか?」
「わかるかい?ほんの少しだけね」

一度笑って、空を仰ぐ。

「昔・・・もう10年程前か。
此処でマッシュとどちらが王位を継承するか決めたんだ」

酔っているからだろうか。それともマッシュと語り合ったからだろうか。
本当は誰かにも聞いて欲しかったのかもしれない。ただ常であれば絶対に口にはしない事だ。
王位か自由かをコイントスで決めたあの日の話。
は穏やかな表情のまま、時に相槌を打ちながら俺の話に静かに耳を傾ける。

「でもそれで良かったんですか?」

もし俺が自由を得たらと問われて・・・言葉に詰まった。
やりたい事がない訳じゃない。自由に憧れがない訳でもない。
それでもマッシュのようにフィガロの為に何かしようと動けただろうか?
或いはフィガロから離れられなかったかもしれない。他に頼れる当てもない。

「俺にはそこまでの勇気は無かったかもな」

選ばなかったIFを考えないようにしてきた俺には、そもそも・・・。

「・・・私、フィガロが好きですよ」

唐突な言葉。それから彼女はサウスフィガロで過ごした日々を優しく語っていく。
民の暮らしを視察に行く事はあれど、1人の素直な思いを耳に出来たのは初めてか・・・?
いや、目にしていた皆は確かに幸せそうに笑っていた。戦に負けない力強さも確かにあった。
今まで見てきたそれが嘘偽り無い事実だと、彼女が言葉にしてくれている。

「私としては万々歳です」

笑う彼女は余りにも自信満々といった体で、思わず噴き出して笑えばキョトンと首を傾げてみせる。
きっと彼女に自覚はないだろう。今まで平然とこなしてきたつもりだ。だから知る筈もないだろう。

「ありがとう、
フィガロ国王として、これほど嬉しい言葉はない・・・いや。
そう言ってくれると俺も此処までやってきた甲斐があるな」

額に一度唇を落として、思わず呟く。口にせずにはいられなかった。
俺の今までの治世が間違いでないと笑顔で告げてくれた彼女に伝えずには・・・。

「・・・ふふ、エドガーさんは本当に素敵な方ですね」

の言葉と笑顔は、まるで一種の薬のようだと感じた。
心に寄り添ってくる・・・心の隙間に入り込んでくる。
負担を減らすように、柔らかく、優しく包み込んでくる。
それはどこかで恐ろしいもののようにも感じるのに、抗えない心地好さに心が緩む。

「でも働き過ぎないでくださいね?
過労で倒れたら洒落になりませんし」
「おや。では疲れたらが癒してくれるかい?」

に顔を近づけて囁く。
自分でも品のない冗談を言ったかと思ったが、は俺の両手を優しくとると温かな光を送った。
淡く緑を帯びた光を纏うそれは魔法の一種だろうか。
ティナが使っていて多少慣れたのもあるのだろうが、その力に驚きや恐怖よりも先に“あたたかい”と脳が認識する。
というか────。

「なるほど。こう返されるのか」

躱されたのか、伝わっていないのか。
まぁマッシュがいるのだからそもそも誘いには乗らないとは思っていたが・・・そうか、こう来たか。
首を傾げるに首を横に振って何でもない事を示して見せる。

「これも魔法かい?」
「みたいなものですかね。ケアルのもうちょっと弱めのやつです」

ケアルか。確かティナも使っていたな。傷を治す魔法だと言っていたが・・・。

「温かくて心地良い・・・確かに癒されるな、これは」
「それなら良かったです」

嬉しそうな笑顔は、ついこちらも釣られてしまう魅力がある。
まだには謎も多く、マッシュには悪いが油断も出来ない。どんな真実が隠されているかも分からない。
だが愛嬌のある笑顔は他人を警戒させないだけの力がある。
不思議と気が抜けるのは、彼女が自然体だからなのかもしれない。
策を弄し、疑念を向け、企みを見抜こうとするだけ無駄なのだと。そんなものはないのだと言わんばかりの姿は・・・。

は良い意味で気が抜けるな」
「そうですか?まぁ私相手に気を張る必要はありませんけれど」
「ああ・・・でも、そうか。そうだな。
俺からすればはもう妹になるんだったか」
「・・・?まぁ、そうですね。一応。義理ですが」
「ならば良いか。どうせアイツの事だから教えてるんだろう?
・・・俺のフルネームはエドガー・ロニ・フィガロだ。どうか君の心にこの名前を留めておいて欲しい」

きっと彼女は俺達を害する事はないだろう。
どんな秘密を持っていたとしても、魔導の力の秘密を知ったとしても、きっとそれだけは事実だろうから。
だったら取り入る・・とまではいかないが、信頼を少しでも絡めとっておくかと、企み半分に名前を告げる。

「王族のフルネームはあまり教えるものではないと聞きましたが」
は家族になるんだろう?なら問題はない」
「そういうものなんでしょうか・・・?」

表情から“解せない”といった思いがありありと見てとれてつい笑ってしまいそうになる。
・・・と、視線を下へ逸らした先にマッシュが立っているのが見えた。
アイツも星でも見ていたのか?なんて考えたのと同時に、マッシュが振り返って目が合う。

合ったな・・・うん。が一緒にいるのも見られただろう。
別に疚しい事はしてないが・・・・・顔を上げて、の肩に手をやれば布越しでもヒヤリと冷たい感触が伝わった。

「さあ。あまり夜風に当たると身体を冷やす、もう部屋に戻った方がいい。
それにそろそろフィガロ城を潜航させるからね。外にいては砂に埋もれてしまうよ」
「あら、それは流石に困りますね。
ではお先に失礼します。お休みなさい、エドガーさん」

一礼するに挨拶を返して、階下へと消える後ろ姿を見送った。
さて。私もそろそろ酔いが醒めたし、準備でもするとしようか。



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