鳥篭の夢

むかしのお話



「よく寝てますねぇ」
「あれだけ暴れりゃあ、そりゃ疲れるよな」

苦笑するマッシュに、私もくすくすと笑います。
ゾゾからジドールへと戻る間ガウはとても頑張ってくれましたものね。
宿に着いてから、びしょ濡れだったガウをマッシュ達がシャワーに連れていってくれて・・・。
そうしたらガウはうとうとと寝てしまいました。

「このガウを単身で連れてこれたカイエンさんがどれだけ凄いか分かりますね」
「本当になー」

そしてそのカイエンさんは、今は皆さんと一緒に情報収集に向かわれましたが・・・。
なんという体力お化け。流石ドマ王国戦士です。
私では到底不可能だったでしょう。
精々私達に出来る事は今後のガウのお世話を代わること位でしょうか。
なんて考えながらお茶を淹れて、マッシュの前にも1つカップを置きます。ゾゾは寒かったですから。

「おう、ありがとな」
「いえ」

言いながらマッシュの隣に座りました。
静寂。いえ、時折ガウが寝言をむにゃむにゃ言ってて可愛らしいなとは思いますが。
自分のカップを持って、一度息を吹きかけてから口に含みます。さて、と・・・。

「マッシュ」
「ん?」
「少し、お話ししても良いですか?」

真剣な私の雰囲気にでしょうか。マッシュはカップを置くと、居住まいを正してくださいます。
だから私も同じようにカップを置いて彼に向き合いました。
改めて口にするのは緊張します。だけれど、やはり・・・マッシュには今まで本当に甘えてきましたから。
これが勿論、私の自己満足だとは分かっているのですが。それでも・・・。

「今までずっと、ありがとうございました。それから本当にすみませんでした。
私の事・・魔導の力の事も言わないでいてくださいましたし、何度も助けていただいて。
なのに、私・・・隠し事ばかりで。本当の事をちゃんと伝えていなくて」

愛想を尽かされても仕方がない位の事をしているのだと、分かっています。
気遣ってくださっていたのに、嘘で誤魔化して取り繕おうとしていましたから。
村を守る為。カーバンクルを守る為。だけど、やはりそこには自己保身も含まれますから。
自分を助けてくれた人に、どうしようもない程の酷い事をしたのだと自覚があるのです。

「・・・・・・良かった。別れを切り出されるかと思った」

「ぇ?」
「いや、何でもない」

何だか凄い小声で何を言われたか分からなくて、それはそれで不安になるのですが。

「あ、の。あの・・・私、ちゃんとマッシュにお伝え出来てない事ばかりで。
ずっと嘘吐いてたり、隠し事ばかりしていて・・・・・・やっぱり、嫌いになりましたか?」

それか呆れてしまったでしょうか?
不安になって俯けば、額に口付けが一つ落ちてきました。あの・・・?

「そんな訳無いだろ。なんだから」

至極当然だとマッシュは笑います。

「言えない事は・・・また何時か言えるようになったら教えてくれ。
別に無理して何でもかんでも言わなきゃいけないって訳じゃないしな」

“俺だって何もかも全部話してる訳じゃないし”と、そう続けて優しく髪を梳いていきます。
でもフィガロの王族だって事は早々に教えていただきましたし。フルネームも・・・。
昔の事は確かに聞いた事はないですが・・・エドガーさんの事は沢山お話ししてくださいましたし。

「でも、もし良かったら・・平気なとこだけでも聞いても良いか?の事。
勿論、言えないならそれでも構わないが・・・出来る事なら知っていたい」

“もしかしたらそれが役立つかもしれないだろ?”と、続けてマッシュは笑顔を見せてくれました。
優しい言葉に、不覚にもじわりと涙が滲んでしまって・・・もっと怒ってくださっても良いのに。
マッシュは少しだけ慌てた様子で、ひょいと私を膝に乗せると抱き締めてポンポンと背中を優しく叩きました。
嬉しいですけれど、あの・・・それ、小さい子にするやつです。

「ごめんな、

不意に謝罪の言葉が落ちてきて、私は首を傾げました。

「嘘なんて吐きたくないのに、そうさせてるんだよな」
「いえ。それに関してマッシュが気に病む事は何一つ無いのですけれども。
・・・・・・自分の事を隠すのは、結局は自分の為ですから」

大切な人達を守りたいのです。私の所為でサマサの村の皆に迷惑をかけたくないのです。
ただ・・・悲しいかな、シャドウさんの仰る通り私に嘘は向かないのでしょう。何かとボロが出てますから。
それでもマッシュが沢山助けてくださったから、此処まで何とかなりました。

“ほら。ここまで言えんだから信じてやれよ”

あの時のカーバンクルの言葉が頭に蘇って・・ああ、そうですね。
こんなにも優しい言葉をかけていただいて、此処までしてくれて。
なのに知らんぷりでは、私は本当に酷い人になってしまいます。

「・・・・・・ラムウさんにもお話しした通り、私は元々魔導士が隠れ住む村で育ちました。
基本的には血は薄まっていて魔導の力そのものは弱いのですが・・・。
本来、魔導の力なんてものは人間が持ち得ないもの。なので村の外の人間には秘匿しています」

外から人が来ること自体が稀ですけれど。
後は滅多にありませんが、ストラゴスさんのように若い頃世界中を冒険した・・なんて方もいますか。

「という事はガレスさんとアリシアさんも魔法が使えるのか?」
「父はサウスフィガロ出身ですから使えませんよ。
修行の旅に出ていた頃、偶然サマサに辿り着いたそうですから。
村の人間だったのは母の方で、魔法も幾つか覚えています。凄いやつを」
「凄いやつ・・・」
「凄いやつです」

反応に困るマッシュに念押しをしつつ頷きます。
だから母はケアル以外ほとんど自分の魔法を使いません。本当に危険なので。

「なので大変申し訳ないですが、村の名前や場所は秘密にさせてください。
小さい頃から良くしていただきましたから・・・それだけは守りたいので」
「ああ、分かった」

頷くマッシュに私はひとつ笑みを向けます。
優しいひと。全部話せなくても受け入れてくれて。
本当に、私には勿体無い方です。

「アイツは?・・・えぇっと、カーバンクルだっけか」
「・・・カーバンクルは、私が4歳・・でしたかね?それ位の頃に出会ったんです。
傷だらけのあの子を初めて魔法を使って治して。それからの付き合いですね」
の親友なんだろ?」
「はい。魔石になる前は何時も遊んでくれました」

かくれんぼ。おいかけっこ。山の中を探検もしましたね。
おやつのクッキー争奪戦は今でもよく覚えています。
カーバンクルが負けると凄い負け惜しみを言うのが面白くて。私はどちらでも楽しかったですが。

本当は・・・いえ、薄々気付いてはいましたが、きっとカーバンクルもラムウさんのように自ら魔石化したのでしょう。
私は魔導の力の影響を受けやすいので。日に日に増える薬の量を、苦い顔をして見てましたしね。
そんな事しなくたって良かったのに。カーバンクルが死ぬ位なら、それなら私はずっと薬を飲み続けた方が─────あれ?そういえば。

「マッシュはカーバンクルの事をご存じだったんですか?」

氷漬けの幻獣の時も、ラムウさんの時も、初対面のような反応には見えませんでした。
カーバンクルだってマッシュの事を知っているようでしたし。

「ん?ああ、そうだな・・・。師匠の家にいた頃にちょっとな。
とはいえ、名前はが呼ぶまで知らなかったが」
「そうだったんですね。
・・・もしかして私が見てない時とか、たまに出てきてたんでしょうか?」

気晴らしとか。してそうな気はしないでもないですが。

「どうだろうなぁ。あの時は俺が───・・・っと」

慌てて口を手で押さえましたが・・・“俺が”?
何かあったのでしょうか?じっとマッシュを見詰めれば、何故か頬を朱に染めてマッシュは視線を泳がせました。

「いや・・・あの、ガレスさん達が亡くなった時の話になっちまうんだが」
「はい」
「あの時、の力が暴走して凄い放電してただろ?」
「うっ・・・そうですね、しましたね」

後々よく見たら家具が幾つか修繕不可能な位に破損してましたから。
そりゃあもう小さい頃以来のとんでもない暴走だったと愕然としたアレですよね。
本当に、マッシュがよく無事だったなぁと感心したものでしたが・・・。

「途中からアレを防いでくれてたんだよな、アイツ」
「カーバンクルが?」

全然気付きませんでした。
・・・で。それで、何で顔が赤くなっているのでしょう?

「それでが寝ちまった後でなんだが、アイツが出てきて・・その・・・。
・・・・・キスしたのを滅茶苦茶怒られたんだ」
「キ・・・っ!?」

されましたっけ?あまり記憶に無かったのですが!!?

「いや。泣いてたから目元に・・・した、やつを・・・・・」

ゴニョゴニョと語尾が聞き取れない位に小声になってますが。
あ、あれの事ですか?確かにそれは記憶にありますが・・・。

「てっきり、あやして貰っていたのだと思ってました」

両親が昔そうやって泣き止ませてくれたので。

「いや。うん・・・まぁ、そう思ってたなら俺はそれでも良いんだが。
俺もそん時は無意識だったし」
「すみません、カーバンクルが過保護な所為で・・・」
「あー、いや。多分、アイツには普通に見透かされてたというか」

・・・?何をでしょう?

「あの頃はもうが好きだって自覚があったからなぁ、俺は。
襲うなって念押しされたし」

ひぇっ!?

「いや、流石に俺だって同意も無しに襲ったりは・・・・・・」

不遜な顔で言いかけて、そのまま言葉が止まりますが・・・あれ?
そのまましゅんと落ち込んでしまいましたけれど。あの、マッシュ?

「悪い、ニケアの件があった・・・駄目だな、俺」
「あ。いえ、あれは私も悪かったですし」

男性を不容易に部屋に招いてしまいましたし。
もう少し手を繋いでいたかったなぁなんて、はしたない下心もありましたので自業自得かと。
あの、だからそんなにしょんぼりしなくても・・・あの・・・。
狼狽える私を見てか、優しく頭を撫でてからマッシュは1つ深く息を吐きました。

「とにかく。だから一応カーバンクルとは面識があったんだ」
「そうだったんですね」

謎が1つ解けました。衝撃の事実も知ってしまいましたが。


「はい」
「キスしても良いか?」

・・・・・・はい?

「ど、どどどうしましたか?急に」
「いや。アイツにも言われてたしちゃんと同意を得ようと思って」
「改めて訊かれるのはとんでもなく恥ずかしいですけれど・・・っ」
「嫌か?」

あ、そんな落ち込まれるとちょっと良心が痛むのですが!

「嫌、では・・・ないです。けれど・・・・・・ガウもいますし」
「寝てるだろ」

寝てますけれど。

「ダメ?それなら無理強いはしないが」
「駄目では・・・ないです」

でもとんでもなく恥ずかしいです。
顔が自分でも驚くほど熱くなっているのを感じながら何とか返せば、マッシュは途端に嬉しそうな笑顔になります。

「あー。やっぱ可愛いな、は」

ぎゅうっと抱き締められて、そのまま幾度か口付けが落ちてきました。
サラッととんでもない言葉も言われた気がしますが、恥ずかしさで反応が出来ないのですが。
でもやっぱり、それだけじゃなくて。嬉しいのも確かで。本当に幸せだと思えて。

「大好きですよ、マシアス」

悔し紛れ半分、本音半分で頬にキスをして返せば、急にマッシュの頭が肩口に落ちてきました。
あの、やや小刻みに震えていますけれど・・・何故?

、それは駄目だ。
急に煽られると流石に俺もヤバい」
「煽っ!?って、ないですよ!
そ、それにほら!マッシュは修行で禁欲生活してたじゃないですか!」
「好きな子には関係ない」

“というか今までだってかなり我慢してきたからな”って・・・真剣な顔。
ひぇ、野生の熊ッシュ!!?・・いえ、違います!混乱し過ぎて今とんでもなく失礼な単語が!
しかしてちょっとお待ちいただけると本当にとんでもなく助かるのですが・・・っ!!
思考回路が大混乱を起こしていると、マッシュは私を強く抱き締めて深く息を吐きました。あの・・?

「・・・・・よし。大丈夫だ。流石にこれ以上は何もしない、うん」
「すみません。悪気は無かったのですが」
「いや。俺も何か感情が空回ったからな・・・ごめん」

“というか”と、少し恥ずかしそうにマッシュは笑います。

「ほら、兄貴もそうなんだけど俺って普段から愛称で呼ばれてるからさ。
何か急にちゃんと名前で呼ばれると心臓に悪いというか・・・。
後、からしてくれたのも初めてだし」

キスは頬にですよ?流石にまだそこ以外は出来ませんが。
それよりも名前で呼ばれてそれなんですね。そうしたら・・・。

「もしミドルネームでしたら?」
「それ、此処で訊くのか?」
「ごめんなさい」

まさかそんな真顔で返されると思いませんでした。
嫌な予感がして思わず反射的に謝ってしまいましたが。
その反応が面白かったのでしょうか。マッシュは噴き出すように笑います。

「冗談。大丈夫だ。
怖がらなくても、ちゃんとの気持ちの準備が出来るまで待つから」
「すみません、ありがとうございます。
・・・うう、何だか申し訳ないです」
「気負わないでくれた方が俺は嬉しいんだけどな。
俺はが好きだから、嫌がる事はしたくないだけだ」

優しく頬を撫でてくださる感触は心地好くて。
慈しむような、そんな触れ方が堪らなく愛しくて。
つい口元が緩んだまま、私は笑顔になりました。

「ありがとうございます、マッシュ。
私も貴方の優しさに応えられるよう尽力しますから。
・・・・・もうちょっとだけ待っててくださいね?」
「・・・あーもう、ホント可愛いな」

言いながらもまた口付けを落とすので、私はそれを受け止めるのでした。



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