鳥篭の夢

浸る酔いから掬うのは



あれから何日経っただろうか?
世界中を同時に襲った大災害。真っ二つに引き裂かれ、炎を吹いて落ちていく相棒。
墜ちると覚悟したと同時にそこから平原へと身体が移動して・・・誰かが魔法を使ったんだろうが。
とにかく俺は無事だった。

相棒と夢を同時に失って。

あれからアルコールを脳に染み込ませて、痺れた頭で世界を憂い、時が過ぎるのをただ待った。
毎日。毎日。そんな調子だ。
どうしようもない屑だと思考の何処かが俺を嘲笑ったが・・・行動を起こす気にはなれなかった。


「今晩は。お隣、宜しいですか?」

不意に柔らかい声が隣から響く。聞き覚えのある・・・?
視線を向けて自然と瞠目する。
瞳の色を揺らぐ青色に変えたが、何時もと変わらない笑みを見せて立っていた。
夢じゃないかとその頬に触れるが、柔い感触が現実なのだと伝えてくる。

「・・・・・・、か。
生きてたんだな。良かった」
「セッツァーさんこそ、ご無事で本当に良かったです。
ちなみにちょっと前にロックにもお会いしましたよ」

そうなのか?見かけた記憶は無いが。

「そうか。全然気付かなかった」
「私も偶然ですから。
もしかしたら今までも誰かとすれ違っていたかもしれませんね」

うんうんと何度も頷いて、それから俺の手の中にあるグラスへと視線を向ける。

「お酒、お好きなんですか?」
「嫌いじゃねぇな。
けど今は、どっちかって言うと、飲まずにはいられないってヤツだな。
この世界の雰囲気が、俺にはどうしても耐えられないんだ」

脳を痺れさせなければ耐えられない。
自嘲しながら酒を一息で呷れば、は困ったように眉を下げる。

「変な飲み方をすると悪酔いしませんか?」
「良いんだよ、それで」
「薬師としては推奨できないですけれど」
「ったく。はお節介だな」

相変わらずな事だ。
乱暴に頭を撫でてやれば力加減を間違えたのかの頭も一緒に揺れた。それでも嫌がるでも無く受け入れている姿は何とも滑稽で。
同時にゆらゆらと揺らいで見えるその瞳が余りに綺麗で、思わず笑ってから目を合わせた。

「なあ。今度こそ、目の色変わってるだろ」
「・・・はい。魔導の力の影響を受けてしまって。
でも色が変わった事以外は問題ありませんよ」

ふーん・・・?あの時も誤魔化してた事を考えりゃ“問題ない”事は無いだろうが。
まぁ仕方ねぇか。本人がそう言うならこの話は此処で終わりだ。別に困らせたい訳でもないしな。

「良いな、その色。ずっと見てたくなるような綺麗な青だ」
「そうですか?」
「ああ。飛空艇から眺めた海の色に似てるな。
陽の当たり方、波立つ度に色合いが変わって見える・・そんなやつだ」

今みたいな濁った海水じゃない。鮮やかな青色。
思い出していればは何を思ったかしょげちまったが・・。
別にお前が責任を感じる話じゃないんだがな。

「あれからとんだけ経ったか・・・。
悪いな。あの時に翼を失って・・・俺はもう何もやる気力が無くなっちまった」

こんなトコにいるって事は、お前はきっと前を向いて進んでるんだろう。
また眩しく感じる程に折れない心で。

「セッツァーさん・・・」
「元々俺はギャンブルの世界・・・人の心にゆとりがあった平和な世界に乗っかって生きてきた男。
そんな俺に、この世界はツラすぎる」
「そんな事ありませんよ。
今まで危険な中でも一緒にいてくださいましたし、戦ってもくださいました。
大事な飛空艇が何度も危ない目に遭っても、それでも・・・。
あんなにも厳しい戦いと状況下でも、負ける事無く共に戦ってくださったのに」
「でももう俺は・・・夢を無くしちまった」

ブラックジャック号を失ったあの瞬間から。
アイツとの約束も、何もかも失くしてしまったんだ。

「分かりました」
?」
「私が取り戻してきますから、セッツァーさんはちゃんと待っててくださいね。
絶対にガストラを止めて、この世界を少しでも何とかしてみます。
そうしたらきっと・・こんな恐怖政治のような荒廃した世界が終われば、きっとセッツァーさんも夢を取り戻せますから」

穏やかに笑っているのに、瞳には強い決意が見える。
何時かも見た・・・ああ、そうだ。初めて会った時にティナを助けたいと願った時の瞳だ。
死ぬかもしれない。なんて身の危険を顧みる事無く、誰かの力になろうとする。
色は変わっても本質は変わらない。俺が惹かれた・・・・・命すら賭ける、覚悟を持ったその瞳。

「今はまだ危ないかもしれませんが、世界情勢が何とかなれば飛空艇だってきっと・・・。
機械が関係してくるならエドガーさんもいらっしゃいますし。ね?
だから絶対に自棄になっちゃダメですよ。お酒も少し控えてくださいね。約束です」

お前は俺の嫁か何かかと言いたくなるような小言を加えて、は小指を差し出した。
唖然としていれば、俺よりずっと小さな手が俺のを持ち上げて無理やり小指を絡める。
思い切り握り込めば折れるんじゃないか?なんて錯覚するような、そんな華奢な・・・・・・。

「これでお約束しましたからね?お酒は身体に負担の無い程度にしてくださいよ?
では、そうとなれば善は急げですから・・・失礼します。
お会いできて、セッツァーさんがご無事で本当に良かったです。それでは」

本心だと分かる、緩んだ笑顔。
するりとほどけた小指に視線を落として、そんな事をしてる間にはごく自然な一礼を残して酒場を後にする。

・・・・・いや、待て!

ちょっと待て。俺はそれで良いのか?
夢を無くしたと自棄になった男の戯言で、あんな大きな決意を背負わせて良いのか?
多分、アイツは賭けた。
自分の命をチップに、ガストラを相手にしてやろうって腹を括りやがった。

あんな・・・俺よりずっと小さくて華奢な身体で?

「くそ。んなダセェ真似、出来るかよ!」

に任せて酒浸りとか、考えただけでもダサすぎる。
あの時俺は賭けた筈だ。命懸けのギャンブルをしてやろうって。
とアイツらの決意に全部、己の命をチップにして。

ふらつく身体を叱咤して外に出るが、既にの姿はない。
・・・くそ、遅かったか。だがおかげで目は醒めたぜ。

「蘇らせてみせるか・・・・もう1つの翼を」


なぁ。良いだろう?ダリルよ。



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