鳥篭の夢

オモう気持ち



「珍しく静かでしたね?フェッカ」

フィガロの変わらない青い空を舞うフェッカに声を掛ければ、彼は近くの城壁へと留まりました。
辺りを僅かに見渡して、それから1つ大きなため息を吐きます。

『ボロを出さないように必死なだけですよ。フィガロの王はとても敏いですからね。
特にあのレオが妙な事を口走らないとも限りませんから・・先程はヒヤヒヤさせられました』
「ふふ、だからレオさんは何の説明もされなかったのかもしれませんね」

ご自身が嘘や演技が出来ない性質だと理解されているご様子でしたから。
余計な事を口走る位ならば黙せよ。なんて、考えそうですね。

『良いじゃねーか。それに俺もちゃんと黙ってたろ?』
「はい。ありがとうございます、カーバンクル」
『面倒なのは嫌だしな。
ま、理由はどうあれコイツを生かしたのは俺の判断だからしゃーねぇし』

そうですね。あの判断は私も驚かされました。
生かしたと言いますか、造り換えたとでも言いますか・・・。
ええ、それでも魔列車に放置という訳ではありませんでしたから。

『暫くはだんまりしとけよ?お前。
あのクソジジイぶっ潰す前に仲間割れとかシャレになんねーだろ』
『分かっていますよ。私とてそこまで愚かではありませんからね。
自らの目的を果たす迄は大人しくしておくとしましょう』

フワリと舞い上がると、フェッカはまた遥か上空へと羽ばたいていってしまいました。

「目的を果たす迄・・・ですか」

ガストラへと特攻する事。それが彼の目的でしたか。
皆さんが彼の正体に気付く頃には、彼の存在は・・・───。

「全く、どうしようもない方ですね」
『本当にな』

。此処にいたのね」

不意に声を掛けられて、私はそちらを向くと笑顔を見せました。

「どうされたんですか?セリスさん」
「ん。ちょっと考え事をしてて、ね。
落ち着かなくて散歩してたの。は?」
「私もカーバンクルと散歩ですかね。
手持ちぶさただったので、これから刺繍する図案でも考えようかと思いまして」

流石にお料理やお掃除などはメイドさんのお仕事ですからね。
本当はお手伝いしたかったのですが、やんわり断られてしまいましたし。

「ふふ。らしいわね」

笑うセリスさんに・・・ええ、本当は誤魔化す為に口をついて出た言葉でしたが、それも良いかもしれませんね。
そろそろ次に取り掛かりたかったですし。
金糸で砂漠を、青色で空を、そして鮮やかな色の鳥をモチーフに・・・・・。
なんて彼はとても嫌がりますかね。寧ろ小さな嫌がらせになりますか。
命を賭して罪を贖おうとする方に、最期は消えるべきだと望む方に、寧ろ形として残そうだなんて。
でもまぁいなくなってしまったとしても、そこにいたのだという事実は消えないのですし。
赦せない。なんて感情は今でも勿論ありますが・・それで終わって良いようにも思えませんから。


「・・・・・・ロックは無事かしら?」

広がる砂漠を眺めながら、ひとりごちる言葉に私は視線を向けます。
遠くを眺めるセリスさんのその瞳には心からの心配の色。
そうですよね。あの時サマサで折角仲直りして、それですぐにあんな事がありましたし・・・・・。

「大丈夫ですよ、ロックですから。
この間偶然お会いした時は元気そうにされてましたよ」
「えっ!!??」

心配させまいと正直にお話ししたらば、強く肩を掴まれてガクガクと肩を揺さぶられます。
・・・・・・っとと!脳が揺れます、セリスさん。落ち着いてくださいっ!!

「どういう事なの!?ロックと会ったって!!
だって今一緒にいないじゃないっ!!!」
「いえ、お互いにやる事がありましたからその場で別れたんですよね」

あはは。と、笑って見せれば、セリスさんはその綺麗な青の瞳に涙を一杯に溜めて、溢れたと思えば一気に零れ落ちました。
悲しませてしまいましたかね?
本当はご一緒できれば良かったのでしょうが・・・そういう訳にもいきませんでしたから。

「そう・・・そっか。良かった、ロックは無事なのね・・・良かったぁ」

ボロボロと涙を溢したまま、肩を掴んでいた手から力が抜けたと思えば座り込んでしまいます。
ずっと持ち歩いているのでしょう。バンダナをおもむろに取り出すと強く抱き締めました。
しゃくりあげるセリスさんの目にハンカチを当てれば、それを受け取ってくださって涙を拭きます。

「ずっと、不安だったの。もしかしたら・・・って。
私、ずっと眠っていて。目覚めた時にはもう世界は“こう”なってたから。
こんな世界で、何がどうなっているかなんて分からなくて・・・皆が無事かも分からなくて。
もしロックがあの時もう───・・・・そしたら二度と会えないかもって・・・思っていて・・」

抱き締めれば、強く抱き締め返されました。
まるで何かに縋るように。不安を払拭するように。

「絶対に追いつくと仰ってましたから、大丈夫ですよ。
私達はロックを信じましょう」

彼は約束を違える方ではありませんし。あの時の瞳であればきっと大丈夫だと思いますから。
とんとんと優しく背を叩けば、漸くと涙を止めてくださいます。

「そうね・・・・・・ええ、そうよね」
「はい。ですからロックが来た時に笑顔でいられるようにしないとですね?」

何度も頷く姿。
ぎこちなく見せてくださる笑顔に私も同じように笑みを向けました。


『ほんっと、人間たぁ難儀だなー』
「そうですね。それが人間という生き物ですから」

どうしようもない思考を隅に追いやって私はカーバンクルへと向きました。

罪を償いたいと死を望む方もいれば、大切な人に生きていて欲しいと望む方もいて。
時には絶望して、迷って、立ち止まったり、振り返ったり。
それでも大切な人を想って一喜一憂して。誰かの力になりたいと前を向いて進めるのでしょう。

「でもこれは“人間だけ”ではないと思いますよ、カーバンクル。
貴方だって、何時も私を助けてくださるでしょう?」

私を助ける為に、身体も命までも擲って。
そうして誰かを想う気持ちは、誰でも同じように思いますけれど。

『んー・・・・・・ま、そうかもなー。
そりゃあまぁ、お前は俺の親友だしな』

ふわりと宙に舞い上がって逃げていくのはフェッカと同じですね?
まぁ彼とは違って照れていらっしゃるのだと分かりますが。
光に溶けるように姿を消したカーバンクルがいた場所を眺めて思わず笑みを溢しました。

「やっぱり変な奴よね、カーバンクルって」
「そうですか?本当はとても優しいのですけれど」
「それはに対してだけだと思うけどね」

口が悪いから分かりにくいだけですよ。
そう返した言葉に、それでもセリスさんは解せないと眉を潜めるのでした。



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