帰郷
「これで粗方は片付きましたかね」
「だな。怪我はしてないか?」
「はい、ありがとうございます」
マッシュも外傷は無さそうで一安心です。
フィガロ城が浮上してから、ここ暫くで増えたらしい魔物達が何度か襲撃してきたので、城の兵士さん達と共に一気に掃討する事になったのですが・・・・。
やはり凶暴化していますね。生態系が崩れてしまいましたから仕方ないのでしょうけども。
とは言え数は一定まで減らしましたから、今後は私達がいなくても充分対応出来そうですね。
「マッシュ様、様。ご協力いただきありがとうございました!」
「おう、気にすんなよ。数で押しきられない限りはもう大丈夫だろ。
とは言え今後も何が出るか分からないからな。油断するなよ」
「はっ!」
敬礼した後に“失礼します”と見張りに戻る兵士さんの後ろ姿を見送りつつ。
“久々に良い修行になったなー”なんて朗らかに笑っていますが・・・・ふふ、流石です。
本当にフィガロの方々はタフなんですね。なんて、しみじみ思います。
「しっかしこんなに魔物だらけだと他のトコも心配になるよな。
裁きの光ってので建物や村が破壊されたり、魔物もやたら強いのがいたりするからなぁ。
ああ、でもサウスフィガロはそうでもなかったか」
「あそこは復興が早かったですからね。被害も少なかったですし」
私の言葉に、マッシュはキョトンとして見せます。
ええと。そう言えばお話ししてませんでしたか。
「私、暫くはサウスフィガロに戻っていたんですよ。
その間は復興のお手伝いもしましたから・・・。
でもここ半年程の事は分かりませんけれどね」
「へぇ、成る程な。そしたら師匠の奥さんは元気にされてたのか?」
「はい。それに───」
バルガスさんも、おじ様もお元気にされていましたよ。そう言いかけて言葉を止めました。
いえ、ほらバルガスさんとは少なからず因縁がありますものね。
私がペラペラお話ししてしまって良いようには思えませんし・・・・・・んん。
「?」
急に考え込んでしまったからでしょう。
マッシュは僅かに心配そうに私の顔を覗き込みます。
「いえ。もし良ければサウスフィガロにご一緒出来ればと思ったのですが。
まだお城のメンテナンスとかお手伝いする事もありますよね?」
それならご迷惑になってしまいますかね。
私からバルガスさん達がご無事だとお伝えしても良いですが、おじ様とバルガスさんのようにお2人もちゃんとお話しされた方が良いように思ったのですが・・・。
悩む私の言葉に、マッシュはポンポンと優しく頭に手を置きました。
「んー、行くのは大丈夫だと思うぞ。
メンテナンスは一区切りついたし、兄貴が今してるのはこれからの作戦会議に向けての書類作成とかそういうのだしな。
政治に関して俺は全然役に立てないし、今ならまだ時間もあるだろ」
「そうですか?」
「兄貴には俺が言っとくよ。
・・・とはいえ、伝書鳥じゃ先触れに時間がかかっちまうか」
「あ、でしたら私に考えがありますから」
「そうか?じゃあ連絡に関してはに任せるぜ」
「はい」
お任せください。
笑って見せれば、マッシュからも朗らかに笑んで返されました。
「───と、言う事で。お願いしますね?フェッカ」
お借りしている部屋に戻った私は早速とおば様宛に手紙をしたためるとそれをフェッカに渡します。
あら、そんな嫌そうなお顔をされなくても良いのでは?
『ええ。確かに私は貴女の親戚のお宅を存じ上げてはいますが。
それこそ伝書鳥の役割でしょうに』
「でもフェッカならすぐに届けられるでしょう?」
『それは勿論。私が鳥と同じ知能と機動力だと思われては困ります』
「ですからお願いしたいんです。城が移動出来るようになればまた忙しくなるでしょうし。
次に何時サウスフィガロに戻れるとも分かりませんから一度帰っておきたいんです」
『テレポで良いんじゃねーのか?』
『私もそう思いますが』
なんて情緒の無い。ではなくてですね。
「移動には勿論テレポを使うつもりですが、流石に突然マッシュと伺っては驚かれます。
それに色々準備とかもあるでしょうし」
保護している女性達は基本的に男性達に対して恐怖心がありますからね。
バルガスさんだって、きっと心の準備もあるでしょう。
「フェッカだけが頼みなんです。お願い出来ませんか?」
少し意地悪な言い方でしょうか?しかし頼みなのは本当ですから。
言葉に、フェッカはとてつもなく深いため息を落としました。・・・・・・あの、フェッカ?
『貴女にそう言われれば行かない訳にいきませんよ。
本当に貴女は悪いお人だ』
「あら、純粋なお願いですよ?」
悪人扱いされては困ります。
『まー、執着してる相手の純粋なお願いとやらなら聞かない訳にはいかねーな?
ほれ、さっさと行ってこいよ』
『余計な事を言わないでいただきたい』
“全く”と、ため息を吐いたフェッカは私の手から手紙を引ったくると窓から飛び出しました。
あっという間に見えなくなる鮮やかな色合いを見送ると、チラとカーバンクルへと視線を向けます。
「悪い言い方をしましたね?カーバンクル」
『さーてな。お前も悪いお願いの仕方をしてるんだから同罪だろ?
それより邪魔な鳥もいなくなったし、おやつにしよーぜ』
「クッキーを食べたいだけですよね?それは」
『おう!』
悪びれない返事と笑顔。それに私は苦笑するのでした。
それから数時間後。
ティータイムを終えた頃合いに、僅かに疲れを滲ませた様子のフェッカが戻ってくると、押し付けるように渡された手紙を受けとります。
「お疲れさまでした、フェッカ。ありがとうございます」
「お。もう返事が来たのか?」
「そうみたいですね」
共にティータイムを楽しんでいたマッシュが席を立つと、此方に近づきます。
「はー、凄いんだな。お前は」
覗き込んでまるで子供のように笑って見せるそれに僅かに怯むと、フェッカはまた飛んでいってしま いましたが・・・。
本当に誰にでも警戒してますよね。
確かに正体を知られる訳にはいかないでしょうが、大変そうです。
「・・・・・・なかなか警戒心が強いな。
というか何か・・・」
「マッシュ?」
眉根を寄せて考えるような仕草。
フェッカの事で何か気付かれたのでしょうか?
「んー・・・いや、何でもねぇ」
「そうですか?」
「ああ。それより手紙にはなんてあったんだ?」
「“無事に2人が帰るのを待っています”と」
後は、バルガスさんが逃げようとしたので説得をしてくださった事。
保護している方々にもマッシュが来る事を説明をしておいてくださるみたいですね。
バルガスさんで大柄の男性そのものは見慣れたかも知れませんが、見知らぬ男性が訪問するとなると別でしょうから。とても助かります。
「俺も兄貴には言っといたから、明日にでも行くか」
「そうですね。・・・明日、楽しみですね」
「ああ」
おば様からのお手紙を眺めながら、私はマッシュと微笑みあうのでした。
翌日。
身支度を終えた私達はエドガーさんにご挨拶をすると城を発ちました。
“気をつけて行っておいで”と疲れを滲ませながらにこやかに笑うので、つい働きすぎないでくださいと念を押してしまいましたが。
後、セリスさん達にも適度に休憩させるようお願いしてしまいました。
カーバンクル達もお留守番するようで、マッシュと2人きりなのは久しぶりです。
・・本当は、カーバンクルもいてくださった方が心強かったのですが。
いえ、無理を言ってはいけませんね。
「エドガーさんも視察と気晴らしを兼ねて来られれば良かったのですが・・・」
「俺も誘ったんだけどなー。
“この書類を終わらせないと共に行けそうにないからな”・・・だってよ。
視察は次の機会にしておくから代わりに見ておいてくれって頼まれたぜ」
「あはは、王様は大変ですね」
「・・・・・・本当にな」
僅かに俯いて、眉根を寄せてしまって・・・ええと。
しまった、私とした事が地雷を踏み抜いてしまいましたか。
「マッシュにしか出来ない事は沢山ありますからね。
あの時は変装もしていましたからエドガーさんも町を見て回る余力はありませんでしたし・・。
今回は私達が代わりにしっかり見て報告しましょう?」
「ああ、そうだな」
マッシュは僅かに笑みを滲ませて、ぽんと軽く私の頭を撫でます。
「ありがとな、。
・・・・・・それに、勝ち負けがどうあれ自由を選んだのは俺自身だからな。
王位を押し付けちまった分、兄貴の力になってみせるさ」
「ええ。マッシュなら大丈夫ですよ」
あれだけお互いへの信頼が確立しているのですから。絶対に。
「・・・そういや。もうあの時の格好はしないのか?」
「しませんよ!あれは変装ですから」
私には、この服とおば様からいただいたローブで充分なんです。
半眼になって否定すれば、楽しそうに笑う声。・・・もう。
それでも先程よりずっと元気になられたみたいですから良いのですけれどね。
前日にもお話はしておいたのですが・・おば様のお宅に着く前に、現在避難している女性が多くいらっしゃる事。
とは言え、あまり過剰に意識しなければ大丈夫である点も改めてお伝えして。
そうして私達は玄関前に着きました。
「改めて、ってなるとちょっと緊張するな」
「ふふ、本当に」
あの日からもう1年・・・いえ、2年近くになりますものね。
「驚かないでくださいね?マッシュ。
あ、でもきっと驚くとは思いますけれど・・・」
「ええ?何だよ、それ」
コンコン。
扉をノックすれば、家の奥からこちらへ向かってくる足音。
それからゆっくり扉が開くと、その奥にいたおば様はふわりと微笑みました。
「お帰りなさい。、マッシュ。
今か今かと待っていましたよ」
「はい、ただいま帰りました」
「お久しぶりです、お元気でしたか?」
言葉に、おば様はくすくすと笑みを溢します。
「ええ。そんなに畏まらなくて良いですよ、マッシュ。
さぁ、そんな所に立っていないでどうぞ入って」
笑顔のままリビングまで通されると、何やらとてつもなく不機嫌なバルガスさんが本を読みながら優雅にお茶を飲む姿がありました。
きっとおば様の渾身の説得・・・いえ、お説教?か、何かがあったのでしょうね。
逃げようとした、とお手紙にもありましたし。
「おーう。お帰り」
「ただいま戻りました」
「バ・・・バルガスっ!?」
ほら、驚いたでしょう?・・・・・・と、あら?
「バルガスさんだけなんですか?」
「ああ。アイツらは流石に水入らずを邪魔したくねぇって部屋に戻ったし、親父はこないだ帰ってきたかと思えばまた修行に行っちまったな」
「そうだったんですね」
それは残念です。
皆さんを無理させる必要はありませんが、おじ様とは出来ればお会いしたかったですね。
きっとマッシュがとても喜ぶと思ったのですが・・・というか。
「大丈夫ですか?マッシュ」
「さっきから固まってるが、どうした?マッシュ」
「・・・・・・ぇ、あっ!え!?何で貴方が此処にいて・・・ぇえ??」
「自分の家なんだから当然だろ」
平然とお茶を啜ってますが、何かに思い当たったとバルガスさんは私へと視線を向けました。
「、アイツに俺がいるって言わなかっただろ」
「はい。おじ様ともお会い出来るかと思って、驚かせようと敢えて秘密に。
それに折角ですからちゃんとお話しされた方が良いかと思いまして・・・」
私もあの件に関しては詳しくは伺っていませんし、どうしても自己解釈が入ってしまいますから。
続けた言葉にバルガスさんは半眼になってしまわれましたが・・・。
「成る程な。ま、変な言われ方するよかマシか。
ほら、ちょっとここ座れ、マッシュ」
「お。おお・・」
「それなら私達はお茶の準備でもしましょう。
お手伝いしてもらっても良いかしら?」
「勿論です」
それは2人にお話が出来るようにという配慮でしょうから。
フィガロから持ってきた手土産のお菓子を一部出してお皿に盛り付け、ヤカンを火にかけてお茶の準備をします。
「ごめんなさいね。帰ってきてすぐに働かせてしまって」
「いえ。動いていた方が性に合ってますし・・・。
フィガロにいる間は台所仕事とかは出来ませんでしたから、久しぶりに出来るのは楽しいですよ」
「あらあら。マッシュのお嫁さんになるのにそれでは先が思いやられるわね」
・・・・・・ぇ?
「あれ?私、言ってましたっけ??」
楽しそうに笑いながらおば様は私の左腕に着けた腕輪を指差します。
「ずっと誰からの贈り物かと思っていたのだけれど・・・先程見て漸く分かりましたよ。
マッシュも同じ物をしていたものね」
「・・・おば様には敵いませんね」
よく見てらっしゃるんですから。
「ふふ。おめでとう、」
「ありがとうございます。おば様」
腕輪を撫でて一度笑みを向ければ、おば様も笑みで返してくださって・・・。
こんなご時世ですが・・・いえ、ですから余計にその祝福の言葉は嬉しいものだと感じます。
本当は、今も私がマッシュの隣にいて良いのか不安ではあるのですけれどね。
再会した時には普通に喜んでしまいましたが・・・私は、あの時・・・・・・。
あの島から脱出する際に・・・・・・酷い事をしてしまいましたから。
彼の行く末を案ずるでもなく。想いを抱いて最期まで足掻くでもなく。
終わりだからと。それでも忘れられたくないと・・・・・・。
自分勝手に相手を傷付けるような、そんな最低な事を何の躊躇いもなく私は───。
「?」
「・・・・・・いえ、何でもありませんよ」
こんな事は誰かにお話しすべき事ではありませんしね。
「そう?
・・・・・さ、こんなものかしらね」
「バルガスさん達はお話しできたでしょうか?」
おば様と共にティーセットやお茶請けを載せたトレーを持ってリビングへと向かいました。
机に一通り並べてから顔を上げて見れば、マッシュの瞳には涙が滲んでいて───ひぇ!?
「あの、マッシュ・・・?」
「ああ。いや、悪い・・格好悪いとこ見せたな。
バルガスが無事で、師匠とも和解できたって聞いたら、つい・・・・」
「全然格好悪くなんかないですよ」
少し驚きましたが、私はマッシュのその繊細な面もとても魅力的だと思っていますから。
嬉しい事に対して素直に涙を流せる事は本当に大切ですし。
ハンカチを渡せば、マッシュはそのまま受け取ってくださって目を押さえます。
「私もバルガスさんがご無事だったと分かってうっかり泣いてしまいましたしね」
「あれもビビったが・・・お前ら情緒豊か過ぎだろ」
「別に良いじゃないですかー。
バルガスさんが素っ気なさすぎなんですよ」
むむ。と不機嫌な顔を向けて椅子に腰かけ、おば様の淹れてくださったお茶に口を付ければ、マッシュが思わずと吹き出して笑いました。
それに私とバルガスさんも顔を見合わせてから笑います。
ああ、何だか昔を思い出しますね。
旅に出る前は・・・あの事件が起きる前は、こんな事もありましたものね。
「何かすげー帰ってきたって感じがするな」
「はい、本当に」
マッシュにとっても私にとっても、此処は長く過ごしたもうひとつの我が家ですから。
それから私達は沢山のお話をしました。
まず先にお2人の中で真っ先に和解はしたそうです。
詳しい内容は教えてくださいませんでしたが、私はその場にいた訳でもありませんし不用意に立ち入る事ではありませんからね。
そもそも立ち入って欲しくないから先にその話をしてしまったのでしょうし。
ですから。今回はそれからの事を。
私達の今までの旅と、世界大災害が起こってからの話をします。
そういえばお互い話してませんでしたからね。話していてお互い驚いた事も幾つかありました。
まさかツェンで崩れかけた建物を支えるなんて無茶をされるとは思いませんでしたが・・・・無事で本当に良かったです。
マッシュはバルガスさんが率先して治安強化に尽力されている事を知ってとても驚いてました。
そして同時に尊敬の念も。やはりマッシュにとっては偉大な兄弟子になりますものね。
日暮れ前においとまさせていただきましたが・・・。
その頃にはもうマッシュもバルガスさんも前にあったであろう蟠りは無くなったように見えて、私は一安心したのでした。
「すみません。長居してしまって」
「良いのよ。本当は泊まっていって欲しい位なのに」
「いえ、そこまでお世話になる訳には・・・それにまだやる事もありますから」
マッシュの言葉に、おば様は真剣なお顔をされます。
「お仲間を探す、と言っていましたね。道中は決して楽ではないでしょう。
ですが・・・どうか気をつけて。貴方達の旅路が善きものとなるよう祈っています」
「ありがとうございます、おば様。
おば様達もどうかご自愛くださいね。
バルガスさんもあまり無茶はしないでくださいよ」
「ま。適当にやってっから気にすんな」
本当ですかね?なんて少しだけ疑いつつ。
私とマッシュは一礼してから歩き出して───。
「ああ、マッシュ」
不意にバルガスさんに呼び止められて、私達は振り向きます。
「親父からの伝言だ。
“儂に会いたければ探して見せろ”だってよ」
「ははっ。師匠らしいな」
嬉しそうに破顔して、それから私達は手を振ってから今度こそ歩き出しました。
「行こうって誘ってくれてありがとな、」
「どういたしまして。
こちらこそ無理を言ったのにお付き合いくださってありがとうございました。
でも次はおじ様を探さなくてはいけませんね」
「ああ!絶対に見つけてみせるぜ!」
強く拳を握りしめる姿はとても頼もしく思います。
きっと見つけ出せると思いますよ?マッシュなら出来る・・・私にはそんな気がしますから。
「じゃあ後は兄貴に頼まれた視察でもしてから帰るとするか!」
「はい!」
僅かに手が触れて、思わずお互い手を引きます。
ですが、マッシュの手がするりと私の手を絡め取って・・・。そうして私達は歩き始めるのでした。