己の生を振り返る
別段、アタシは自分の過去がヘビーだとは思わない。
どうもアタシは生まれた時に鼬の姿だったらしい。
それで発狂した母の目線に出来るだけ入らないように離れで育った。
とはいえわざわざ彼女は呪いの言葉を吐きに離れまで訪れては、ついでに物も投げていってくれた訳だけど。
物理的な拘束も未だ消えない痣になる程には受けたし、離れから出れない程度の軟禁状態だった事もある。
だけどあの人以外からの扱いはあくまで、恭しく、着飾られて、丁寧に。お人形か、腫れ物か。常にそんな状態。
一介の酒造業の老舗が生きていく為には先祖返りに縋るより他になかったのか。
どうやら先祖返りがいる間は商売が不思議と繁盛するっていう話だけど・・・。
アタシには詳しく分からない。
そもそも酒呑童子でもないのに酒造ってのが良く分からない訳だけど。
確かにアタシは酒利き出来るけどね。出来るようにさせられるっていうか。
まぁ他の先祖返りも変な家系多かったりするんだけどさ。
でも──。
もしあの時、野ばらちゃんが現れなかったら今も状況は変わらなかったんだろうなぁ。
小学校を途中入学できたのも彼女のおかげだって今でも思ってる。
差し伸べてくれた手が。
アタシに向けてくれた笑顔が。
あの窮屈な空間からの解放が。
自由。
望んですらなかった、望む事すら知らなかったソレをくれた人。
アタシは野ばらちゃんに救われた。
なら、救われた時点でそれはヘビーな過去でも何でもない訳だ。
ま、でも残念ながら急に社会に溶け込める訳じゃなかったけど。
とにかくソツなくこなそうとはしてた気がする。
今でもそうか。出来るだけ目立つ事は避けて、最低限の愛想を振り撒いて。
理解出来ない“普通”を纏ってのらりくらりと日々を過ごす。
でも、誰かと一緒にいるのは苦手だからほどほどに。つかず離れず。
常に1人だからって、寂しいとかそういう感情は無かった。
世界は本当に綺麗に彩っていて、それを見ているだけで楽しかったから。
図書館で本を読んでる時間が好きで。ぼんやりと空を眺めるのが好きで。
ゲームしたり、音楽聴いたり、ただ自分だけの時間が好き。
あぁでも野ばらちゃんがSSになるっていなくなった時は悲しかった。
会えなくなって。一緒にいられなくて、それが寂しくて。
アタシは臆病だ。
アタシは寂しがりだ。
本当はべったりと甘えたいのに、怖くて線を引く。
程々が一番だなんて言う。
誰かが傍にいる環境は怖くて。
自分以外の息遣いが傍にあるのが怖くて。
なのにひとりぼっちは寂しい。
矛盾した感情。
だから自分の世界に・・・殻に篭って、そのまま腐敗していきたい。
そんな怠惰な感情が浮かぶんだ。
折角与えられた自由も、感情も、このままじゃ勿体無いって分かってる。
でも、だからって行動するのは難しい。
「お嬢様、身支度は御済になられましたでしょうか?」
もう誰だったか記憶するのも面倒な、アタシの世話をしている人の声。
「うん。引越しのトラックに一緒に乗せてって貰うから見送りはいらない。
くれぐれもあの人の視界にアタシをいれないようにだけお願いね」
「心得ております」
折角この陰気な空気から逃れられるんだから最後の最後でヒスは勘弁。
「それじゃ」
行ってきます、も言わない。
ばいばい、も言わない。それだけの言葉。
育ててくれた恩?さぁ、そんなの分かんない。
だって“生きてた”だけの人生だし?なんて。
あぁ、ただこれからの人生には感謝するけどね。
アタシがアタシとして生活できる。
この家から解放される、そんな日をくれたんだから。