鳥篭の夢

入居



「此処が妖館かぁ──」

しみじみ呟きつつ建物を見上げてみる。いやぁ、凄い高層マンションだと思うよ、うん。
今日から此処の5号室がアタシの住まいになる訳だ。何だかちょっと緊張。
引越業者にはお礼を言って、帰ってもらった。大きめな家具は既に中に入れてもらってるし。
後はダンボールが何個か。コレ位なら自分でも運べるでしょ。

「よー、。今日引越しだったっけか?」

声に見てみればだらっとしたジャージ姿の反ノ塚がいた。
てゆか普段ジャージなんだ。制服位しか見たことなかったけど。

「そそ。今日から5号室なの、よろしく」
「おう。んじゃ、荷物運ぶの手伝ってやるよ」
「え?いや、別に良いよ。だいじょ──」
「まー、同級生のよしみってヤツで」

何それ。なんて返す前に、台車に乗せた荷物をガラガラと運んでくれる。

「そういやは生活費どうすんだ?やっぱ仕送りか?」
「ん?ううん。今までの働きに見合ったっぽい金額貰ってきたよ」

そう。生まれてから今までの仕事分の給与だって、結構な額を家から貰ってきた。
勿論、これで足りなくなるような事があったら家に仕事しに行くか、或いは強制送還か。
ま、それなら仕事するけどさ。毎年何かしら新しいお酒出るんだし。
味利きして正確な分析と、どんな状況下で出すべきか、合わせる料理位までなら簡単だし。
それか別にアルバイトするかだよなぁ。アタシに出来る事があるかは別として。

「まぁ、暫くは何とかなるでしょ」

にっこり。笑って見せれば“成る程なー”なんて呑気な声が返ってくる。
ラウンジを抜けてエレベーターで7階まで上がるのなんてあっという間。

「あ。ねぇねぇ、野ばらちゃんって今いる?」
「ん?あぁ。そういや新しい入居者来るって楽しみにしてたなぁ。
お前の事見たらビックリしたりしてな」
「あはは。それはちょっと見てみたいかも」

あんまり野ばらちゃんがビックリした姿なんてそうそう見た事無かったし。
クールで現実主義。アタシには何時も優しくしてくれてたけどね。

「じゃあまた後で。荷物片付けたら野ばらちゃん探ししなくちゃだし」
「ぷ・・本当に野ばらの事好きなんだな」

って、何その笑い。

「当たり前でしょ。アタシは野ばらちゃん至上主義なんだから」

笑顔で言ってやれば反ノ塚は“すげぇな”なんて少しだけ驚いた顔。
だって彼女がいなければ今のアタシはいなかった訳だし。やっぱそうなるもんじゃない?
とは言わなかったけど。とりあえずそこで会話終了。
荷物を部屋に入れて大まか片付けて──まぁ、一旦はこんなもんでしょ。
思ったより時間経っちゃった。今日はここまでにして野ばらちゃん探しついでに探検しよっと!

とは言っても、3階にあたる1号室から10階にあたる8号室までは普通に部屋なんだっけ?
後は1~2階がラウンジか。吹き抜けになってて開放感半端ない感じだ。
ん?人の気配に見てみればピンク色のふわふわ髪をツインテールにした女の子の姿。手にはお菓子。
その近くには金髪の男の子。男の子って言い方は悪いかな?中学校3年~高校生位?には見えるし。

「・・・・こんにちは・・・」
「あ、こんにちは」

女の子はじーっとアタシを見てから、首をゆっくりと横に傾けた。

「・・・・・・誰・・・?」

えぇー。
あ、でもとにかく自己紹介するべきだよね。今日から住人になる訳だし。

「今日引っ越してきた、5号室の鎌太刀です」
「私は・・・髏々宮カルタ。SSで、2号室の・・・人を守ってます。
・・・・・・よろしく?」
「うん。これからどうぞよろしく」

にっこりと笑ってみせたら、女の子もほわっとした笑顔を見せた。可愛いなぁ。
なんて思ってたら、某ピーナッツをチョココーティングした特長的な鳥が描かれているお菓子を握らされる。ん?

「これ、あげる・・お近づきのしるし」
「えぇと・・ありがとう」

お近づきの印、かぁ。そういえば引越し挨拶の物とか用意しなかったなぁ。
良かったのかな?とか考えてたら女の子・・カルタちゃんは、金髪の男の子へと視線を向けた。

「渡狸・・・」
「・・しょうがねぇな。俺は1号室の渡狸卍里!不良だぜ!」

不良?あぁ、だから金髪なのかな。良く分からないけど。

「えぇと、よろしく。不良の卍里君」
「って、馬鹿にしてるだろ!それ!!」

いや、そんなつもりは無いけどさ。

「ほら。不良って初めて見るから」

金髪の不良さんと、ふわふわぼんやり女の子。どっちも初めて見るタイプ。

「じゃあボクとも仲良くして欲しいなー☆たん」

たん?
声と共に唐突に上から落ちてくる影。見上げてみれば赤銅色の髪と笑顔にぶつかった。
んー、何時の間に背後にいたんだろう?気付かなかった。

「ハロー。初めまして☆たんの事は噂になってるよ。
SSつけずに入居するなんて初めての事だからさー」
「そうなの?」

ウサ耳、包帯、ニッコリお愛想笑顔。
これはこれで初めて見るタイプの人だなぁ、なんてしみじみ。

「そうそう。一体どんな人が来るかと思ってたけど、可愛い女の子でビックリしたよー。
あ、ボクは夏目残夏。そこの渡狸卍里のSSで百目の先祖返りなんだ、よろしくね☆
ボクの事は気軽に“残夏くん”って呼んでよー。“残夏おにーさん”でも勿論オッケーだけど」
「えぇと。じゃあ、これからよろしく・・・残夏君?」

で、良いのかな?考えてたら残夏君はにっこり笑顔のまま。
嫌そうには見えないから大丈夫だよね。

「ちなみにカルタたんはがしゃどくろの先祖返りで~。
渡狸は・・ぷぷぷ、まぁそのまんまだけどね☆」
「そのまんまっていうな!後、笑うな!!」

叫ぶと同時に卍里君が変化する。小さな・・・豆狸?

「わぁ、卍里君は豆狸なんだ。アタシは鎌鼬の先祖返り」

鼬に変化して並べば、豆狸とあまり大差ないサイズに思う。
獣系の先祖返りって今まで会った事無かったから、ちょっと嬉しいかも。

「って、何でお前も変化するんだよ」
「あれ?卍里君がわざわざ変化してくれたのかと思って・・」
「安定感無くてすぐに変わっちまうだけだ、悪ぃか!」

いや、そんな事ないけど。でも安定感無いのって生活大変そうだよね。
考えてたらぎゅむって衝撃。じたばたともがきながら見上げればカルタちゃんの顔が目に入る。
って、つまりアレか。カルタちゃんに抱っこされてる状態か!それはちょっと恥ずかしい。
どうしようかなぁ、なんて考えてたら残夏君がにんまり笑ってアタシ達を見る。

「渡狸とたんで、癒し空間の出来上がりってねー☆」
「うん・・・渡狸もちゃんも、可愛い・・・」


・・・?」


会話を遮るように、聞きなれた声。──野ばらちゃんだ!

「野ばらちゃんっ!」

変化を解いて目的の人へ向けば、珍しく驚いた顔。
だけど嬉しそうな顔をしてくれて、だからアタシも安心して野ばらちゃんに抱きつきにいく。
ぎゅう。抱きしめれば、やっぱり温かくて落ち着く感じ。
本当に野ばらちゃんだ。すっごく久しぶり。嬉しいなぁ。

「久しぶりね。妖館に入居するなら教えてくれれば良かったのに」
「だって、ビックリさせたかったから」

言えば、少しだけ困ったみたいな柔らかい笑顔。

「本当にビックリしたわ。だけどよく両親が許してくれたわね。
にはお仕事があるでしょう?」
「うん。でも来年度は受験生だからって言ったらあっさり承諾してもらったし、大丈夫」

それに、一応利き酒出来るのはアタシだけじゃないし。

「2人は・・仲良しさん・・?」
「そうよ、カルタちゃん。あたしとは幼馴染なの」
「家が結構近いんだよね」

確か。来てもらってばかりで行った事無いから分からないんだけどさ。

「じゃあ、知ってる人がいたら安心だねー☆」
「あはは。そうだね」

残夏君の言葉に、確かにそうだと思う。
野ばらちゃんがいれば安心。本当に・・・。

「あ、そうだわ。もしまだマンション内を見てないなら案内してあげる。
と会うのも久しぶりだもの。今までの事、色々教えて頂戴」
「って言っても教える程の事はないけど」

あははは。結構怠惰だったし怒られちゃう?なんて変な笑い。でも良かった。
野ばらちゃんと無事に会えたし、他の人達も何だか面白そうな人達ばっかりだし。
うん。何とかなるような気がしてきたかも。



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