鳥篭の夢

その不安から



薄暗い部屋。息を殺して、全て終わるのを待つ。
悪意を受け止める事なんて簡単だ。生まれてから今までずっとそうしてきたのだから。
ギリギリと肌に布が食い込む感触ももう慣れた。物を投げつけられる痛みだって──。
喚き撒き散らされる悪意もただ黙していればじきに終わる。後少し。きっと後少し。

だから大丈夫。これが終わればきっと───


「──っ!!」

ビクリ。身体が震える感覚で目が覚めた。
嫌な夢・・小さい頃の。拘束されてた時の記憶。乱れていた呼吸を何度か深呼吸して整える。
大丈夫。此処は妖館なんだから。
そもそも野ばらちゃんに助けられてからあんな事は無かった訳だし。

「魘されていたようだな」
「あーうん、でも大丈・・・ん?」

あれ?

「どうした?。面食らったような性奴隷の顔をして」
「どんな顔なの、それ。っていうか何で蜻蛉が人の部屋にいるの!?」
「早朝から愛する我がビッチの顔でも視姦してやろうと思ってな。
しかし扉の鍵が開いていたが、セキュリティは完璧とは言え些か無用心過ぎるのは関心せんな。
それとも・・・・まさか私が来るのを待っていたのか?」
「それは無い」
「間髪入れずに拒否か?悦いぞ悦いぞー」

笑う蜻蛉に少しだけ溜息。
でもその相変わらずのテンションに助けられてるのが分かる。

「アタシ、鍵とか元々苦手なの」

密室にされるのは怖い。拘束されるのも怖い。部屋が暗いのも、大きな怒鳴り声だって・・・。
実家での事が・・・耐え抜いてきたと思っていた事は全部心の傷になって残ってる。
治らない痕は手首だけじゃなかった。気付いたのは自由を得てからだったんだけどさ。

「何を不安に思う事がある?」
「え?」
「貴様は不安を感じるとすぐにその痣を撫でるな」
「そう、なの?」

気付かなかった。言葉に、蜻蛉はくつくつ笑う。

「癖とはそういうものだ。無意識に心の安定を図る為の所作。
一体何を恐れているのか知らんが、その必要はあるまい?」

“私がいるのだから”そう言葉を続けて、アタシの手を取って痣に口付ける。
くすぐったい感触。他の皮膚より過敏な気がするそこに、蜻蛉は更に舌を這わせた。
時折歯が当たって、ただ身体がゾワリとした感覚に震える。

「・・・・っは。蜻蛉・・」
「ん?どうかしたのか?」

悠々とした返事が小憎い。余裕なのはズルイ。

「ちょ、止め・・・ぁ、こら!」
「そんな事を言いながらあまり力が入っていないようだが?
何だ、反抗的な態度を装って私を煽っているのか?真正のドMだな、は」

ちゅ。耳の後ろに音を立ててキスをするから、妙に響くように聞こえる。
恥ずかしい。抱きしめられたら抵抗出来なくて・・・あぁ、悔しいなぁ、何だか。

「安心しろ。夢の事など忘れさせてやる」
「って、何するつもり!?」
「無論。貴様が今一瞬でも脳裏に描いた事に決まっているだろう。
何を今更。恥ずかしがる事も無いだろうに」
「恥ずかしいわ!しかも朝っぱらからっ!!」

そんなキョトンとしないでよ。重要だって、それ。

「時間など些細な事を気にしているようではまだまだだな」
「意味分かんない・・っ」

唐突に深い口付け。言葉が飲み込まれて、そのまま思考が働かなくなる。

「やはり反抗的な口は塞ぐに限る」
「あのねぇ、蜻蛉・・・」



名前を呼ばれて言葉が出なくなる。
囁くように低くて甘い。それなのに、何処か熱を帯びた声音。

「安心するが良い。今日はこの私がとことん傍にいてやるのだからな!」
「あははは」

さっきの格好良さをがっつりぶち壊す何時もの雰囲気。いや、それはそれで好きだよ?うん。
だって、結局はそうやって不安も恐怖も何もかもを打ち消してくれるんだから。



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