鳥篭の夢

不意に視えたモノ



カゲたんを除く全員が、連絡を受けて病院へと駆けつけた頃。
不意に想いが溜まっていたんだろう渡狸がボクに喚き始めた。
静かだった辺りが僅かにざわめき始めたのが切っ掛けだったのかもしれない。
カルタたんが本当に大好きで、人一倍大切に想っていたのだから尚更。

「卍里君、此処病院だから・・」
「・・・っ!うるせぇっ!」

びくり、たんが身体を一瞬硬直させる。大声が苦手なのかもしれない。
渡狸がたんの言葉に僅かな動揺を見せるのは“馴れ合い”にしては生命を懸けているからだろうか。
薬を使った彼女の顔色はまだ優れなくて、でも困ったような表情を向けている。

「視える事もあるよ」

つい、ボクも口が動く。歯がゆいのは自分も同じだ。 何故視えなかったのか。後悔しても遅いそれは、渡狸の言葉で更にふつふつと沸いていたから。
「無力な自分が歯がゆいんでしょ」
「だから止めろって」
「強くなりたいとか守りたいとか言っちゃって~。
何も出来ない自分にイラだってるんでしょ~?」
「残夏君・・やめようよ」

レンレンとたんが控えめな声で抗議するけど。
自分でも驚くほど、このチープな感情が止まらない。

「まぁ、それはこの目が無くたってみんなに見えてる事だけどね~」
「てめ・・っ」


「やめろって言ってんだろォ」


「ひゃっ」

たんが怒鳴るレンレンに驚いて身を引いた時にボクにぶつかる。
と──普段なら滅多に視る事すらないだろう映像が流れ込んだ。

何かを祀るように、封じるように、まるで異質な空間としか言いようの無い部屋は薄暗く。
まるで呼吸をするように、ただ拘束された少女に純粋な悪意を撒き散らす女性。
返すのは冷めた瞳。別に意に介してない訳じゃないようだけど、それでもまるで感情の無い人形のようで。
それは撒き散らされた悪意を一身に受け止めた、小さな小さなたんの姿。
普段ならガードが固すぎて視える事のない彼女の記憶。

「残夏君?」

名前を呼ばれてハッと気付く。見れば、たんが不思議そうな瞳を向けていた。
“何でもない”と平静を取り繕って応えてみせる。
周囲は既に黙り込んで、もう諍いあうような雰囲気でもない。
意味の無い諍いなど仕様が無いんだって・・・ただただ、皆が黙り込んでいる。
カルタたんの無事を願って。彼女の事を想って。
無事でいて欲しいのはボクだって同じだ。だからボクも言葉に詰まる。

それから、ふとたんに目線を向けた。まだその表情は青白い。
彼女は出来る事をした。何も出来ずに無力に打ちひしがれる必要は無いのに、その肩は僅かに震えている。
まるで自分の無力さを恥じているかのように口を引き結んでいた。

“愛しい”

なんて

“抱きしめたい”

なんて、衝動的な感情。
それにダメだと自分に言い聞かす。彼女は“あの時”のじゃないんだから。
儚げな姿にあの頃を見出しては・・・・“前”と“今”を綯交ぜにしてはいけないんだ。
それに彼女にはカゲたんがいるしね。

それでも考えてしまう。
彼女は何時だって幼少期を不遇に過ごしているのだろうか?
誰かが手を差し伸べるまで、それどころか救い出してくれるまで。
それを当然の扱いと受け入れてしまうのだろうか?

「残夏君?・・・・えぇと・・アタシ、何かした?」

困惑した声。それほどまでに自分は彼女を見つめてたんだろうか?
そう思うと流石にボクでもちょっと恥ずかしいと思う。

「んー、疲れた顔してるからさー。
たんもちゃんと休みなよ~?」
「あ、了解。心配してくれてありがと!」

にっこり笑う彼女が何処か痛々しくて、ボクもただ笑って返すしか出来なかった。



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