鳥篭の夢

そして知る真実



「そうそう。そういえばたんってワインの味利きも出来るっけ~?」

ラウンジでのんびり携帯ゲームに勤しんでたら唐突な夏目君の言葉。
それにゲーム画面から夏目君へと視線を移動させた。

「うん、出来るよ。如何したの?」
「ずっと前に保存してたのがあったんだけどどうかなって思ってさ。
良かったら一緒に飲んでみない~?」
「ほんと!?」

飲みたい飲みたいっ!
実家が日本酒ばっかりだから、そこまでワインは飲まないんだよね。
一応、最低限には味利き出来るように舌は慣らされてるけどさ。
それにお母さんが五月蝿いから“今回”は前より飲まされてないし。

「そしたら後でボクの部屋まで来てくれる~?
あ、おつまみはこっちで用意しとくから安心してねー」
「オッケー。超楽しみにしてます」

ぐっと親指を立てて笑顔を見せれば“じゃあねー”と何時もの笑顔で夏目君は去っていく。
誰かとお酒飲めるの久々だなぁ。部屋に入れてるのはあるけど1人で飲むのって味気ないし。
かと言って未成年が堂々と“飲酒しよう”みたいな事って言いにくいんだよね。

へへー。ちょっと・・ううん、かなり楽しみだ。
さてさて。さくっとゲーム置いてこよう。そしてお酒のみに行こう、うんっ!


──コンコン

ドアをノックすればひょいと開いて夏目君の姿。自室だからラフな格好。

「お待たせー。ぜひともお酒のみたいです」
「あははは。正直者だね、たんはー」

そりゃお酒大好きですもの。そうじゃなきゃ毎回あんな感じの人生なんてやってらんないよ。
勿論、お仕事抜きで楽しく飲めるのが一番だしね。
部屋に突撃・・もとい入れてもらってソファに座る。SSも基本的な部屋の構造って一緒だよね。
持ってきたワインのラベルは割と年代物。あ、でもこれ美味しいやつだ。

「おー。結構古めのやつだね」
「うん。23年前に買ったんだよねー。
本当は次の新年会する時に出そうかなーって思ってたんだけどさ」

“出す機会が無くなった”って・・・ちょっと待って。

“23年前”?

それはアタシにはとても意味のある数字で。
そしてそれは、前回のアタシにとって重要な年数で。
というか、そもそも夏目君は生まれてない訳で。

「“残夏”君・・・もしかして、記憶ある?」

そうだとしか思えない。だって絶対に今、意図的にその数字を出した筈だから。
にんまり。残夏君の口の端が釣り上がって笑顔。

「モチロン。ボクは百目だからね。
その性質かどうかは分からないけど、前回だけじゃなくてずっと記憶は残ってるんだよー」

にこにこと告げられて・・・なるほど、そういえばそっかぁ。
ちょっと考えれば分かる事なのに気付かなかった。そうだよね。百目だもんね。
手を叩いて“成る程”と示せば楽しそうに笑われてしまった。うむむ、不覚。

たんも記憶があるなら教えてくれたら良かったのにー」
「だって記憶があるかどうかも分からないのに新しい人生邪魔しちゃダメでしょ。
それに前回はあんな終わり方だったんだから尚更・・・」

百鬼夜行に壊された幸せ。カルタちゃんと卍里君は勿論、レン君に聞いたけどちよちゃん達だって・・・。
それなら思い出させる必要はないと思った。不用意な発言で記憶が戻るのは嫌だから。
俯けば、ぽんぽんと何度か頭を軽く叩くような撫でるような。それに顔を上げたら残夏君の優しい顔。

たんは良い子だねー」
「・・・って、それは子供扱いだよ。残夏君」

むぅ。頬っぺたを膨らませてみれば笑う声。

「でもねたん。今回、記憶があるのはボクだけじゃない。
レンレンは当然だけど。野ばらちゃんと、カルタちゃん。それに──」

「ふははは!呼ばれてもいないのに来てやったぞ、我が性奴隷達よ!!
私を差し置いて楽しむつもりだったのだろうがそうはさせん!」

えぇと?唐突に現れたのは青鬼院の姿。

「もー。蜻たんったら寂しがりやさんなんだからー」
「ん?何だ、まだ飲み始めてもいなかったのか?」
「そそ。その前にちょっと大切なお話をしてたからさー」

“ほう”なんて短く言葉を返して青鬼院がアタシを見る。
青鬼院は如何なんだろう?一応、学校でアタシの事知ってるみたいに言ってた。
だけど・・・パートナーが残夏君だからなぁ。普通に写メとか見せてそうだし。

「ぇ?」

何?急に青鬼院に手首を掴まれて・・・・ん?

「どしたの?」
「今まで2人になる事がなかったな。
「って、ボクいるんだけどねー?蜻たん」

確かに2人きりという訳じゃないけど。でも3人っていうのは初めてだよね、そういえば。
考えてたら青鬼院は急にその手を引き寄せて噛み付くように口付け・・・て、えぇぇぇぇぇ!!!?

「ちょ、青鬼い・・・」
「“今回”は、無いのだな」

手首を赤い舌が這う。前回のアタシなら痣があったその箇所。勿論、今は無い。
彼の言っている事がそれを示している事は何となく理解できて、そもそも“前回”の彼は其処を責めるのが好きだったし。

「ゃ。かげ、ろ・・・・っ」

ぞわぞわ。変な感覚にギブアップだと名前を呼べばニンマリと口元が歪む。
愉悦に浸った青い瞳。それが僅かに熱を帯びてアタシを見てるのが仮面越しでも分かった。

「やはり記憶はあったか。全く、私を謀ろうとはなかなかのS!」
「そういうつもりじゃ・・!」

唇が離れた時に、ちゅ、と小さく音がするのが余計に羞恥心を煽る。
そのまま首元に顔を埋めてくつくつと笑う。吐息がかかるのがくすぐったい。って、いや、ちょっと待って。
だってほら、残夏君もいるし。てゆか此処って残夏君の部屋だし。うぁぁぁぁ──!!

「ゃ・・残夏君、ヘルプっ!!この変態なんとかして!」

「あはは。蜻たん、流石にボクの部屋では困るよ~」
「そんな問題!?」
「それもそうだな」
「って、蜻蛉も待──ひゃわぁっ!?」

変な声でた!
いや、そうじゃなくてなんで抱きかかえるの!?しかも横にっ!!

「しかしこの程度で根を上げるとはな。今度もまた調教する必要がありそうだ。
だがそれはそれで仕込みがいがある。悦いぞ悦いぞー!ふははは!」
「ちょ、待・・。降ろしてってばっ!!」
「わーお。たん、ファイトー」
「残夏君、酷い!」

呑気に観察してないでって、抗議する間も無く部屋の扉が閉まった。

「あ、しかも青鬼院の所為でお酒飲み損ねた・・・」
「何だ。残夏は名前に戻したのに私はそのままか?悦いぞ悦いぞー」

“存分に調教しがいがあるからな”なんて続く言葉に身震いする。
本気で何するか分からない。このド変態は・・・。

「あのねぇ、青鬼院には今回だってりぃちゃんっていう婚約者がいるでしょ」

りぃちゃんは今回記憶が無いし。だから今回は“りぃちゃん”て呼ぶ事にしたけど。
あ、いやでも今は無いというとちょっと違うか。凄く危うい感じ。

「本当には何時だってそのような些末を気にする。
今度もまた親同士が決めた口約束だと凛々蝶が言っていただろう?」
「それは、そうだけど・・・」
「何、まだ夜は長い。じっくりと身体に覚えこませてやろう」

えー。

「安心しろ。酒なら私の部屋にもあるからな!」

“ふはははは”なんて彼特有の笑い声が廊下に響く。
心中複雑。だって、ほら。ずっと記憶が無いって思ってたから、だから・・・・。
だけど嬉しいなんて不思議な感覚。今のアタシは前のアタシと違う。勿論、蜻蛉も。
なのに、同じようにアタシに好意を向けてくれるから。ありがとう。なんて。



inserted by FC2 system