鳥篭の夢

関係



「はぁ・・・」

お風呂上りに水分が欲しくて屋上まで来る。
椅子に座ってぼんやりと外を眺めれば丸い月がぽっかりと浮かぶのが見えた。

──昨日。ミケ君のお墓にお参りした日。
あの時、りぃちゃんは決意した瞳をしていた。
それがどんな意味合いを含むかは分からないけど、でも、きっとミケ君達に関係する事だよね?
だけどそうなると双熾君との関係はどうするんだろう?
今を生きる為だって考えるなら今の関係性は壊さなきゃいけない。

「鎌太刀さん・・・」
「あ、りぃちゃん」

同じようにお風呂上りのりぃちゃんが見えて手を振ってみせる。
隣にすとんと腰を下ろして、ペッドボトルの水を口に含んだ。

「・・・僕の事、変わらず呼んでくれるんだな。記憶は戻ったっていうのに」
「勿論だよ。だってちよちゃんの時の記憶があってもりぃちゃんはりぃちゃんでしょ?
記憶の有無なんて関係ない。アタシにとって大切なお友達なのは変わらないんだから」

“りぃちゃんに記憶があってもなくても、アタシはりぃちゃんの事が大好きだから”
そう続ければ、りぃちゃんは恥ずかしそうに頬を朱に染めて俯いてしまった。

「ありがとう」

まるで蚊の鳴くような小さな声でお礼。それが本当に嬉しいって思う。

「そういえば、ずっと気になってた事があるんだが」
「ん?」

何々?

「鎌太刀さんと蜻蛉は今度も付き合って──」
「無いからね!」

即答すればりぃちゃんは呆気に取られたように幾度か瞬いた。

「そうなのか?2人共記憶があるからてっきり今回もそうだと思ってた」
「あはは。そこら辺は記憶の有無は関係ないよ」


嘘。


「仲も良さそうだし」
「悪くはないんじゃない?でもやっぱり前と今は違うよ。
今回は仲の良いオトモダチ・・・或いはクラスメイトとかそこら辺だって」
「クラスメイト・・・」

“そこまで言うのは流石に可哀想じゃないか?”なんてりぃちゃんが続ける。
それに軽く手を振ってみせた。気にしない、気にしない、なんて・・・嗚呼、本当は分かってるよ。

「じゃあご近所さん?」


そんなの嘘。
アタシは酷い嘘吐きだ。だけど──。


「りぃちゃんは・・・?」
「ああ。先程、御狐神くんとの契約を解消した。
あのままの歪な関係を続ける訳にはいかないからな」
「そっか・・・」

やっぱり解消しちゃったんだ。
でも昔に引き摺られない為に、今を生きる為にはきっと必要な事なんだよね。

「鎌太刀さんが気に病む必要は微塵もない。いらないお節介だな。
解消したのは僕があのままじゃ不誠実だと思ったからだ。前の彼にも今の彼にも」
「うん。でも、つらかったね・・・」

よしよしと頭を撫でれば僅かに俯くりぃちゃんの姿。
悲しさとかもあると思う。前の記憶とはいえ、ある意味失恋したみたいな感じだし。


そう。だけど、だからこそアタシは蜻蛉の傍にいたくない。
りぃちゃんは双熾君の事で苦しい思いをしてるのに、アタシだけ幸せを得るのは何だか不公平だ。
せめてりぃちゃんが双熾君を受け入れるようになるまではアタシも彼の傍にはいられない。
今はまだりぃちゃんの傍にいて支えたい。だから・・・。

ううん、本当はそれだけじゃない。本当に前と考え方や感じ方が違ってるのもある。
それが怖い。きっと貪欲に求めてしまう。沢山のものを欲してしまう。
今のアタシは恋愛した事ないから、何をするか分からないから、怖い。


「特別な人だもん。すぐには割り切れないよ」
「僕は・・・。僕は、けじめをつけたいんだ。
すぐには出来なくても御狐神くんを今の彼としてちゃんと見れるように」
「うん」
「だから、距離と時間が欲しかったんだ。彼が傍にいたらきっと出来ないから」
「うん」

双熾君は本当にりぃちゃんが好きだから。
きっと苦しむりぃちゃんをすぐに助けようとするから。


嗚呼、アタシはずるい。
りぃちゃんみたいに誠実に向き合おうとしないアタシはどれだけ酷い事をしてるんだろう?
不誠実。そんなの、アタシの方がよっぽど不誠実だ。


だけど、そんな事を考えてるなんて知られたくなくて。
アタシは出来るだけ優しくりぃちゃんの頭を撫でた。



inserted by FC2 system