鳥篭の夢

閉じ込めた想い



ちゃん・・蜻さまと、喧嘩した・・?」
「は?別にしてないけど」

唐突な言葉。不安そうにカルタちゃんに訊かれて慌てて首を横に振った。
それでもカルタちゃんはじぃっとアタシを見つめてくる。少し寂しそうな表情。

「じゃあ、仲良し?」
「ぇ?」
ちゃんと、蜻さま。・・仲良し・・?」

仲良し?

それは、如何だろう。りぃちゃんの記憶が曖昧だったから前みたいには接してなかったし。
今はちよちゃんとしての記憶がある状態になったから尚更。
ううん。自分でも分かる。
カルタちゃんが思わず心配する位には・・・それ程には蜻蛉を避けてると思う。自分でもそう思う。
蜻蛉がいるのは・・まぁ、疲れる事もあるけど・・やっぱり基本楽しい。だから近付かれるのは怖い。

「蜻さま・・ちゃんの事、好き。
それにちゃんも、蜻さまと一緒だとふんわりになるの。
だから・・私は、ちゃんも蜻さまも仲良しが良いな」

ぽんぽんと頭を撫でてもらって、それからお菓子を1つ。
昔からある青と白のパッケージが懐かしいヨーグルト味のラムネ。

「元気になるから・・」
「うん。ありがとう、カルタちゃん」

優しさが身に染みるとはこの事だとひしひしと感じる。
だけど仲直り・・違えてるかもそもそも分からないけど、とにかくそれが出来るかは分からないけどさ。
そうやって優しくしてくれるのは嬉しいからお礼を言って部屋に戻ろうとカルタちゃんと別れる。
そうだ。ラムネでも食べて少し頭を冷やそう。それが良い。
ラムネの箱を開けて、中のまるで薬みたいなPTP包装からラムネを1粒取り出して口に入れた。
ちなみにアタシはがりごりと噛み砕く派な訳だけど、そんなんだからすぐ無くなるんだよねぇ。
18粒なんてあっという間だ勿体無い。でも噛むのは止まらない。
考えながらエレベーターを待っていれば、開いた扉から出来るならば見たくなかった人物の姿。

「蜻蛉・・」

ラムネの味が一気に分からなくなる。口の中がざらつく感触だけ。
だから無理やり嚥下すれば、まだ塊が残っていて咽喉を通る感覚が痛かった。

「なんだではないか!どうした?もう部屋に戻るつもりなのか?」

向こうは変わらず何時もと同じ調子。
それが変な安堵感と、同時に酷く胸を苦しくさせる。

如何して?こんなに避けてるのに・・・。

「うん。これから宿題するから、またね」

ばいばい。続けて言ってからエレベーターに乗れば、一度降りた筈の蜻蛉も同じように乗り込んだ。
・・・・・えぇっと?何。何のつもり?
考えてたら、ぐぃと手首を強く掴まれる。人の姿だと流石に成人男性には敵わないんだけど?
まぁ蜻蛉だと純粋な腕力じゃどちらにせよ勝てないんだろうけどさ。
じっと蜻蛉を見れば同じように視線を返される。珍しく真剣な表情。いや、珍しいなんて失礼か。
それでも何時も笑ってる顔しか見てない気がするし、そう考えればやっぱり珍しい。

「貴様はまた私を避けるつもりか?」
「別に・・・」
「“そんなつもりはない”などとは言えまい。
そのような嘘を吐いてまで私から離れたいのか?」
「そうだよ」

離れたい。出来る事なら今すぐ。
アタシの感情が貴方に知られてしまう前に逃げ出したい。

「そんなにも私を厭うか・・」

ぽつり。零れ落ちるような言葉は低くて冷たい音。
私の手首を掴んでいる手に力が入って痛い。
ポォーンなんて音と同時にエレベーターが止まる。そういや階数押してなかった。
視線をずらして見てみれば・・・着いたのは3階。蜻蛉の部屋。
案の定というか何と言うかそのまま部屋まで半分引きずられるようにして連れて行かれて、ベッドに放り投げられた。
とにかく体勢を整えようとするけど、それを拒むように、半分圧し掛かられるように蜻蛉に拘束される。

「此処までくれば他に入ってくる者はいるまい。
さて聞かせてもらおうか?なぜ私を厭い、避けるのかを」

仮面越しでも分かる。目が怖い。
本当の事を言わせようとするような変な威圧感。背筋が寒くなる感じ。
それに視線を背ける事しか出来ない。ただ溜息が落ちた。

「別に蜻蛉は嫌いじゃないよ。でも・・・アタシは、前と違うから」

前のアタシとは違うから。
物の見方も、考え方も、外を知らずに監禁されてたあの時とは・・・“前”とは全然違う。
“今”のアタシは小さい頃から世界に触れて、周りから愛されて育った。だから──。

「それが如何したというのだ。前と違うのは私も同じだろう?
前の私と今の私は違う。前を重ねているのは貴様の方だ、
「そうだよ!だって・・・仕方ないじゃない、記憶あるんだから!
どうしても前の事だって引き摺るよ!!だから・・・違うから怖くなるのに」

違いすぎて、きっと嫌われちゃうんじゃないかって不安になるのに。
アタシはきっと今回は待てない。放浪癖のある貴方を前みたいに待つ事なんて出来ない。
いなくなったら不安になると思う。きっと、それで酷い言葉を向ける事もあると思う。

「・・・アタシ、ダメなの。今回は蜻蛉を好きになれない。
きっと求めすぎるから。縛り付けるから。
自分が不安になりたくないからって相手を縛るのは嫌なのに・・・」

どんどん貪欲になっていくの。
前と同じように好意を向けられて、アタシはきっと安心しきってる。
だから今だって貴方に酷い態度も取るし、突き放す言葉も平気で出てくる。
相手に嫌な思いさせて、平気な顔して、自分を守るのに必死になって。
いっそ嫌われてしまいたい、なんて。心底そう思ってる筈なのに、本当は嫌われたくないなんて怯えてる。

これで付き合いだしたりなんかしたら、もっと酷くなる。
傍にいる事を願って、離れるのを恐れて、蜻蛉を求めて、きっと負担にさせちゃう。
そんなの嫌なの。アタシは、それだけは嫌。

「それの何が悪い」

・・・ぇ?

「相手を貪欲に求める事に、何を恐れる必要がある?おかしな事など何もあるまい。
・・・貴様は本当に己の欲のままに求める事を恐れるのだな。
拒絶されるのが怖い。甘えるのが怖い。此方が手を伸ばそうとも、それを良しとしない。
己を曝け出せずに鬱々と疑惑に苛まれ、勝手に己から線を引く。
信頼するに値したとしても、必要以上に踏み込まれる事を恐れるのは今も変わらないようだ」

間違いじゃない。的確だからこそ苛立つ言葉。
睨みつけてやるけど蜻蛉は特に表情を変えるでもなくアタシを見る。

「自分が求める事を躊躇えば何も手に入らないではないか!
私は遠慮などするつもりはない。
私は貴様を愛している。“前”だ“今”だではなく、ただ貴様をだ。
常に貴様を貪欲に求め、手に入れ、拘束し、調教するつもりでいるからな!!」

“覚悟していろ”なんて続く言葉。
物騒だけど、彼なりの愛の言葉は良く知っていて・・・だから胸が痛くなる。

「でも、りぃちゃんだって記憶がちゃんと戻ったばかりで大変な時なのに・・・。
双熾君との事だってあるだろうし。傍にいたいし放っとけない。
そんな時にアタシだけがそんな風に蜻蛉と付き合うなんて出来ないよ」
「それは凛々蝶を言い訳にしているに過ぎん。
そのような言葉で私が満足するとでも思ったか?まさか離れる事を了承するとでも?
私が求めているのはお前自身の感じた想いだ」

射抜くような瞳がアタシを捕らえる。
離れられないそれが、逃れられないそれが、耐えられなくて口を開いた。

「ぁ・・・アタシ・・・も、本当は・・蜻蛉が・・・・・・好き、です」

最後は本当に消え入りそうな声だって自分でも分かる。
だってもう耐えられなくて。あれだけの言葉を貰ったら、全部嘘に出来なくて。

「漸く言ったな」

満足気な顔。不意に仮面を外して──あ、前より幼い。とか言ったら拗ねちゃいそうだけど。
唇に落ちてきたキスはとても優しくて。だから私もそのまま受け入れる。

「蜻蛉は全部お見通しみたいな言動ばっかりで何だか悔しいなぁ」
「そうか?実際、あまり拒絶されれば私でも不安位にはなる。
焦らしプレイといえども我慢の限界はあるからな。全く、もドSになったものだ。
そもそも私自身がドSなのだから自分が攻められるのは性に合わんというのに」
「あははは」
「それに知っての通り・・私は寂しがりだからな。特に貴様に拒絶されるのは流石に堪えるものがあったぞ。
どれだけ拘束して、私の愛を余す事無く、その身に染みるまで調教してやろうかと思ったが・・・」
「わー・・実行されなくて良かったー・・・」

それは流石に怖すぎる。というか今、若干実行されかかってる気はしなくもない。
拘束したままの状態で首筋を甘噛みしないで欲しい。くすぐったいのに身動き取れない。

「でもやっぱり人前でいちゃつくのヤだから何時も通りにするから。
せめて、りぃちゃんがもう少し気持ちに整理がつくまで待って欲しいの。
あの・・・もう避けたりとかは絶対しないから。お願い」
「そこは“お願いします、ご主人様”だろう?
跪いて、懇願してみせろ。何なら愛らしくオネダリでも構わんぞ?ふはははは!!」
「えー・・・」

なんでそうなるかな?発言が突飛なのは流石ド変態だけある。

「うーん、流石にそれは嫌だなぁ・・」
「ほう、家畜の分際で早速拒否か?悦いぞ、悦いぞー。
しかし私は優しいドSだからな。愛する者には寛大になってやろう」

ちゅ。小さく音を立ててキスが落ちる。
さっきまでと全然違う優しい表情。それが何時も通りの不敵な笑みに変わって──。

「明日・・いや、今夜から一日私の言いなりになってもらうぞ。勿論、学校などにも行かせん。
存分に私だけを求め、甘えろ。そして貴様自ら私に奉仕するが良い!!ふははははは!!!」
「あははははー・・・」

もう変な笑いしか出てこないんだけど。
ホント。前も今も、なんでこの人好きになったんだろ?なんて。
いや、分かってる。ただ考えると恥ずかしいってだけで。

この人だから好きになるんだ。
そしてきっと、いつも閉じ込めきれない程の想いを抱くの。



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