過去への決断
未練ある時間。場所。
そこへと誘う妖怪─── 千年桜。
その代償は“己の肉体の時間を止める”事。
たとえ戻ったとしても同じときを歩む事は出来ず。
ただ永劫に1人時間を生きる。
犬神は追いかけたい。そして必ず奴を止めたい。
しかし“誰が”過去へと戻って奴を止めるのか。
皆が自分だ自分だと主張し揉める中、抜け駆けて桜へ手をついた。
「揉めている間に抜け駆けする私。なかなかのドS!!」
光が桜から放たれる。
そうして未練ある過去へと誘われるのだろう。
「凛々蝶と双熾に宜しく伝えておいてくれ。
さらばだ!我が愛すべき我が肉──」
──ゴ....ッ
言い切る前に強い衝撃が身体にぶつかってそのまま倒れた。
後頭部に鈍い痛み。身体には重み。
舞い散る桜が視界に入り目論見は失敗したのだと分かる。
一体誰がこんなドSな事をしたのかと頭の端で考えた。
否、考えなくとも容易い。
「」
名を呼ぶが常とは違い返事はない。
「っく・・・・ぅぇ・・・・」
ただ嗚咽。泣いているのだとそれで漸く気付いた。
上に乗られたままの状態から抱きしめるようにして身体を起こす。
俯く顔を無理矢理上へ向けさせれば、まるで子供のようにぼろぼろと涙を零す姿。
それを懸命に袖で何度も拭っていた。
ちくり。胸に不可思議な痛み。
そういえば泣いているのは初めて見た。不意にその事実に気付く。
“前”を含めたとしても今まで涙を流した姿を見た事は無い。
「」
「・・・・っ・・・」
名を呼べば身体を震わせる。涙を舐めとり、そのまま目元に口付けた。
愛しい。心からその感情が落ちてくる。
「ゃ・・ぃか、な・・・いで」
幾度かしゃくり上げながらか細い声で言葉を紡ぐ。
「ずっと・・ひとりぼっちは、ダメ。・・・ダメだよ。
皆、やだ。誰も、だ・・だれも、いなくならないで・・・っ」
誰一人として欠ける事を許さないとは、ドSな要求だな。
それでは現状が変わる訳ではない。また繰り返されるだけだというのに。
「私も・・嫌・・・」
ぽつり。少し離れて震えたカルタの声。
と同じような顔をして、此方は涙に濡れる顔を隠さずに真っ直ぐと見つめてくる。
全く、本当に困った家畜共だ。
「私も蜻さまがひとりぼっちになるのは嫌だ・・・!
蜻さまはずっとちゃんと一緒にいるの。
それで今度はみんなで・・・みんなでおじいちゃんとおばあちゃんになるの・・!!」
「なかなか難しいドSなリクエストだな。
・・・家畜共よ。私はひとりにはならんぞ」
出来るだけ優しく言ってはみるがそれでもは首を横に振る。
まるで子供が駄々をこねるように、何度も。
「貴様達が1人にはしないだろう?」
こつり。両手で頬を包んで額を合わせた。
尚も零れる涙を指先ですくいとり、顔を見つめれば漸くもこちらを見る。
「・・・・やだ・・やだよぉ」
「蜻さま・・やだぁ・・」
辺りにとカルタの泣き声が響く。
どうしたものか。
私とした事が途方に暮れていれば卍里がカルタの肩へと己の上着をかけた。
「他の方法を探そう!
こんな方法が最善なんて思えない」
そうして思いがけない一つの方法が奴から提案された。
それは“今”から“前”に手紙を宛てるタイムカプセル。
過去の自分達に全てを解決させる、まるで都合の良い提案。
無論、出来なければどちらにせよ“今”此処にいる私達の存在は消えてしまうだろう。
だがどちらにせよ当たって砕けてみるより他に方法はあるまい。
たとえそれがどれだけドMだったとしてもだ。
を泣かせずに済むならばドMな方法を試すのも悪くは無い。
「今度は・・・蜻蛉も書いてくれる?手紙」
不意に問うたその瞳には僅かな期待と不安の色。
「前回、私は不参加だったからな。
良いだろう、今度は私も参加してやろうではないか!」
そう応えれば、泣き腫らした目をそのままには美しく笑んだ。