鳥篭の夢

眠る前に



過去のアタシ達への手紙をレン君達に託して、今はもう消えるのを待つだけで。
“少しは2人の時間を過ごしなよ~”なんて残夏君が変な気を利かせてくれて、今は2人きり。
今過ぎていく時間は後どれだけ残されてるんだろう?
アタシは何時までアタシのままでいられるんだろう?
アタシは・・・。

「ねぇ、蜻蛉は本当に怖くないの?」

このまま消えちゃう事。
残夏君は“少し眠るだけ”だって言ってたけどさ。

「む?言っただろう。この絶対君主ドSたる私が何故ドMのように怯える必要があるのだ。
何だ、怖いのか?
「んー。怖くない・・・って、言ったらちょっと嘘になるかな。
今のアタシがいるのは本当に偶然だと思うから。
もし前のアタシが長生きしたのなら、きっとアタシは生まれない」

前のお姉ちゃんが今のお母さんになって、だからこそ愛された今の時間。
それはもし数年でも遅れたりしたら無かった事だと思う。

「アタシは・・・これは、本当に今のアタシだけが思ってる事だと思う。
魂がたとえ同じで、根本にあるものも同じで。
だけど歩んできた道程が一つでも違ったら、きっとアタシは“アタシ”じゃない」

本当に幸福だった。
幼い頃から与えられた優しさも、包まれるような温かさも、今だけのもの。
怒られた事さえも愛情があるって理解できて・・だから怖くなんてなかった。
物事を感じて、感情を育んで、記憶と、思い出と、それが違ってしまったら・・・。

違ったら、それは本当にアタシなのかな?

「だから・・・・少し、怖い」

幸福があったからこそ手放すのは嫌だ。
この幸福が無かった事になるのは怖い。

。貴様は何時まで経っても本当にドMだな」
「・・あのねぇ、アタシだってこれでも──」

怒鳴りかけて被さる様な温かさに言葉が止まった。
急に抱きしめられるのは恥ずかしい。ずるい。

「私が傍にいるだろう?何を恐れる必要があるのだ」

絶対的な言葉。だけどそれは酷く優しくて。
“だから環境が重要であって、君だけが全てじゃないんだってば”とか。
“さっきのアタシの言葉を全否定したね?”なんて言える雰囲気を完全に打ち消した。
本当にずるい。だって恐怖はもう溶ける様に消えて、温かな想いだけが残ってる。

「・・・本当にバカゲロウなんだから」
「何を言う、私は至って真面目なドSだ!!」
「はいはい」

くすくすと笑みが零れる。大丈夫。そんな気になれるから不思議。
ねぇ、きっと大丈夫だよね。
ほんの少しだけ眠って、そしたらまたきっと出逢えるんだよね?
訊かなくても返って来る答えは分かってる。
だから急に抱きしめてきたさっきの仕返しに、少し背伸びして自分からキスをした。



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