IFの未来、IFの自分
衝撃が無かったと言えば嘘になる。
冷静に受け止められたかといえば、それは否だと思う。
「──じゃあ、今日はここまでにしようか」
「うん、ありがとう。残夏君」
過去・・ううん、この場合は未来か。
とにかくそれを見て伝えるのはとても大変だと思う。
アタシだって妖怪としての力を使い続けるのは流石にツライから。
そうして手紙から得た情報を間違いなく伝えるのはきっと負担じゃないかな?なんて。
ふとそんな事に気付いたのは最近の残夏君の顔色があまり良くないから。
「残夏君、顔色悪いから・・これ」
「ん~?」
「アタシの薬だけど多少の疲労回復にはなるから、使って」
小さな小瓶に入れた薬。
「あれ?たんの薬って傷薬じゃなかったっけ~?」
「飲んでも効果はあるよ。
疲労回復の度合いで言えば栄養ドリンクのちょっと凄い版みたいな程度だけど」
本来は内臓の損傷とかを治す為のものだから。
それに残夏君は少しだけ困ったような嬉しそうな笑顔で受け取ってくれた。
「アリガト、たんは優しいね~☆」
「そんな事ないと思うけど・・」
優しいか否か、なんていうのは自分自身では良く分からない。
でも・・うん、あのね?その微笑ましいものを見る顔はちょっとどうかなって思うよ?
それから残夏君の部屋を後にして自室へと戻ってきて。
部屋の明かりを眺めながら、先程残夏君から聞いた話を反芻する。
今回聞いたのは、これからのIFの話。
百鬼夜行。カルタちゃんが襲われて百鬼夜行の一員にされ、アタシは死んでしまって。
ミケ君もちよちゃんを庇って──。
死んでしまった。
“お願い。今度は蜻蛉や野ばらちゃんの前で死なないで。
それはきっと今のアタシがしているような後悔をずっと残す事になるだろうから”
手紙にあったIFのアタシが残した追伸。
後悔したのは、2人の目の前で死んでしまったから?
それとも2人の役に立てなかったから?分からない。
でも当然のように受け入れちゃったんだと思う。お腹に穴が空いてたって話しだし。
大抵、鎌太刀の先祖返りは腹部に何かしらの原因が起こって死ぬらしいし。
“死”は当たり前に訪れるもの。
アタシは消耗品。アタシが死んでも次の“アタシ”が生まれるだけ。
前を覚えて無くてもアタシはアタシ。同じ家に産まれて、また死んでいく。
ずっとそうだと思ってたし、きっと今までのアタシもそうやって生きてた。
だけど、この手紙は違う。
「アタシなのに・・・覚えてるみたいなのに、全然違う」
サイドテーブルに置いてある手紙を眺めながら、思わず呟く。
だってアタシの知らない感情をきっとこの“アタシ”は沢山知ってる。
言葉の端々に滲む感情が。沢山の人達を想う気持ちが。
前の・・・アタシにとっては少し未来のアタシがとった行動を悔いる気持ちが。
その多くの感情が、このたった一枚の手紙から読み取れる。
同じ字体、同じ言葉、なのに・・・・・この手紙のアタシは、今のアタシとは違うんだ。
「どんな風に、生きてたんだろう?」
このアタシは、毎日をどうやって過ごしてたんだろう?
アタシみたいに怠惰じゃなかったのかな?感情を知る為に努力してたのかな?
この手紙に自分の事は書いてない。
ただあるのは淡々と、だけど切実にこの先の未来を・・悪夢の回避だけを望む言葉だけ。
「何を悩んでいる?」
ふと掛けられた声に、顔を上げて・・・。
「蜻蛉」
その神出鬼没さに、ふと口元が自然と笑みを作ったのが分かる。
「ここアタシの部屋だよ」
「知っている。だが鍵も掛けずに無用心にしている貴様が悪い。
このドSたる私がその隙を突かない訳が無かろう!」
楽しそうに笑う姿に、ふわりと心が軽くなる。
嗚呼、幸せなんだ。アタシは。
そんな風に唐突に理解して、何だかくすぐったい気持ちになる。
頬に蜻蛉の男性らしい手が触れて、それが何だか嬉しくて・・・。
「如何した?」
「ん・・・なんだろう?」
ただ蜻蛉の手が温かくて心地良い。
その手にすり寄れば、蜻蛉も優しく笑みを深めて・・・・。
「そうか。ならば今日はとことん甘やかしてやろう!」
とか言い出す辺り、通常運転でした。
それから彼曰く存分に甘やかされた訳だけど・・・でもそれで沈んでた心が浮上する不思議。
“後悔”の感情が齎すものが何なのか、まだアタシには分からない。
優しい感情しか貰ってないアタシは・・・・。
だけど、その“後悔”をしない為にもアタシはこれから動いて行こうと思った。