鳥篭の夢

思いがけない帰省



アタシは何処に帰るべきなんだろう?

アタシは“何処”に帰ったら良いの?

アタシの本当に居るべき場所は──


「旦那様、お嬢様、お着きになりましたよ」

声を掛けられて深く沈んでいた意識が浮上する。
妖館から実家のあるこの場所まで相当の距離があった筈なのに、ぐるぐると巡る問いが時間短縮でもしてくれたのかもしれない。
勿論、その間ずっと隣にいた血縁上父親である男性とは何一つ会話すらしていない。
開けられた扉から地上へと降りると、出来る事なら戻って来たくはなかった建物が聳えていた。


“一先ず帰って考えよう。こんな状態じゃ、良い考えなんて浮かばない”

、大丈夫?帰りにくいでしょうし、あたしの家に来る?”
“ううん、ありがとう。きっとすぐに戻ってくるから──”

戻って来るから

先を言う前に、この人が来てしまった。連絡とか貰ってないのに。
もし蜻蛉にくっついて旅行とか行ってるんだったらどうするつもりだったんだろう?なんて。
まあアタシの交友関係なんて興味もないか。アタシも無いし。

「久しぶりの実家だ。寛ぐと良い。
ああ、母さんは今入院しているから安心しなさい」

そう一言だけ告げて父親は去っていく。
と、入れ替わるように1人の女性・・・実姉が入ってきた。

「お帰りなさい、!」
「姉さん、ただいま戻りました」
「相変わらず堅苦しいのね。でも無事みたいで良かった。
各地の妖館が襲撃されてるって連絡を貰って父さんったら慌てて貴女を迎えに行ったのよ。
でも怪我も無さそうだし本当に良かった」

朗らかに笑う姿はこの家を出る前とは変わらない。
とはいえ、母親の前ではこんな姿を見せる事は無かったから離れに1人で来てくれた時だけだったけど。
その時のアタシは既に野ばらちゃん至上主義だったから、嬉しいとか考えたとか無かったっけ。
結局は母親の様子を窺いながらだったし・・・・ううん、仕方ないんだろうけど。それは。
妖館の皆といた時はあんなに楽しくて嬉しくて色んな感情が動いてたのに、今はほとんど感じない。
そういえば──

「父が、母が入院したように言っていましたが」
「・・・・ぁ。うん、が妖館に行って暫くしてからかな。
精神的にも体力的にももう限界が来てたんじゃないかってお医者様は言ってる。
だけど、だからこそを堂々と迎えに行けた・・・なんて変な話だよね」

苦笑する姉に掛ける言葉も見つからなくて曖昧に視線を彷徨わせると、姉はパチンと手を叩いた。

「今夜は一緒にご飯を食べましょう!
私、最近はちょっと料理も勉強してるからにも食べて欲しいな」
「・・・あ、はい。いただきます」

頑張って笑ってくれている姉に、アタシはどう接したら良いんだろう?
野ばらちゃんならなんて言うかな?
蜻蛉なら──考えかけて、首を横に振る。

「先に、荷物を置いてきます」

そう言ってアタシはまず離れの部屋に引き篭もる選択をした。
自室には何も無い。とはいえ昔よりは格段にマシな空間になったけども。
勉強をする机と椅子。冬だからか気を遣ってストーブが置かれている。
壁紙も塗り替えたから表面上は綺麗だ。
ただ、その下にあの文字が残ったままだから妖怪としての力は使えないし変化も出来ないけれど。

「・・・・そうだ。何も持ってこなかったんだ」

財布と携帯と生徒手帳位しかない・・・・あ、ゲームも忘れてきた。これは致命傷。
ガックリと肩を落として、勿論その時はそれ所じゃなかったのだと思い返す。
荷物を元に戻して溜息を吐く。そうだ、それよりこれからの事を考えなくちゃ。

情報の整理。
IFのアタシの手紙にあった“カルタちゃんが年末に襲われる”。
でもそれは起こらなかったし、アタシ達の住む妖館への襲撃や接触は無し。
ただ此処じゃない各地の妖館は襲われていて、既に被害も出てるみたい。
アタシの手紙にもあった──“自分が何度目の自分か分からない”って。
未来は1つじゃない。今回、IFのアタシが辿ったルートじゃない事はこれで確定。

まずは百鬼夜行の被害がどの妖館に出ているかを調べないと・・・。
分かっている範囲でも良い。何処から始まって、どう進んでいるか。
それだけでも次の場所は何パターンかに絞られるだろうし、こっちから接触しやすい。
とはいえ1人で接触する訳にもいかないか。相手は複数の先祖返りなんだから。


──...ガラリ

扉の開く音、その後で使用人の女性が顔を出した。見た事があるとは思う。
あの腫れ物にでも触れるような表情は昔も見たような気がする。

「お食事のご用意が整いました」
「ありがとう。今、行きます」

もうそんなに時間が経っていたのか。考え事すると時間の感覚って分からなくなるなぁ。
なんて思いながら、初めて家族と食事をして・・・特に会話が弾むでもなく終わったけど。
百鬼夜行についてちらりと訊いてみたけど教えては貰えなかった。残念。
疲れているからと早々に退室させてもらい、用意されていた布団の中で更に考える。

これから如何する?
暫くはあの母親もいないのだからこのまま実家で暮らす?
──まさか、そんな。
百鬼夜行は既に始まってるし、この場所じゃ情報は入らない。
“暫くはゆっくり休みなさい”だなんて・・・帰宅を選択したのは間違いだったかな。
先祖返りを殺させない為とはいえ、このままだと良くてまた軟禁コースだ。
蜻蛉と連絡は・・・・・繋がらない。不安?分からないけど、もやもやしてキモチワルイ。


アタシが本当に帰るべきは“何処”なんだろう?

アタシは“何処”に居れば良いの?

アタシの本当に在るべき場所は──


ポッカリと穴が空いたみたいに。思考に靄がかかったみたいに。
まるで考える事を放棄して、感じる事をやめたあの時のように・・・もう戻りたくないのに。
此処は居心地が悪い。気遣う姉も、無関心な父も、怯えるような使用人達も。
嫌いとかじゃない。ただ、此処にはいたくない。

世界から、色彩が褪せていく・・・──。


ふと“目が覚めた”・・・・目が覚めた?何時の間に寝落ちちゃったんだろう。
扉を開けて、入る陽光に僅かに目を細めた。

「ゆっくりしてられないな・・・」

暫く朝の身支度・・あぁ、着物しか置いてなかったんだっけ、この家。
そんな事を思い出しながら着付けていく。昔からやってるから簡単には忘れない。
朝食に呼ばれて、無言で朝食を食べながら考える。

このままじゃダメだ。
無為な時間。確かに必要な時もあると思うけど、それは今じゃない。
こうしてる間にももしかしたら何処かの妖館が襲われてるかもしれないし。
ううん、妖館だけじゃなくて、もしかしたら皆が──。

ゾワリ

背筋を寒いものが這い上がっていく。
ぼんやりとしていた想像が、離れた事によって輪郭を帯びていく。
急に現実味を帯びた“ソレ”が堪らなく恐ろしいと感じた。
食べかけの朝食をそのままに箸を置けば、前に座っていた姉が首を捻る。

「どうかしたの?
「姉さん、アタシ・・・」

──~~♪

唐突な着信音。すぐ途切れたソレがメールだと教えてくれる。
確認すれば送ってくれたのが“野ばらちゃん”の文字。

、大丈夫?まだ家にいるなら迎えに行くわ』

簡単な連絡事項。戻ってくるって、確信して訊いてくれる言葉。
ふわりと一気に感情が急浮上する。その信頼の言葉が嬉しい。
ここら辺は呼ばないとタクシーとかも通らないしお願いしちゃおうかな?

・・・!?」

慌てて荷物をまとめて玄関へ出るアタシに、背後から驚いたような声。

『そうだね、お願い出来る?玄関で待ってるから』

『ええ。待ってて』

暫くして届いた了解の言葉に、ふと口元を緩めて笑みを見せれば姉は不安そうな顔。

・・・」
「姉さん、ごめんなさい。
心配していただいた事には感謝しています。ですが・・・・」

そうだ、後悔しないって決めた。
アタシは、後悔したくない。だから──

「アタシは、妖館に帰ります」
「・・・っ!!」


ーっ!!」


「野ばらちゃんっ!」

上空から変化したレン君に乗った野ばらちゃん・・・が・・・・・・・?

「ってぇ!?何そのカッコ!!」

ほぼ全裸なんだけど!!

「風魔の着物を着せられてたから脱いでやったわ。
別に平気よ。反ノ塚の上着は着てるんだから。は心配性ね」
「いやいや。そんなドヤ顔してる場合じゃないよ!
アタシの服で良かったら貸すよ?着物だけど」
「荷物は妖館に置きっぱなしだから大丈夫よ。
それより早く帰りましょ。この時間が勿体無いわ」
「あー・・・うん、そうだね」

アタシからすれば是非着てから帰って欲しいけど、確かに時間は惜しい。
野ばらちゃんが大丈夫だって主張するなら良いか。

「あの・・・」

不意に姉が声を上げる。視線は野ばらちゃんへ。

「雪小路さま、を・・・大切な妹をよろしくお願いします」
「あら。良いの?」
「はい。きっとは、このまま家にいても昔みたいになってしまいますから。
母がいなければ大丈夫だと、きっと歪でも家族としての形になるだろうと。
・・・・先祖返りの皆様にとって非常時だというのに、楽観的に考えておりました自分が恥ずかしいです。
が雪小路さまと仲良くさせていただいていた事は存じております。
だからこそ・・と言うのはおこがましい話ですが、お願いさせてください」
「ええ、任せてちょうだい。
はあたしにとっても大事な子だもの」
「ありがとうございます」

にこりと微笑む野ばらちゃんに、姉も漸く笑みを向けた。


「さ。帰りましょう、妖館へ!」


そうだね。
きっと、あの場所が今のアタシの帰るべき場所で。
それに皆待っててくれてるだろうから──!



inserted by FC2 system