鳥篭の夢

件の儀式



「ここは・・・」

運ばれていく蜻蛉の棺を追ってたどり着いたのは異様な雰囲気の部屋。
かがり火が祭壇らしき場所を照らして、女官達が沢山の小道具を運んでいる。
多分ここが儀式を執り行われる場所なんだと思う。

「遺体から生前の記憶を読み取る儀式。これからその準備が始まるわ。
・・・儀式の間は人払いされるから、その前に隠れる場所を探しましょ」
「思紋さまに不審な様子が無いか窺う訳だな」
「でももし・・思紋お婆様が何の証拠も出さなかった場合は?」

万が一。アタシ達の予想が外れていたら・・・?

「その時は、蜻蛉だけでも助けましょう・・・」


「・・・さまっ!」

ふと部屋の出入り口がザワついた。見れば複数人の女官が入り口で誰かと話しているみたい。
“誰かに見咎められたら”“確認するだけ”そんな話が聞こえてきて──。


「困ります。お引取り下さい、命さま!」


命・・・・犬神命?

「遺体を確認したいだけだ」

そう言い放ち颯爽と部屋に入ってきた少年は多分、Ifのアタシ達が止めて欲しいと願った“彼”なんだろう。
蜻蛉の棺に無遠慮に近付く姿に・・・ああ、嫌だ、触って欲しくない。触らないで。そんな感情が胸に募る。
だけど・・如何したら良い?これは感情のままに動いて良いの?作戦に支障は?考えて胸が苦しくなる。

「ダメ!」

それはまるで一瞬の事のようで。

「蜻さまに触らないで・・・!」

躊躇い無く彼の前に立ちはだかれるカルタちゃんが眩しくて羨ましいと感じたのは何でだろう?
アタシは何もしてない。蜻蛉に対してずっと何も出来てない。なのに・・・なんて、今感じる事じゃないのに。

「こんなに確かな証拠が自ら現れるなんてね・・・・犬神命!
この悟ヶ原に現れた事が!アンタと思紋さまに繋がりがあると言う証拠よ!」

ざわめく周囲に反して、犬神に動揺は見られない。

「俺は百鬼夜行を率いて先祖返りの中心たる悟ヶ原家を襲いに来ただけ。
外にはそう伝わる筈だ。な?」

そうして情報操作もしてきたって事・・・?今までも?

「しかし計画は失敗。思紋を百鬼夜行に取り込むことは叶わず、仲間になったのはお前ら4人。
そういうシナリオでどーお?」

「没!」

そんな事が許される筈が無い!
皆で一気に変化するけど、こういった場面は手馴れてるのかもしれない。
彼が何度百鬼夜行を起こしたかは分からないけど・・・余りに平然としてるから。
でも、だからって負けられない!蜻蛉を渡す訳にはいかない!
犬神が何かを出そうとしてアタシ達も臨戦態勢に──



「お止め」



年齢を感じさせる、だけど威厳ある声。それに全ての時が止まったように動けなくなる。

「・・・よく来たな、其方等」

微笑みを湛えて、クロエさんを従えてゆっくりと歩み寄る。
アタシ達に・・・・じゃ、ない。蜻蛉の、棺に。

「・・・良い。其方の物語には期待している。
世界を駆け回る冒険譚は喜劇かもしくは悲劇か・・・ああ、楽しみじゃ!」
「思紋さま・・・本当に?」

野ばらちゃんの問い。それに思紋お婆様は、まるで無邪気な子供のように語った。
物語は人の数だけあり、バーチャルでもフィクションでもない様々な感情が生々しく綴られている。
だからこそ物語をよりセンセーショナルにする為に、時にアドバイザーとして軌道修正をはかる。
“生きがい”なのだと・・・・嬉しそうに。

「思紋、お婆様・・・・」

それはずっと外に出られないからこその考えなのか。分からない。
でも外に出られない苦痛は分かる。アタシも一緒だったから。
何にも無い。お仕事しかない人生。外に出て初めて彩った世界。沢山の感情。
だけど・・・だからってアタシ達先祖返りの思い出を・・・物語だって得ようとするの?

「・・・っ!?」

ぶわっと一気に風が舞い上がる。
黒い“何か”が蜻蛉の棺に纏わりついたのが見えた瞬間、ソレが一気に飲み込まれて消えた。

「・・・蜻さま!」
「っ蜻蛉!」

カルタちゃんと一緒に祭壇に駆け上がるけど、そこにはもう何も無くて・・・。

「思紋、儀式の場所を変えようぜ。
──お前らはコイツ等の相手だ。俺達には時間が無いんだから、そっとしといてくれよな」

時間が無い?考える前に地面から湧き出るように黒い影。
多分・・操られてるんだと思う先祖返り達が妖怪の姿で現れる。
にんまりと笑う犬神はそのまま悠々と扉から出て行って・・・今すぐにでも追いかけたいけど、結構な数。
何とか蹴散らしてからで間に合う?変な焦り。

「此処は足止めするから、皆先に行ってて!」

一歩前に野ばらちゃんが踏み出すけど・・・。

「でも・・!」
「ダメだ、雪小路さん!」

野ばらちゃんに任せるには流石に数が多すぎる。

「お1人で大丈夫ですか?」
「何言ってるの?・・・2人よ!」

そんなジャジャーン!みたいな登場するけど・・・そういえば足に括られてたね、レン君。

「こっちは空からだし大丈夫よ!」
「そーそー。早く行けって!」

“無事で”と、そう言って皆は駆け出していく。だけど・・・。
もし蜻蛉だけじゃなくて、野ばらちゃんも・・なんてなったら。
考えるだけで怖くなって足が動かなくなる。
動き出せずにいると、くすりと小さく笑う声。

「あたしは大丈夫よ。は心配性ね。
残ろうなんて思わないで・・・ちゃんとアイツを取り戻してらっしゃい」
「野ばらちゃん・・・・うん、行ってくる!
だから、絶対に無理しないで・・?」
「勿論。を悲しませるような事は絶対にしないわ」

不敵に笑んだ野ばらちゃんに頷いて、漸くアタシも駆け出した。

「大丈夫か?鎌太刀さん」
「うん、ごめんねちよちゃん」
「いや。夏目君が今、視てくれている。
ナビをしてくれるらしいから一緒に向かおう!」

ちよちゃんが持ってる携帯から“皆揃ったね?じゃあナビ再開するよ~☆”なんて残夏君の声。
千年桜・・・未練ある過去に戻れる妖怪を使って、犬神命がまたやり直す可能性があるんだって。
また繰り返すの?IFのアタシ達の時みたいに・・・?
そんな事させない。急がなくちゃ、千年桜の元に──!



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