鳥篭の夢

千年桜の元で



風に乗って、桜の花が舞う。

「これが・・・千年桜」
「すごい、冬なのに花が・・・」

「そう、これが時間を司る妖怪。
全ての始まり。俺と、思紋の、始まりの場所・・・」

声に視線を向ければ、思いを馳せる犬神の姿。
彼は語る。今まで何度も何回も戦ってきたアタシ達に他のルートは無いのだと。
この道に・・・彼自身にたどり着くべき終着点など存在せず、ただ今の時代の思紋お婆様の場所に帰る事が望みで。
だから思紋お婆様の生命が尽きる度に同じ道を繰り返すのだと──ただ繰り返す事、それ自体が目的なのだと。

「・・・っ」

チリ..と嫌な感じがして反射で背後に後退れば、同時に攻撃が打ち込まれる。
見れば、変化したクロエさんの姿。

「お話はこれ位にして、そろそろ始めませんか?
思紋さまを長い間待たせる訳には──」
「そうだな。じゃあ、始めるか」

犬神の言葉に反応するように、黒い影が一気に周囲に広がり中から妖怪の姿・・・これもきっと先祖返りだよね?
だからってアタシ達だってそう簡単に諦める訳にはいかない。
野ばらちゃんは今も頑張ってる。IFのアタシ達の願いも。それに・・・だから・・・っ!

「蜻蛉を──」
「蜻さまを──」

「「返してもらう!!」」

カルタちゃんと言葉が重なる。

「始めよう。また近付いている。また終わろうとしている。
何千回と見てきた物語の最終章だ──」

犬神の言葉とほぼ同時。アタシ達は一気に駆け出した。
変化して、多くの先祖返り達を迎え撃つ。死ぬ訳にはいかない。勿論、蜻蛉を奪われる訳にもいかない。
鎌で往なしながら周囲を探る。犬神がいるって事は近くに蜻蛉の棺がある可能性が高い筈。
本来なら思紋お婆様の傍に控えていなくちゃいけないクロエさんが戦いの場にいるのもその証拠。
だから・・・きっと・・・・何処?蜻蛉。

──・・・ッギリュン

金属が擦れる不快な音。アタシの鎌と、相手の刀が嫌な音を立てる。
でも・・・っ!そのまま突風を起こしつつ蹴り倒し、動かないのを確認。死んでは無いでしょ。気絶だけ。
だけど数が多い。1匹倒しても直後に次が襲ってくるから埒が明かない。蜻蛉・・っ。

「蜻さま・・・っ!!」

遠くからカルタちゃんの声。視線を向ければ、クロエさんと棺に縋りつくカルタちゃんがいて・・・。
ダメだ、このままじゃ攻撃される。蜻蛉の棺も・・・そんなの嫌だ。
つむじ風。一気に身体に纏わせて移動速度を上げる。絶対に傷つけさせない・・・カルタちゃんを殺させない!
着くまであと少し。クロエさんの錫杖の先から力が一気に溢れ出てくるのが見えて・・・・。

「さようなら」
「カルタちゃ──」


「だが、断る」


棺の蓋が開いて、中から蜻蛉が・・・・・・ぇ?

「やっぱ生きてたか。手応えを感じなかった。
アンタ途中で逃げたし、逃げる途中で野たれ死んだとは考えにくかった」 
「ふ。題して“貴様が私の死に不信感を抱き、思紋を心配して遺体を確認しようと悟ヶ原家へ飛んで火に入る夏の虫大作戦!!”」

“長いドS!!”なんて、それはまるで何時もの口調で。

「そ、そんなどうやって・・・」
「協力者がいるからな!まずは我が肉便器達を此処へ来るよう誘導した残夏。
そして全国の妖館の者達だ!私死亡の偽装工作を手伝ってもらったのだ!
この数ヶ月は家畜増やしに忙しかったぞ!!」
「家畜ではないけど俺達は皆、彼に助けられたから」
「手伝わせて!みんなの未来を変えるんでしょう!?」

沢山の妖館の住人とSSの姿もあって。

「さあこれで数はイーブン!私と我が家畜達と、貴様の妄執の、最後の勝負だ!」

一気に周囲が騒がしくなる。騒がしい・・・よね?
何だかアタシの周りだけ、世界が遠いみたいで。これは夢?現実?

「・・・・かげろ・・?」
「ん?如何した。

何時もと変わらない不敵な笑み。だけど仮面の奥の瞳は優しくて・・・。
蜻蛉。蜻蛉だ。本当に、本当に蜻蛉だ。生きてた・・・?生きてた、生きてた!

「・・・・・ぅ・・ぁ・・・」

何だろう?胸に一気に熱いみたいな感情がせり上がってくる。
止められない何かが一気に視界をぼやけさせて、周りがよく見えない。
何かが頬を伝ったと感じるとほぼ同時。蜻蛉の指が伸びてきて──

「・・・・・ぁ・・」
?」

蜻蛉の声。じり、と思わず後ろに下がる。
何度も瞬きして、ぼろぼろと涙が流れているんだと頭が理解した瞬間に駆け出した。
つむじ風に乗って幾度か跳躍しつつ一気に建物の上へと駆け上がる。

蜻蛉だ。蜻蛉だ・・・!
生きてた。本当は死んだのは嘘で。全部、作戦で。本当は元気で。
嬉しいのに、涙が出るの?今更こんなものが出てくるの?
何で?分からない。
そのまま幾度か建物を渡っていけば、ふと瓦屋根の上に赤の混じる白と黒っぽい色が視界に入った。
あれってレン君と野ばらちゃん・・・って怪我してる!?

「野ばらちゃんっ!」
!?」

近くに襲い掛かろうとしていた先祖返りを鎌で往なし、急いで駆け寄れば綺麗な着物に鮮やかな紅が滲んでる。
結構深いんだろう。レン君が野ばらちゃんを抱きかかえてて、野ばらちゃんも苦しそうな顔してるし。

「・・・・、泣いてるの?」
「それより怪我!すぐ治すから」
「ええ」

薬壷を出して、苦笑したままの野ばらちゃんの頭の傷をまず止血。
それから着物に手を掛け──と、危ない。その前に。

「レン君、あっち向いてて」
「了解ー」

意図を察してくれたレン君はすぐに向こうを向く。これで良し。
着物を肌蹴させて薬を肌へと滑らせる。止血は完了。とはいえ、アタシが出来るのは止血だけ。
体力だってほとんど戻らないし、出血した分の血液が戻る訳じゃない。

「ごめんね、悲しませない・・・って、言ったのに」
「良いの。生きてたから・・・だから良いの!」

ついでに原液だととんでもなく飲み難くて不味いけど、薬を飲んでもらう。
口の中に血が見えたから多分内臓にも損傷があると思うし。これは外からじゃ止められない。
“うぇ”と飲み込んだ直後に流石に苦い顔をした野ばらちゃんに謝れば大丈夫だと微笑まれた。

「野ばら、大丈夫か!?」
のおかげでね」
「そう言うけど、もう戦ったらダメだからね?
アタシはまだ大丈夫だから、此処からはアタシが2人を守るから!」
「って、泣きながら言われてもなー」
「ぅ。これは・・・」

そう。さっきからずっと涙が流れっぱなし。
野ばらちゃんが怪我して気が動転したからそのまま流れたのかと思ったけど、治した今でも流れてるからそうでもないみたいだし。
泣いたのって何年かぶり?というか玉葱切った時位しか思い出せないのは確かだ。
何て言うべきか黙り込めば、レン君はへらりとこの場にそぐわない緩い笑みを見せた。

「まー。俺は戦えないから助かるけど。
野ばらの事も、助けてくれてありがとな」
「うん、それは当たり前」

素直なお礼。そのおかげなのか、漸く涙も収まった。
蜻蛉の事は・・・・・また後で。今は生きてたって事実だけで良い。それ以上は頭が回らないから。
今は野ばらちゃんとレン君を守りきって百鬼夜行を終わるのを待つべきかな。
とは言え、空を翔る妖怪っていうのは多くないから襲われる事は少なかったのが救い。
体力おばけじゃないし。此処に来るまでも結構力を使いながら戦ってたから。

!」

また1人、変化した先祖返りを地上に叩き落して、深く息を吐く。
直後のレン君の声に振り返れば・・・・・あー、これはちょっと相手にするのしんどそうな巨大さだなぁ。
なんて思わず弱音でも吐きそうになっちゃうのをぐっと咽喉に押し込んだ。

「大丈夫!レン君、野ばらちゃんをお願い!!」

お腹に力を入れて声を振り絞って、鎌を持ち直す。大丈夫、アタシなら出来る。
足に力を込めて踏み出そうと思った瞬間──・・・・・あれ?

「貴方・・・もしかして」

目前の先祖返りの動きが止まった。目に理性が戻ってる、よね?

「自我が・・・戻った?」

野ばらちゃんの声。ああ、そうか。戻ったんだ。

「百鬼夜行が・・・終わったの?」

問いに応えは返って来ない。
だけど、この静寂がその答えなのだと理解した。



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