鳥篭の夢

咎の報いと自己満足な謝罪と



これは自分勝手な己への報いなのかもしれない。
全てを終え、ソレを目の前にして、今更ながらに考え至る。

「ふむ」

涙を零しながら駆け抜けていくの後姿。
今日も駄目だったか。暫くは泣き続けているという話だからそっとしておくべきだろう。
そう何時も通りに結論付け、胸中でのみ息を吐いてラウンジのソファに座った。
慌しく階段を駆け抜けていく音は未だ遠くに響いていて胸に寂寥感が滲む。予想以上に堪える、ドSだな。

「鎌太刀さん・・・」
ちゃん大丈夫かな?
でも蜻さまも・・・寂しそう」
「あの変態の自業自得だろ」

“そりゃ、の事は心配だけどさ”と続く卍里の言葉に、妖館の住人との関係は良好なのだと再認識する。
自分などいなくとも周囲がを放っておく事などほとんどしないだろう。
百鬼夜行に関する情報を入手する為に時折しか帰らなかったが、に何かがあったようには見えなかった。

──...ッバン

「あんた・・良い加減にしなさいよ!」

ラウンジのテーブルを叩く音。視線を向ければが最も親愛を寄せる雌豚が怒り心頭といった面持ちで私を睨みつける。
まぁ元々、私には嫌悪の感情しか見せていないがな。流石、ドS!

「如何してを放っておける訳?あんたの所為であの子は泣いてるのよ!?
・・・・・確かに、あんたがあの作戦を立てて実行したから百鬼夜行を止められた。それは否定しないわ。
あたし達じゃあの時はまだ思紋さまへの疑念も持っていなかったもの。
だけど!それとを泣かせ続ける事は別よ!」

ビシ!と指を突きつける。

にあんな顔をさせるなんて・・・二度とさせないって思ってたのに。あんな・・・・。
もう信じられない!いえ、あんたの事を信じた事なんて一回だって無いけど、でも。
このまま・・を悲しませたまま放っておくつもりなら絶対に許さないわ!二度とあの子に近付かないで!」

噛み付かんばかりの勢いで喚くと、止めに来た反ノ塚にも怒りながらラウンジを後にする。
何時もの事だ。が泣くと奴が慰めに行くのだから。
信頼の置ける者が慰めるのだからとしても安心だろう。私では役不足だ。


“・・・・かげろ・・?”


思い出す。呆然と自分を見つめる姿。感情が動いて涙を流すのを見たのは・・・初めてだったか。
あんな表情をさせてしまったのは自分の失態だ。
全く・・・残夏がいればこの状況に茶々のひとつも入っただろが、奴はまだ能力を使い過ぎた所為で入院しているからな。
嗚呼、後でまた見舞いに行かねばなるまい。いや、そうではないな。

役不足だ、失態だ、報いだ。
そんな言葉で片付け、向き合う事を先伸ばしたのは自分なのだから。

「逃げられっぱなしではドSの名が廃るというものだ!」

遠くから“大丈夫か?鎌太刀さん・・・”などと声が聞こえたが気にするまい。
見舞いの品・・・ではないが、自分が行けばはまた泣いてしまうだろう。
先に自分の部屋に戻ると目に使用するソフトタイプの保冷剤を冷凍庫から取り出した。
ついでに冷えすぎないようタオルを巻いてから部屋へ向かう。流石私、愛あるドS!


──でも蜻蛉や残夏君にだけ文句も言えないよ。

扉を開けようとして、漏れ聞こえた言葉に手を止める。

──あら、如何して?
──・・・・だって、アタシ。蜻蛉が死んだって聞いた時、全然泣けなかったし。
  正直に、何も感じなかったの。悲しいとか、ツライとか。薄情者だって思った。自分の事。
  もしかしたら野ばらちゃんが死んでもそうなのかなってちょっと考えた。
  大切な人がいなくなっても、アタシは何も感じないのかなって・・・。
──
──だから、今更になって馬鹿みたいに涙が出てくるのが不思議なんだよね。
  毎日、毎回だよ?なのに自分でコントロール出来なくて・・・野ばらちゃんにも迷惑かけてる。

滅多に聞く事の無い、の内面。心情。
奴にはそれを容易く吐露するのかと考えて、気持ちが落ちる。
慰め叱咤する声が。私には出来ないソレが妬ましくさえ思えるのだから不思議だ。
だとしてもこの現状を作ったのは私だ。信頼が足りなかろうとも、此処から挽回していくしかあるまい。
全く、だけだな。私を容易く落ち込ませるのは。
ドMと見せかけてのドS・・・などと考えながら扉を開けた。


「そんな雰囲気を一掃するドS登場!」


抱きしめあう2人に嫉妬の念がチリチリと胸中を焦がすが今は無視する。
私などずっとに触れていないというのに見せ付けるとは奴もドSだな!
雌豚が何かを騒いでいるが気にするまい。そもそも私を焚き付けた張本人なのだから文句もあるまい。

「・・・ぁ、ぇ?蜻蛉・・なんで?」
「この雌豚から助言を受けたからな!
ドSたる私としてもとこの状況のまま甘んじる訳には行くまいと乗り込んだという訳だ!」

鬼の如き形相で私を睨みつけるが、残念ながら鬼は私だからな!
さして怖いとも何とも思わんぞ!ふははは!

「折角ついさっき泣き止んだばっかりなのに・・・ちゃんと責任取りなさいよ!
、何かあったらすぐにあたしを呼びなさい。すぐ傍にいるから」
「え、野ばらちゃん・・・?」
「ふはは!心配性だな!しかし愛あるドSたる私がに危害を加える訳がないだろう?
安心してラウンジにいる家畜共と戯れていると悦いぞ!」
「うるっさいわね!あたしは今、と話してるのよ!邪魔しないで!!」

睨みつけてから一瞬でには優しい表情へと変化出来るのだから感心する。
ポケットから防犯ブザー・・・まぁ必要なさそうな物だな!を、渡して去って行った。
ふむ。漸く邪魔者が消え去ったか!
そう見送った後にを見れば、涙を流したまま俯く姿にちくりと胸に痛みが走る。
隣に座り名を呼んでみるが、それでも此方を見ようとはしない。・・・・・・ふむ。

「・・・・っ」
「やはり目前にすると難しいな」

頬に両手を添えて、此方を無理矢理向かせてはみたものの失敗だったかと考える。
何処か怯えた表情。今まで私に見せた事の無いそれは地味に心を抉りに掛かった。

「貴様が生理的に流す以外に泣いているのを見た事など無いからな。
どう接すれば良いのか、ドSにして絶対君主である私とて迷う事もある。
長く離れていた分、存分に構い倒してやろうと思っていたのにアテも外れたしな。
全く、主人を翻弄するとは中々のS」

の涙を指先で拭う度に僅かに震える姿。
遅かったか?私ではを繋ぎ止める事は──

「触れられるのは嫌か?」

私とした事が、まるで弱音を吐くように問えば、不思議そうに首を傾げる。
否、まだ希望はある・・か?怯えの感情。それには本人もまだ気付けていなさそうだ。
憶測ではあるが、その感情は私自身に対してではないのだろう。
触れる事そのものに関してか、それとも現実として私の存在を未だ受け入れられていないかだ。
“私の死”そのものの情報が未だ消化出来ず、“偽の情報だった”との認識が働いていない。
私が本当に生きているのかいないのか。下手をすればこれが永い夢だと思っている可能性すらある。
空洞の心にその恐怖を植えつけてしまったのは私なのだから・・・もっと手早く払拭すべきだったか。

「いや、何でもない。
それより泣きすぎると良くないからな!コレを当てると良いぞ!!」
「ぁ・・あり、がと・・・」

持ってきていた保冷剤を渡せば、は何の迷いも泣くそれを受け取り目に当てた。

「あの・・・あの、ごめん、ね?蜻蛉。
ほんと、は・・・泣く、つもり・・・ないんだけど──っ」

言葉の途中ではあったが膝の上に乗せる。共に過ごす間、定位置にさせていた場所。
驚いたような表情は一瞬で、腰に腕を回して引き寄せれば何の迷いもなく私に凭れ掛かった。
安堵の感情。それすら拒絶されれば流石に私も立ち直るのに時間を要しただろう。

「分かっている。すまなかったな」
「ぇ・・と、何が?」
に何も言わずに事を進めたからな。
百鬼夜行を終わらせる為とは言え貴様にはかなりの負担をかけた」

急ごしらえの作戦だった所為で残夏にしか伝える事が出来なかったしな。
家畜増やしも同時に行っていた事もあるが、上手くやれば連絡位は出来たかもしれないと今更思う。
これは単に私の落ち度だ。責められるのは性には合わんが、されたとしても享受すべき部分だからな。
多少落ち着いたのだろう。保冷剤を外し、ぽつぽつと零れる言葉。掠れた声に耳を傾ける。
私が死んだと知った際に何も感じなかった・・・否、心に穴が空く程の寂寥感はあったようだが。
それで尚“自分が薄情”だと思える辺り、らしいと言えばそうなのだろう。

「・・・アタシは蜻蛉の事、本当にそれ位に大切だって思うから。
やっぱり言って欲しかったんだと思う。
蜻蛉が、いないのは。いなくなるのは・・・・やっぱり、嫌だよ」

じわりと再び滲む涙が、寂寞に対してだと確信が得られて歓喜が滲んだ。
涙が零れる前に目元に口付けてソレを掬い取り、そのまま口付ける。
に怯える様子はない。そうして漸く触れられた事実に多幸感が脳を支配する。

「ああ、安心しろ。私が死ぬなどそうそう有り得ん。
心配させた非は私にあるが──貴様も知っての通り、私は寂しがりだからな!
に触れられない期間、どれだけ堪えたか教えてやろう!!」
「ぇ?」
「それに暫くは旅に出かけるつもりはない!
が卒業次第、世界を回るからな!」
「そうなの?」
「勿論、貴様も一緒だ!」
「は?」
「本当なら今すぐにでも出発したいが、残夏もまだ入院中だからな!仕方あるまい!」

目を丸くさせて幾度も瞬く姿。ずっと考えていた事だ。
未来の私とやらが書いた手紙にあった言葉・・・“達と老人になるまで生きろ”と。
全くドSな要求だが叶えてやる事に不満は無い。その為には短命であるや残夏の運命を変える必要がある。
未だ有力な情報は無いが、世界中を探せば幾らか出てくるだろう!
その為の旅に変えるべき張本人であるや残夏を連れて行く事は至極当然だ。

「ちょっと待って、アタシの進学は?」
「まだ大学受験はしていないだろう?」
「いや、まぁそうだけど」
「ならば問題ないな!」
「え、いや問題だらけだと思うよ?」

ふむ。問題があったか?
私からしてみればに触れられない期間が延びる方が問題なのだが・・・。

「言っただろう?と共にいられない期間も、間近にいて触れられない期間も合わせて充分に堪えたのだ!
貴様が嫌だと言っても離すつもりはない!流石私、ドS!」
「ちょっと離れてる間にヤンデレちゃった!?」

ヤンデレは双熾だろう?私はあくまで愛あるドSだからな!!

「ん?私に双熾のような趣味は無いぞ?
それに私が傍にいた方が自身も安定するようだしな。触れていると安心するだろう?」
「・・・ぅ」

その自覚はあるようだ。先程よりも擦り寄ってくる姿は純粋に愛らしいと思う。
私は夢でもなければ幻でもない。それを嫌と言うほど理解させてやらなければなるまい。

「私は幻ではない。
それを旅に出るまでの間にじっくり理解させてやろう!」
「・・・・・うん。これからはずっと一緒にいてね、蜻蛉」
「勿論だ!悦いぞ悦いぞ~」

求められる一種の快楽に眩暈がしそうになる。
あれだけ寂寥感に満ちていたのに現金なものだと今更な思いが頭の端を掠めた。



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