鳥篭の夢

遠き日への想い



、と申します。不束者ではございますが何卒よろしくお願い致します」

美しい所作で深々と頭を下げた娘・・・話によるとボクよりも5つは下らしい彼女はそうしてそっと顔を上げた。
どこか瞳は虚ろで儚げで。話によると身体が弱いらしいその娘は、その弱々しい印象そのままに微笑んだ。

嫁いで来た彼女は勿論家同士が決めたもので所謂“政略結婚”というやつだ。
鎌太刀は酒造としての腕は一流だけど、何せ大きな企業ではなく周りへのツテが無い。
少しでも後ろ盾欲しさに夏目の家へと縁談を持ち掛けたという事らしかった。
まぁ、ボク自身はその能力という事もあってか恋愛ごとにはあまり興味はなかったしねー。
あ。勿論、女の子は好きだよ☆

鎌太刀
今まで何度か生きてきた中でも、彼女と出逢った事は度々あった。
大抵は蜻たん・・・青鬼院蜻蛉と形はどうあれ生涯を共にする事が多かった訳だけれど。
だからこそ彼女がボクの所に嫁いで来るなんで思いもしなかった。それもこんなにも儚げな姿で。
予想外の事態が重なって、ボク自身も困惑していた。

「残夏様・・?あの。アタシ、何か不快な思いでも・・・?」
「ん?いや、別にそんな事無いよー。
それより今日から此処が君の家なんだから、気を張り過ぎないようにしなよ~」

少しでも気を楽にしようと思ったんだけど、彼女はふと頬を染めて口元を隠して俯いてしまった。
ん、あれ?ボク変な事言ったかな?

「こんなアタシにお気遣いくださるなんて・・本当に嬉しいです」

緩く細められた瞳。上気したままの頬はそのままに、まるで蕩けてしまいそうな笑顔。
紛う方無く心から出ただろう言葉。
裏表のない感情。純粋な好意。
それにボクは不覚にも嵌ってしまったのだ。

それからボクは出来るだけ時間を作って彼女の傍にいるようにした。
どうやら周囲も気に掛けてくれているようで円満な関係にはあるらしい。
仲良さそうに談笑しているのを幾度も見かけた事がある。
彼女は身体が弱いながらも庭が好きで、よく窓辺から眺めては何を見つけたなどボクに教えてくれた。

「鎌太刀の家にいた頃はずっと自室に籠もっていましたので・・・。
少しの事でもとても新鮮なんです。すみません、退屈でしたら──」

申し訳無さそうにする彼女を引き寄せて、そっと口付ける。
それ所じゃない事も何度もした筈なのにそれでもたんは羞恥に俯いてしまう。
可愛いなぁ、なんて自然に込み上げる感情。ただ愛しいと思う。

「そんな事無いよー。たんがどう感じたのか、もっと教えてよ」
「でも残夏様なら言わずとも視えるでしょう?」
「いやー?そういうのは直接君の口から聞くから楽しいんじゃないか」
「そうですか?」

不思議そうにくりんと首を傾ける所作すら愛らしく、髪を一房手にとって口付けてみせた。
確かに言った事は本当だ。彼女の言葉を聞くのと視るのでは全然違う。
でも、ただそれだけじゃない。不思議な事に彼女に近づく毎に彼女の事が視えなくなっていた。

それからだったかな。この時のたんに逢ってからボクは彼女に関して視えにくくなった。
勿論、たん自身が視られる事を拒否してる可能性もあるけど・・多分それだけじゃない。
ボクはずっと──。


ふと、目が覚めた。

「あー・・・夢、かぁー」

懐かしい、なんて言葉では括れない程にずっと昔の夢。
何代前の自分だったのかももう記憶には薄い。
それ程昔の事なのに、彼女の事だけは今でも鮮明に思い出せる。ボク自身が呆れるほどに。
同じ魂を持つ今の彼女は“あの時”とはある意味で別人のような笑顔をボクに向けるんだろう。

まぁそれはそれで魅力的だとは思うけどねー。どちらにせよ蜻たんがいる訳だし。
今回もたんに関してはボクの出る幕は無いし、そっちの方が良いような気もする。

そう。遠きあの日の記憶は、今も鮮やかに──。



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