鳥篭の夢

想いの芽生え



今まで外を見ずに生きてきた。それが当然だと思っていた。
そう、彼女と出逢うまで──。


「えぇと。初めてお目にかかります、です。
不束者ですがこれから末永く、どうぞ宜しくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

まるで文章でも読まされているかのような言葉に1つ礼を返せば、彼女はにっこりと笑顔を見せた。

「でも、堅苦しいのは苦手だから。それも宜しくです」

それが本来の笑顔なのだろう。まるで花が咲いたような、と表現できるその顔は僕にとっては初めて見た表情だった。
ただ胸が不思議と温かくなるような、まるで疼くような感覚に陥る。
もっと色んな表情を見てみたい。もっと彼女と話をしてみたい。
同じように監禁されていたのだと聞いていたのに、彼女はどうしてこんなにも輝いて見えるのだろう?
同じ境遇の筈なのに彼女はどうしてこんなにも自分と違うのだろう?
それは嫉妬にも似た感情。だけど同時にそれとは違う──あぁ、何故こんなにも胸が苦しいのか。


「双熾さんは一度も外に出た事ないの?」
様はあるのですか?」

ある時、疑問を投げかけられた事がある。
だけどその問いにすら驚いた僕が逆に問えば、彼女は悪戯っ子のような笑みを向けた。

「ふふ、こっそりナイショで1度だけ。ほら、アタシは鼬だから小さくなれるでしょう?
だから危惧していた割には見つからなくて驚きました。
でも双熾さんだって狐でしょう?見張りを化かしたり出来そうなのに」
「残念ながら。いなくなればすぐにバレてしまいますよ。
それに僕は様と違って小さくはなれませんから」
「あ、そうなの?んー・・・」

考えるような表情。それから何事かを思いついたように手を叩く。

「あ。でも確か、双熾さんは変化したり分身も出来ますよね?
それって離れたらダメですかね?消えちゃいます??」
「そこまで遠出でなければ大丈夫かと・・・」
「だったらそうして近くにお散歩に行こう?
お出かけに行く方の双熾さんは、鼬のアタシに化ければきっと何とかなりますよ」

にっこりと笑う。根拠の無い自信は一体何処から来るのだろうか?
だけど“外に出る”なんて微塵にも考えた事が無かった僕には、それは甘美な誘惑だった。
その日の夜中。こっそりと実行されはそれは本当に驚く程に簡単で。彼女の言った通り拍子抜けする程で。
同時に目の前に広がった初めての景色に、心が酷くざわついたのを覚えている。

「ね、綺麗でしょう?」
「──えぇ、本当に・・・綺麗です」

答えに彼女はただ本当に嬉しそうな笑顔を向けて、安堵の溜息を落とす。
その笑顔が僕の心をざわつかせていた。今までずっと感じた事のない感情。
“感情”なんて、ずっと無いものだと思っていたそれが胸中を支配する。

「アタシも生まれてからずっと光も無いような部屋にいました。
双熾さんと結婚する事になって、その搬送方法も外を見れないようになるって分かって・・。
だから最後に自分が生きていた場所がどんな環境にあったのか知りたくなったんです。
一目で良いから外の世界に触れてみたい。初めて、そう思って・・・・」

だから、こっそり抜け出してみちゃいました。
そう彼女は笑顔のままで言葉を続ける。

「アタシ、凄く綺麗だと思ったんです。今まで見た事の無い様な物で溢れていて・・。
だからもしも双熾さんも知らないなら見て欲しいなって」

共有したいと望んでくれた事が純粋に嬉しかった。
こんなにも何も無い僕にそうやって言葉を、感情を、示してくれる事が何より嬉しかった。
彼女と接すれば接する程、何も無かった筈の自分に様々な感情が生まれていく。
そうだ。ずっと感じていた、ざわつくような想いは──これは純粋な“愛情”だ。

様・・・」
「はい?何でしょ──」

「愛しています」

彼女の声を遮るように自分の想いを告げれば、彼女はそのまま黙り込む。

「貴女を、愛しています・・。心から愛しています!
このような希薄で何も無い様な僕が、こんな事を言うのはおこがましい事は分かっているのです。
それでも・・それでも僕は貴女を・・・・っ!」
「双熾さんは何も無くないですよ」

ハッキリと告げる言葉。

「あ。確かに自由はないですが・・・。それならアタシも同じだから。
それでも双熾さんはアタシに何時も優しくしてくれるし。それは感情がないと出来ないでしょ?」
「それを与えてくださったのは他でもない貴女なのです」
「アタシも貰いました、双熾さんから。沢山、感情も増えました。
それに、えぇと。誰かを好きになったの・・・アタシも初めてだから、ね」

最後の方は顔を紅潮させて声を小さくさせる。恥らう姿も愛しくて、思わず抱きしめた。

「両想い、ですね」
「・・・はい」

これでも夫婦だというのに、なんて今更な言葉なのだろう。
だけどその想いの確認は自分達にとってはとても重要で、それが全てだった。
何故なら、僕達の世界には僕と彼女しかいないのだから。



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