鳥篭の夢

序章/01



幼い頃から自分が特異な存在だという事は理解していた。それは一部から向けられる奇異と不快の混じった視線があったからだろう。
初めて私の姿を見た者は、驚きと共にその背に視線を向けた。私の背中にあるもの。

“黒色の翼”

それはウインディアでは古来から“不吉の象徴”とされるもの。
漸く産まれたウインディア第一王女が不吉の象徴を背負っているなんて・・・・・。
そんな事実はあってはならない事なのだと、誰かが言っていた。だから早く世継ぎに男児を産むか、或いは私を殺してしまえとも・・・。

だけど、そんな事を気にする人は本当はごく一部だ。昔とは違い血が薄くなった今では、翼を持っている方が珍しい。
私のように王族の者か、その親族だけ。
それに昔は忌むべき者と見られていた黒翼も、その秘密の蓋を開けてしまえば“混血”という1つの理由に行き着いた。
結局は愛する者と結ばれた結果が“黒翼”を生み出したのだ。それを“不吉”と呼ぶのは些か納得がいかない。


「あ、様!今日のお食事は様のお好きなパエリアですよ」
「ほんとう!?」
「えぇ、料理長がそうおっしゃっていましたわ」

他愛ない会話。城にいる者の殆どは私という存在を受け入れて笑みを見せてくれた。
父と接する機会は無かったが、代わりに母が傍にいてくれた。だからこそ毎日を私も笑顔で生きてこられたのだ・・・。


そうやって生きてきたある年、妹のニーナが生まれた。真っ白い翼を持った妹。
すやすやと眠る姿はまるで天使みたいで、皆から祝福される彼女の姿が少しだけ羨ましかった。
だけど妹という存在がとても嬉しくて心からニーナを可愛がった。これから支えて行こうとも思った。
青い瞳が私を覗き込み、小さな手が私に触れて、その小さな生命が愛しかった。こんな日々がきっと続くのだと信じて疑わなかった。
たとえ、不吉とされる黒翼を背負ったのだとしても・・・。


だけど───


様、今日は天気も良いですわ。少しだけお外へお散歩に行きませんか?」
「え?いいの?」
「えぇ、国王様からお許しを頂いています。あまりお部屋に籠ってしまうのもお体に悪いですものね」
「わぁ・・うれしいな。ありがとうセシル!!」

それは珍しい事だった。国民には“病弱”だと人目に触れないように生きてきたのに、外に出るなんて・・・。
だけど外への憧れは強くて、まるで姉の様に慕っていた侍女の言葉に何ら疑いすら持たなかった。


今思えばその表情は翳っていたように見えたのに・・──


ゴトゴトと揺れる馬車の中。少しだけ遠出してみようという提案に乗り込んだ馬車の窓から私は外を眺めていた。
間近で見る事の無い外の世界。緑の草原と青い空が綺麗で酷く輝いて見えていた。

「ねぇ、セシル!どこまで行くの??」
「シーダの森ですから・・もう少しだけかかります。
でも、とても素敵な場所なんですよ。様もきっと気に入られますわ」
「へぇー、たのしみね!!」
「えぇ・・・そうですね」

心が弾んでいた。沢山遊んだら、それをまだ城の外には出れないニーナにも話してあげよう。
勿論、お母様にも・・・きっと何時もみたいに微笑んで話を聞いてくださる筈。
そんな事をずっと考えて、凄く楽しい気持ちでいたのを覚えている。もう会えないなんて微塵にも考えには無かったの。



「・・・・・申し訳御座いませんっ!!」
「セシル・・・?」

シーダの森に着いた彼女の第一声は謝罪だった。
陽だまりの中で頭を下げて、その肩は悲しみだったのか恐怖だったのか、ただ震えていた。
セシルは持っていたカゴから一本の銀色のナイフを取り出して私に向ける。

「私・・本当はお嬢様を・・・亡き者にするよう命ぜられて・・」
「それは、とうさまに?」
「いいえ、いいえ!国王様は本当にお出かけになったと思ってらっしゃいます!!
違うのです・・・様を亡き者にしろと命じたのは・・・・でも・・・・っ!!」

軽々しくその名を口に出す事は出来ない程には、地位を持った人物だったのだろう。
震える腕からナイフが地面へと落ちて、そのままセシルが膝をつく。

「私が様の侍女だと知っていて・・・それで・・・・。
命を聞かなければ私の首が飛ぶと言われて・・・・私、私は・・・」

ただ叫ぶように泣きじゃくるセシルに私は眉を顰める。
私は知っていた。
セシルは元々ウインディアの人間ではなくて奉公に来ていた事を。その賃金で家族を助けていた事を知っていた。
だから彼女を責められなかったし、それよりも唯、それを命じた人間に酷く腹立たしさを覚えていた。
それと同時に私の侍女であったというだけで彼女を此処まで苦悩させた事に胸がズキリと痛む。

「セシル・・わたしなら良いよ」
「で・・・でも・・・っ!!」

セシルが笑ってくれるなら別に良いかと思っていた。だって、そう思わせるだけの愛情と優しさを彼女から貰っていたから。
でもセシルは何度も首を横に振ってそれを拒絶する。

「私・・わ、たし・・・無理です。様に刃を向けるなんて・・・・」
「でも・・・っ!」

それでもセシルは首を横に振った。

「此処に来るまでの間、ずっと考えていました。どうすれば良いのか。
様を手にかけずに終わる方法は無いのか・・・・」
「え?」
「こうすれば良いんですよね。そうすれば・・きっと・・・」

地面に落ちたナイフを握り締める。そうして彼女はそれを自分の腕に当てて引いた。
赤い液体が溢れ出してナイフを汚しながら滴り落ちる。それが血液だと理解するのに一瞬だけ時間がかかった。

「セシルっ!!?」
様、良く聞いてください。私はこの血を私のものではなくて様のものだと偽ります」
「あ・・・でも・・・」
「私達はここでお別れです。大丈夫です、すぐ近くに“マクニール村”と呼ばれる村もあります。
ウインディアに比べれば豊かでは無いにせよ、流石に子供1人を放っておくような者達では無い筈・・・」
「セシル」

それを、ずっと彼女は考えていてくれたのだと思った。私を助ける為に自分自身を傷付けた。私の為にきっとこの森を選んでくれた。
その最後の優しさで胸が苦しくて涙が零れた。

「申し訳御座いません、様。私では貴女を守る事は出来なかった・・・っ」
「ううん、ううんっ!もうじゅうぶんだよ!アリガトウ・・・」



「どうか・・どうか、お元気で!」
「うん。セシルもね」


最後の別れ。
そうして私は独りぼっちになった。



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