鳥篭の夢

第一章/獣‐壱



主があたしを肩に乗せて森の中を進む。
不穏な空気。魔物は本能で悟ったのか怯えて出てくる気配は無い。
それよりももっと性質の悪い存在──ヒト。それがこの空気を放っている。
そう・・あたし達を殺そうとしている。
愚かなヒト。あたしは小さく唸る。でも主がそれを制した。


「お前達は・・・此処で何をしているのだ?」

主がヒト達に問う。それに漸く主の存在に気付いたヒトは驚いた顔で槍を主に突きつけた。なんという無礼。

「な・・何だ、貴様!!?」
「今夜“竜”が現れると聞いてこの辺りを見回っているのだ」

愚かなヒト達、目の前にいらっしゃる方がその竜なのに・・・。

「・・・・“竜”?」
「ただの竜では無い。国に災いを齎す“忌まわしき竜”だ」
「竜を、如何する?」

問う主の瞳には憐れみに近い感情しかない。あたしも同じ、何てカワイソウなヒト達。

「我が帝国の総力を挙げて悪しき竜を退治するのだ」
「・・お前達ヒトに何が出来るというのだ」

漸くヒトも気付く。目の前のお方がその“竜”だという事に・・・。
主は片手を上げて力を解放された。
愚かにも主を殺そうとするヒトに力の差を見せ付ける為に。
光が空高く上がり、爆ぜ、歪んだ空間から一匹の竜が姿を現す。

「分かるか?これが・・竜だ」

主の静かな声。

「竜は“理”だ。お前達ヒトを産み、生かし、殺してきた・・・大いなる理。お前達のコトバで言えば──」

ゆるりと主が瞳を閉じる。


「“神”だ」


竜が吼える。あたしは主の竜がダイスキ。
とても綺麗で、とても力強くて、とても・・とても・・・本当は優しい竜だから。

「・・如何して理に逆らうなどと考えるのだ?」

真っ白な身体に紅い模様の入った竜。それが力を揮えば、さっきのヒト達は消し炭になって跡形もなくなっていた。
瞳を細めて小さくため息をつく主。お疲れになったのかな?先程お目覚めになられたばかりだから・・・。

『キュィ?』
「ああ、。行くぞ」

すりすりと擦り寄れば頭を撫でてくれる。撫でる、と言うには少し違うけど。
あたしと“アタシ”が一緒って知らないからそうして下さるの?でも嬉しい。

都を目指して更に先へと進むと、主がふと足を止める。あたしにも分かる、明確な悪意・・殺気。
さっきのヒト達よりもずっとずっと強い。主が神皇だとわかってて向けてる感情。岩陰から感じる。
主とわかっていて敵意を向けるのなら、あたしも容赦しない。主ももう止めるつもりはなさそうだった。

「──おそれながら・・神皇帝フォウル様とお見受けいたします。
ご寝所から光の柱が立つのが見えました故、もう来られる頃かとお待ちしておりました」

跪く姿とは違う殺気立った老いたヒト。

「・・待っていた?お前は、私が何なのか分かっているのか?」
「は・・おそれ多くも神皇帝フォウル様におかれましては、我等がフォウ帝国を築き上げし初代の皇帝様かと・・・」

───ゴォ・・ッッ!!

「っ!?」
『・・・グルルルゥ』

残念避けられた。折角ブレスを吐き出したのに・・意外と素早い、このヒト。

「──その初代皇帝がめでたく復活なった夜に、殺気を纏って見えるのが今様の礼か・・・?」
「時代が変わったのでございます。神皇様におかれましては、今一度お休み頂きたい・・と」

ふと主が口の端を釣り上げる。老いたヒトが魔物を呼び出すようだった・・・炎の気配。

「愚かな・・とは言うまい。ヒトとは元来そういうものだ・・・」

まるで悲しげに主は言って、あの綺麗な竜を今一度召喚された。
その間、主にあの魔物が炎を吐くからそれをあたしが消す。
一撃を防ぐだけで全てが終わった。
現れた竜の前では誰も勝てる筈が無い・・・ヒト程度に呼び出される存在なら尚更。
魔物の姿が掻き消され、残ったのは老いたヒトだけ。でも・・・主?お辛そうです。

「・・・ッ!?」

少しだけ顔を歪ませて主は胸を押さえる。
あぁ、力を連続してお使いになられるから・・・どうしよう。

「かなりお疲れの様子。無理もありますまい・・・。永い眠りから目覚められ、半身は未だ遠く・・・。
ならばお力を取り戻しておられない今が好機──」
「・・・成程。つまり、盟約を果たす気は無いのだな?」
「仰せの通りで・・・」
「そうか・・」

ふわりと主の身体が浮く。肩に乗っているあたしも一緒に。
・・・愚かなヒト。盟約すらも違えるつもり?

「だが、我が盟約を違える事は出来ぬ。戻ってお前達の主にそう伝えておけ──」

そうしてあたしと主の身体は森の中へと消えた。



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