第一章/獣‐弐
あいつ等は主を殺すつもりなんだろう。森に火矢を放たれた。木々が燃え爆ぜて、火の粉が散る。
主は炎が苦手でいらっしゃるから心配。だってあたしでも熱いって思う。
「火攻めか。念の入った事だ・・」
『キュー・・』
「心配なぞいらん」
だけど・・お辛そうです。コトバが喋れなくて歯痒い。
主・・主・・・あたしは主を護るのが役目なのに・・。
『っ!?』
橋に差し掛かって、でもその向こうから沢山の気配。先回りしてたヒトが主に槍を突きつける。
唸って威嚇するけど、見た目小動物のあたしに外見でしか判断できないヒトが畏れを抱く筈が無い。
「その御身体とこの炎の中では、今一度我が魔物の炎には耐えられますまい・・・」
主は緩く瞳を細めて、それから老いたヒトへと視線を向けた。
「・・・・名を、訊いてないな?」
「フォウ帝国をあずかる将軍が一人、ヨムにてございます」
『──・・・ゥウッ!!』
──ゴゥ・・ッ!!
──ボ・・・ッ
ブレスを吐く。近くの兵士がそれに当たって消し飛んだ。少し狙いがずれた。
それから同じタイミングでさっきの魔物の腕が伸びてあたしと主を叩く。痛くて熱い、炎の腕。
『・・・ギャゥッ!』
「・・・・・・・・ッ」
衝撃。
一緒に橋が壊れた。足場を失ったあたしと主が崖の下に落ちていく。ずっとずっと下の方に落ちていく。
何とかしなきゃ・・主を助けなきゃ・・。
あたしの持ってる精一杯の力を地面に叩きつけて、周りの木々を薙ぐ。
早く。早く。それを上手く下の川に落として、それからあたしと主の身体がその上に落ちた。・・・ちょっと痛い。
でも大怪我しなくて良かった。主・・主・・・お願いですから目を覚まして下さい。身体中に酷い火傷で・・どうしよう、どうしよう?
───ザ・・ザッ
『キュゥ・・・?』
何かが近づく音。さっきの奴ら?
・・・違う、敵意が無い。偶然通りがかっただけ?分からない。
『キューゥ・・?』
「・・・何だ?・・・・っ!?」
ガッシリした身体の大きなオスのヒト。まるで熊みたい。
こんなに近くにヒトがいるのに主はお目覚めにならない。どうしよう?
大きなヒトが主を見てる。大きなヒトが・・・主をあいつ等に渡しに行く?
ううん、違う。
ヒトが主を見てる目は優しい。悪い事を考えているヒトはこういう目をしない。
ひょいってヒトが主を抱え上げる。それから、あたしの身体も。そうしてヒトは何も言わずに歩き出した。
『キューゥ?』
「別にとって食ったりはせん」
問うあたしにヒトが答える。わしわしって乱暴に撫でる手。
あたしメスなんだからもうちょっと優しい方が好き。主が撫でてくださる手の方が好き。
でも声はすごく優しい音してる。ヒトが歩く、ゆらゆらあたしの身体が揺れる。
心地良い揺れ・・・・・・何だか・・とても・・・眠たくなる、揺れ───
『・・ーゥ?』
目が覚める。シュンシュンと湯の沸く音。
「目が覚めたのか?」
『キュ』
答えるとヒトは口元に笑みを見せる。何が可笑しいか分からない。
・・・主は?主は何処におられるんだろう?
慌てて辺りを見て安心。すぐ傍におられた。ぺろぺろと頬を舐める。でも目覚める気配は無い。主?
「酷い怪我だ・・目覚めるまで流石にもう少しはかかる」
ヒトが説明してくれる。それからあたしの傍に器を置いた。ミルクの入った器。
「飲めそうなら飲むと良い」
『キュー・・』
別にあたしに栄養は必要無い。
あたしが動くのに必要なのは“力”だから、それが尽きなければ大丈夫。身体を休めるだけで生きていける。
でも・・・ちょっとだけ。ヒトが心配そうな顔をするからミルクを飲む。
それを見てヒトは安心したみたいだった。