終わりと始まりと続く縁/前
“人と人とは繋がっているのだから縁は大事にしなければね”
と、何時かそう話してくれた祖父の言葉を今も鮮明に覚えています
私は生まれてから今まで独りで生きてはいないのですから。
調合は、穏やかな祖母から。
魔法は、優しい母から。
剣術は、頼もしい父から。
沢山の人と関わり、沢山の事を教わりました。
出会いや別れがあり、例えもうこの世にはいなくても私の身体と記憶と心と想いに全て刻まれている。
そうしてそれが今の私として在るのですから、無下にしようもありません。
「。悪いけれどマッシュの手当てをしてもらっても良いかしら?
私は今ちょうど手が放せなくて」
「分かりました、大丈夫ですよ」
書き物をしていた手を止めて、手帳を閉じて立ち上がります。
メモ書きを写していただけですから問題はありませんし、マッシュの方が心配ですから。
「また修行中に?」
「らしいわ。あまりに心配させないようには言ったのにね」
「あはは、マッシュ以外は皆さんご無事なんですか?」
「多少の打ち身と擦り傷程度はあるようだから、マッシュの手当てが終わったらお願いできるかしら」
「勿論です」
「貴女の薬は良く効くから助かるわ」
少しだけ困ったように笑うおば様に“ありがとうございます”とお礼を返して私専用の薬箱を持ってリビングに急ぎます。
私専用・・・というのも、この中に入っているのは自分で調合した物達。
ラベルが普通の物と違っていたり効能も多少変わっていたりして危ないので別にして貰っているのです。
劇薬もごく自然に混じっているので要注意なのです。これはこれで必要ではあるのですが・・・。
「おじ様、バルガスさん、お帰りなさい。
マッシュは自分の部屋ですか?」
「ああ。ちょっと足やっちまったから寝かせてる。後頼むぜ」
「すまんな、」
「いいえ。お2人の怪我も後で手当てさせてくださいね」
おば様に頼まれましたので。そう続ければバルガスさんは多少嫌な顔をしつつも頷きました。
“ガキじゃあるまいし”等と呟いていますが擦り傷だって打ち身だって怪我ですからね?
その手のものを侮ると酷い目に遭う事もありますし。
思わず苦笑してしまいましたが今は問答している場合ではありません。
すぐ近くのマッシュの部屋の前まで着いて幾度かノックをすれば、ひとつ返事が帰ってきます。
「失礼します。マッシュ、怪我の状態は如何ですか?・・・ありゃ」
見るからに骨が折れてますね?それ。
手近にあっただろう枝で添え木がされていますが、凄く痛そうです。
「あまり無茶はしないで欲しいのですけども」
「はっはっは。悪いな、ついやっちまった」
本人は元気そうに笑ってはいますが、笑っても骨はくっつきませんからね?
本当はちゃんと固定して安静するのが一番ですが、マッシュの事なので安静にしたまま出来る修行とか始めかねません。
それは困ります。変に力んだ際に足に負担が掛かれば治りは遅くなりますし。
あまり魔法に頼るのは良くないのですが変に歪まないようくっつける程度に使いましょうか。
「もう・・・このままだと治りが遅くなりますから、力を使っちゃいますよ」
「おう、頼んだ」
添え木を外して、あー・・・無理、痛そうです。折れた箇所がやや不自然な曲がり方してるし見事に腫れています。
何故かマッシュは平気そうな顔してますけど相当痛い筈ですからね?“いてて”レベルじゃないですよ?これ。
我慢強すぎるのは如何なものなのでしょうか?
なんて。感情がざわざわと波打って手のひらに熱が集まるのがわかります。
もう正直、治したくて仕方がないのです。制御しきれない感情が自動で魔法を使おうとしていて・・・・・まずは深呼吸。
だめだめ。一気に全身完治させると調子に乗りますから。すぐ山に登りますからね、ホントに。
手を触れない程度に添えて、集まった熱を癒しの力に変換して放出。威力としてはケアル程度で。
暫く光を当てていればみるみる内に怪我は治っていきます。
「おー、相変わらず凄いな」
「でも暫くは無茶な動きはダメですからね?
軽く治したとはいえ特に骨はその箇所が脆くなってますから」
「ああ、分かってるって!ありがとな、」
「どういたしまして。さ、後は擦り傷とかにお薬塗っちゃいますね」
さくさく治療を終わらせちゃいましょう。
小さい怪我まで魔法に頼っては回復力が遅くなると母も言っていましたし、小さな傷はお薬です。
もう何時もの事過ぎて慣れた手付きで治療を進めれば、マッシュがこちらを痛い程に見つめてきます。えーっと?
「どうしました?」
「ん、いや。帰ってきたなーと思ってな」
「えー。手当てされながら実感するのってどうなんです?
私的には薬箱の必要ないご帰宅を待ってるんですけど」
「はっはっは!次は気を付けるって」
「前にも同じこと聞きましたよ」
ガーゼを留めた箇所をぽんと軽く一度叩いて、治療終了である事を伝えます。
「本当に気を付けてくださいね?」
怪我したなんて聞いたら表面上は平静を装っていても内心穏やかではいられないんです。
言葉にしなかった思いを汲み取ってくれたのでしょうか。マッシュは穏やかな笑みを向けると優しく私の頬を撫でます。
「ああ。約束する」
「何だか何時も誤魔化されてる気がします」
「いや何時も本気なんだがなー」
パッと手が離れてへらりと笑顔。・・・もう。
「じゃあ私はおじ様達の治療もしてきちゃいますね。
・・・くれぐれも、安静にしてくださいよ?」
「分かってるって、は心配性だな」
「すぐ大怪我する人には心配にもなりますって。じゃあこれで失礼しますね」
「おう」
マッシュの返事と共に部屋を出て───えぇと?おじ様達、何故に部屋の前にいらっしゃるんです?
「これで付き合ってないんだから詐偽だよなぁ」
「つきあう?修行の事ですか?そりゃあお付き合いは出来ませんよ」
おば様を放ってはおけませんし。やることは色々ありますから。
それに怪我してすぐ治したらまた無茶するでしょう?無理はダメです、絶対。
「そうじゃねえよ」
「まぁ、まだまだじゃの」
「・・・はあ」
良くはわからないですが曖昧に返事をすれば、2人からは大きなため息が返ってきました。
あれー?などと首を捻れば今度はなぜか笑われてしまいましたが。うーん、不思議がいっぱい。
なんて────
穏やかに過ぎていく時間。続く日常。
それは何時までも変わらないと思っていました。
変わらない事なんて無いのだと私は知っていたのに。
「あれ?マッシュだけ先に帰宅するなんて珍しいですね」
「・・・」
しかも無言で・・・と、あれ?何だか雰囲気が何時もと違います。何かありましたか?
「あらマッシュ。主人とバルガスは?」
「師匠はバルガスに・・・バルガスは・・・・」
そのまま口篭もってしまって。ええと・・・え?
おじ様がバルガスさんに?え・・・と、それは・・・?
突然の事に頭が巡らず、私は間抜けにも幾度か瞬きを繰り返すしか出来ないでいたのでした。