鳥篭の夢

終わりと始まりと続く縁/後



「そうでしたか」

一通りの事情を聞いた後、おば様は短く息を吐いてから言葉を紡ぎます。

「バルガスが何故そのような行動に出たのかは分かりません・・・。
ですが、主人も貴方に技を伝えられて思い残すことはないでしょう」
「おば様・・・」

バルガスさんがおじ様を手に掛けて、マッシュがバルガスさんを────。
奥義継承を巡って・・・との事ですが、それはこんなにも恐ろしく道を違えてしまう事なのでしょうか?
師でもあり、父でもあるおじ様に殺意を抱いてしまう位・・・?
バルガスさんは我が道を行くタイプに見えていたので、そんな事をするなんて想像もつかないのですが。起こったという事は、つまりそうなのでしょう。
でも傍目には皆さん仲良さそうに見えてましたから今回の事は流石にちょっと混乱しています。

「旅立つのですか?」
「はい。兄貴がリターナーに加わる事を決意しました。
俺はその手伝いをしようと思います」
「そうですか。・・・・・・では、も連れていきなさい」

「「は!?」」

思わず驚きの声がマッシュと重なりました。どういう事ですか?おば様。
幾度か目を瞬かせていれば、おば様はふわりと微笑みました。

。貴女の剣の腕であればきっと足手纏いにはならないでしょう。
皆と修行に行かなくてもずっと修練を積んでいた事を私は知っていますよ。
・・・貴女の母、アリシアが亡くなってから、寂しくないようにずっと傍にいてくれましたね。
だけれども貴女はまだ若いのだから、そろそろ解放されなくては」
「そんな・・・っ!」
「それに貴女がいる事に慣れきってしまったマッシュを、そのまま送り出すのは心配だわ」
「・・・・あー」

それなら少しだけ納得です。魔法と特製薬での治療ばかりしてましたからね。

とマッシュが二人でいるのなら私も安心して送り出せるというものです。
勿論、ツラくなったら何時でも戻ってきてもいいですからね」

そんなマッシュと一緒に行くのが確定みたいに仰ってますけれど・・・。
いえ、私も着いていくのには反対ではないのです。きっと待っていても心配で落ち着かないでしょうから。
でも今までずっと良くしていただいたおば様を放って旅に出るとなるとやはり心持ちが変わってきます。
困って思わずマッシュを見れば、考えるように俯いていた視線を私へと向けました。

「・・・俺と一緒に来てくれるか?

真剣な瞳と声。ふわりと添えられたマッシュの手が熱くて何だかドキドキします。
行ってしまっても良いのでしょうか?おば様を置いて一緒に行っても。
ちらりと視線を向ければおば様は優しく微笑んでくれて・・・また私はマッシュへと視線を戻します。
いえ、決めるのは私ですね。2人共、私の決断を待ってくれているのですから。

───並び立てるでしょうか?私は。
守りたいなんて烏滸がましい思いも、守られたいなんてお荷物な考えも毛頭ありません。
ただ出来る事なら貴方と同じラインにはいたい。なんて、それはワガママでしょうか?

「まだまだ未熟な腕前ですが微力でもマッシュの助けになれるのなら、どうかご一緒させてください」

薬術も剣術も。そして魔法すら使いこなせてはいません。
ですがこの力が少しでもマッシュの力になれるなら・・・。
添えてくれている手に自分の手を重ねて、出来る限りの笑顔を見せます。

「それにマッシュが怪我をしたらって思うと心配で仕方ありませんしね」
「勿論、そん時は頼りにしてるからな!」

本音と建前半々の言葉を続ければ、マッシュも満面の笑顔で返してくれました。

「おば様、ごめんなさい。1人にしてしまいますけど・・・」
「昔は1人で主人の帰りを待っていたものよ。貴女1人いなくても大した苦労はありません。
それよりこそ準備を怠らずに。ちゃんと確認してから行くのですよ」
「はい!・・・じゃあちょっと準備してきますね」

部屋に戻って早速準備。薬箱と調剤道具、材料も少々。んー・・・これ以上は大荷物になっちゃいますね。
後はすぐに使えるように小さな鞄にも出来上がっている薬をいくつか入れて。
大切な手帳も一緒に鞄に入れます・・・が、書く暇は無いかもですね。見返し用になりそうです。

「ああ、あなたも忘れてはいけませんね」

たとえ話す事が出来なくても心は感じ取れますからね。カーバンクルはずっと大切な親友です。
柔らかい布にくるんで小さな鞄に石を入れれば、柔らかい光を帯びたような気がします。
ええ、勿論!カーバンクルも一緒に行きましょうね。つん、と布越しに一度つついて私は鞄の蓋を閉めました。

「後は剣・・・ですか」

普段は模造刀だからこれでは戦いにならないですよね。・・・一応、剣はあるにはありますが。
銀の装飾と藍色の鞘。父親の遺品だと譲り受けたソレは、ちゃんと手入れはしていましたが使うのは初めてだったりします。
本当は少し大きさが合わないのですけれども。

「どうか一緒に戦ってくださいね、お父さん」

一度鞘から刀身を抜いて幾度か振ります。
やはり今まで使っていたものより大きい分、多少の誤差はありますが・・・。でも素直で扱いやすい良い剣です。
それを腰に装着して、改めて自分の部屋を見渡しました。長年過ごした場所。
寂漠の思いはあれど・・・いえ、私はもう決めましたから。


「お待たせしました!」
「おう、もう準備は大丈夫か?もっと大荷物になるかと思ったが」
「ちゃんと選りすぐりの薬だけにしましたからご安心を」
「・・・と、その剣。親父さんのやつか」
「はい」
「ガレスさん強かったからなぁ」

“もし剣を教わる事があるならガレスさんが良かった”とマッシュは笑います。
娘としては最高の誉め言葉で嬉しいですよ?きっと父も聞いていたら喜ぶでしょう。
笑ってみせて、それから私達はおば様へと向き直ります。

「この10年間、家族のようで楽しかった・・・お世話になりました!」
「ありがとうございました。おば様もどうかお元気で」
「ええ。何時までも無事を祈っているわ。私の可愛い子供達」

優しい言葉に私とマッシュは一礼してから家を出ました。
・・・と。そうだ。

「マッシュ、怪我してますよね?今の内に治しちゃいましょう」

そんなにすごい怪我ではないのですが、手早く治してしまう方が良いでしょう。
手をかざせば、その手を優しく掴まれました。あれ?

「いや、そこに兄貴達がいるからまた後で頼むな」

あ、成る程。そうですね。すぐ傍にいらっしゃるのであれば控えるべきでしょう。
流石に見られてこの力の事を知られる訳にはいきませんし。
そしてマッシュは基本的に細かい事は気にしない風なのに、案外細やかな気配りが出来るのです。
やはり私の方がうっかりしそうなので気を付けなければ。
ありがとうございます。と、お礼を伝えてから私達は少し離れた場所にいる人影の方へと歩き出しました。

「兄貴!」
「話は終わったのか?」
「ああ。すまない、俺の都合で一度戻らせちまって。それから───」

マッシュの目線が私に向いて、他の方々の目線も此方に集まります。
バンダナを巻いたお兄さんと、緑にも見える金髪の女の子。そして・・・マッシュとそっくりの双子のお兄さん。
あ、いや。そっくりというと語弊はあるのですが。でも色合いも雰囲気も似ていて血縁だと良く分かります。
・・・・・・と、そうでした。そう言えばマッシュのお兄さんは現フィガロ国王でしたね。
一領民としては物凄く緊張しますが出来る限り綺麗に微笑んで、一礼します。

・ハーコートです。
本職は薬師ですが父ガレスから多少剣を教わってきましたので足手纏いにはならないかと。
ぜひ皆様とご一緒させて頂ければと思っております」
「ガレス・・・・ガレス・ハーコート!あの元フィガロ近衛騎士のガレスか!」
「父が騎士だったのは私が生まれるよりずっと前の事ですが」
「それにの薬は本当によく効くからな。そこは俺が保証するぜ」
「成る程、マッシュが言うなら間違いないだろう。
レディ・・・と言ったね。私はマッシュの双子の兄でエドガーだ。
今日君のように素敵な女性に出会えた幸運を神に感謝しなければならないな」
「ぇ?」

急に何の事でしょう?

「麗しいレディ。君を争い事に巻き込むのは本意では無いが、どうか私達に力を貸してほしい」

恭しく手を取られたかと思えば、その甲に唇が近づいて────・・・ぞわゎっ!
背筋に嫌なものが走って叫ぶかと思った瞬間、マッシュが私の手をエドガーさんから引ったくるように救出してくれました。
あ・・・危なかったです。危うく国王様を痺れさせるところでした。
感情に乗ってつい力が出る悪い癖は本当に何とかしないと・・・。
手がまだちょっとパリパリ帯電してるのを包むようにして隠してくれます・・・が、それ痺れてますよね?マッシュ。

「悪ぃ、兄貴。はそういうの苦手だから止めてやってくれ。
というかその癖まだ直ってなかったんだな」
「何、美しい女性に丁寧な挨拶をするのは常識だろう?」

挨拶。私には是非ご遠慮願いたいですがそういう方だと心に留めて置きましょう。
平静を保てば耐えられる筈です、多分。

「俺はロックだ。さん付けとか無しな!あんまり堅苦しくなく頼むぜ」
「私はティナ」

朗らかな笑顔を見せるロックさん・・・あ、さん付け無しでしたね。気を付けないと。
それとは対照的にぽつりと名前だけを名乗ったティナさんは、ちらりとロックを見てから“私も呼び捨てで構わないわ”と小さく呟きました。

「喋り方は癖なのでご容赦いただけると助かりますが。
どうぞ気軽にと呼んでくださいね。皆さん、これからよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ頼むよ」
「おう。よろしくな」

エドガーさんとロックは笑顔で、ティナは無言で小さく頷いてくれて──あぁ、一安心ですね。
何とかこのまま良好な関係が築けると私としては幸いなのですが・・・ん?袖を引かれる感触。見ればティナが私を見つめています。

、さっきのエドガーに何か感じた?」

こそりと訊ねられて私は首を捻りました。
さっきの・・・とは、あれですかね?先程の丁寧な“ご挨拶”の事でしょうか?
何だか困ったような顔をしていますが率直に言うのは気が引けて、えぇと。

「んー・・・・・・そうですね、申し訳ないですが私はあんまりあの手のものは得意ではないので。
まぁでもお好きな方も勿論いらっしゃると思いますし、感じ方は人それぞれではないかと思いますよ」
「そう」

どこかホッとしたようにティナは小さく息を吐きました。はて。何かあったのでしょうか?
良く分かりませんが“やはり私の口説きのテクニックも錆び付いたかな?”等と呟くエドガーさんがいるので同じ事をティナにもしたのでしょう。
あはは、と苦笑しながらも私達は出発しました。


日常は終わって、また新しい日常が始まって。
だけれど人と人とは繋がっているのですから。私達は独りではありませんから。
このご縁もまた大切にしていければ良いなあ・・・なんて、そう思うのです。



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