鳥篭の夢

集う縁・Ⅳ/芽吹く想い1



「モブリズで思い出したんだけれど、ティナの様子が気になるから寄っても良いかしら?」


要約するとそんな事を仰るセリスさんに、私達は何度か目を瞬かせました。
あ、いえ。カーバンクルとマッシュは除きますが。
事情を問えばモブリズは実はただの廃墟ではなくて子供達だけの村になっていて、ティナが母親代わりとして子供達の心の支えになっている事。
そして戦う力を失ってしまい、村に残る事にしたのだと教えてくださいました。

モブリズ・・私達やカイエンさんが立ち寄った時は偶然皆さんが不在だった可能性がありますね。
まさかティナがいたなんて思いもしませんでしたが。
とにかくと、魔物も強くなっている事だから心配だというセリスさんの言葉に私も大きく同意しまして、モブリズ行きが決定しました。
とはいえ何ヵ月か振りに訪れたモブリズは前回と同じで誰かがいるようには思えませんが・・。

「こっちよ。前と変わらなければ、あの家にいる筈だわ」

セリスさんが案内してくださった家は他の家屋とは違い比較的丈夫そうに思えますね。
その扉を開けると、息を潜めていた子供達がワッと声を上げて近づきました。

「あの時のおねーちゃんだ!」
「おにーちゃんもいるよ!あれ?そっちの人たちはだれ?」
「私達の仲間だから大丈夫よ。
それよりティナはいないのかしら?遊びに来たんだけど」

“ティナ”と名前を出した時には僅かに身構えた子供は“遊びに来た”と続けた言葉に安堵したように笑みを浮かべました。
成る程、ティナを連れていかれたくないのですね。
子供達にとって大切な人だという事ですから当然でしょうか。
ですが他の子供達と顔を見合わせると、困ったように眉を下げてしまいました。

「・・・あのね、カタリーナがいなくなっちゃったの」

唐突な言葉。カタリーナさん・・・ですか。

「ディーンがつめたくするからだよ!
だからカタリーナはどこかに行っちゃったんだ!」
「カタリーナのおなかね、おっきくなってきたのよ」
「ボク知ってるよ!
カタリーナは赤ちゃんができたんだ!だってボクの弟が生まれる前と同じだもん!」
「「ねー」」

事情を知る子供達は、新しい赤ちゃんという存在に喜びを隠せないようですね。
ですがそのディーンさん?が、カタリーナさんに冷たく接してしまった。
ディーンさんとは旦那様なのでしょうか?まだ事情が見えてきませんが。

「カタリーナをさがしに、ママは行っちゃったの」
「“少しかくれんぼしてるだけよ”ってママはいってたよ!
だからボク達は良い子でまってるんだ!」

腰に手を当てて自信満々なお言葉に私はその子の頭をそっと撫でました。

「偉いですね。ちゃんと待てるなんてとっても良い子です」
「待てないお転婆娘もいるものね」
「ぐ・・・」

私の事ですよね?ピンポイントに私の事を仰ってますよね?
あ、止めてください。マッシュもカイエンさんも神妙に頷かないでくださいっ!

「ね。おねーちゃん達もママとカタリーナをさがしてくれるの?」
「勿論です」
「そうね。だからちゃーんと良い子で待ってなさいね」
「「「「うんっ!!」」」」

元気一杯のお返事に、私達は笑みを見せて家を出ました。
マッシュとカイエンさん、レオさんは子供達に何かあった際に守れるようにと家に残りましたし・・・人数が揃っていますから安心でしょう。

「村の規模はともかく瓦礫も多い。
隠れているならば手分けした方が早いな」
「そうね。私と、エドガーとセッツァーで別れれば───」
『んな面倒くせぇ事するとか人間は大変だな。
しゃあねぇ、ちょっと試してみるか』

言いながらカーバンクルがちかちかと青い光を纏いますけれど。
これは・・・反応、ですか?

「そうか!反応させてティナの居場所を探ろうという事か!」
『そういうこった。だが・・・・・』

エドガーさんの言葉に同意しますが、直後に難しい顔になります。

『返さねぇな。幻獣としての力が弱まってるのか?
───いや、見つけた!この力はマディンだな、あっちだ!!』
「お前、本当に便利だな」
『だろ?幻獣様々ってな!』

笑いながらカーバンクルが先導して1つの建物に入ります。
本棚に隠れるような位置にある階段を降りていけば、声が幾つか聞こえますね。
啜り泣くような声に、慰めるような・・・これはティナの声ですか?
私達に気付いたティナは“あ!”と声を上げました。

、セリス!皆も!!」
「お久しぶりです、ティナ。
不躾で申し訳ないですが、一体どうされたんですか?」
「それが・・・この子、カタリーナと言うんだけど。
カタリーナに子供が出来たの。でも・・・」

ちら、とカタリーナさんと呼ばれたお嬢さんはティナよりももっと若いでしょうか。
髪と同じ茶色の瞳を涙で潤ませながらカタリーナさんは途切れ途切れに言葉を紡ぎます。
子供が出来た事は嬉しいのだと。
ですがお相手に報告をしたら急に冷たい態度をとられてしまったそうです。
ここ数日、ちゃんと話も出来なくて心細くなりツラいと・・・。
それにティナが“大丈夫”だと慰めながら優しく抱き締めました。
ああ、優しいティナ。きっと彼女の優しさが皆さんの心の支えとなっていたのでしょう。

と、エドガーさんとセッツァーさんは何故か顔を見合わせるとそっとその場からいなくなりました。
どうされたのでしょうか?
いえ、女性ばかりで更にデリケートな内容ですから気を遣ってくださったのかもしれませんが。
とにかく・・・カタリーナさんのお腹は服の上からでも膨らみが分かりますね。
心配させてはいけませんから私は努めて優しい笑顔をカタリーナさんへと向けました。

「遅くなりましたが。ご懐妊おめでとうございます、カタリーナさん。
お腹の赤ちゃんも順調に育っているようでまずは安心ですね」
「え・・・あ・・・・。ありがとう」

潤んだ瞳のまま、それでも祝福の言葉に僅かに顔を綻ばせました。
ええ、子供は誰からも祝福されて産まれるべきですからね。

「このお腹は・・・・・・もう5ヶ月か6ヶ月位になりますか」
には分かるの?」
「多少ですが。まだサマサにいた頃にご近所のお姉さんの往診に立ち合ってましたから。
まぁお手伝い程度の知識しかありませんけれども」
「それってもしかしてリルムの?」
「ええ、リルムのお母さんですね」

日に日に大きくなるお腹が本当に不思議で、幸せそうなお顔をされていたのが嬉しくて。
祖母が診に行くと言えば私も引っ付いていきましたし、そうでなくともよく遊びにいきましたか。
本当はカタリーナさんもそうあれれば良いのでしょうけれど。

「これからお腹がどんどん大きくなりますから、足元には特に注意してくださいね。
身体は冷やさないように。このような寒い場所ではなくて火の傍にいてくださいよ」
「ええ、分かったわ」
「子供の物も用意しないといけませんね。
早ければ4か月程もあれば生まれてしまいますし」
「え。そう、なの?」
「はい。ですが慌てなくて良いですからね。心穏やかに過ごしましょう。
お母さんが笑顔でいられる事が、お腹の赤ちゃんにも良い影響を与えるそうですから」

伝えればカタリーナさんの瞳からはボロボロと大粒の涙が零れます。
慌てて鞄からハンカチを取り出せばカタリーナさんはそれを受け取って涙を拭いますが、次から次から溢れてしまって・・・。
余計な事を言ってしまいましたね。すみません。

「本当にありがとう。私の事なんて知らないのに・・・ティナを取っちゃったのに。
そんな風に子供の事を喜んでくれて嬉しい。
でも、だけどディーンは・・・・・・ほんとは、一緒に喜んで欲しかったのに」
「カタリーナ・・・」
「ティナっ。ティナ、私・・・どうしよう。
もしディーンに子供なんていらないって言われたら!そしたら私・・・私っ!!」

「そんな事ない!!」

唐突な声。階上から青年と呼ぶべき年齢に差し掛かっただろう男の子が現れました。
彼がディーンさんでしょうか?
慌てて階段を降りると、カタリーナさんへと駆け寄ります。

「ディーン・・・」
「ごめんよ、カタリーナ。俺、どうしたら良いのかわからなくって。
酷い態度でカタリーナを悲しませたよな。自分が情けないよ」

カタリーナさんに近付いて、頬を伝う涙を指で拭うと拳を強く握りしめます。

「いらなくなんてない!カタリーナも、お腹の子供も・・・俺には必要だから!
俺、これからしっかりする。だから一緒にいてくれるか?」
「うん、うん・・・っ!ありがとう、ディーンっ!!」
「俺こそ。ありがとう、カタリーナ」

ディーンさんは腕に飛び込んでくるカタリーナさんを支えると、強く抱き締め合います。
何とかこれで一安心でしょうか?ティナを見ればとても優しい笑顔で2人を見つめています。
今までとは違う。慈愛に満ちた表情と言いますか。
あの時・・・大三角島へと向かう時に“愛を知りたい”と切望していた時からは考えられません。

「・・・?」

不意に階上から靴音が聞こえて、視線を向ければエドガーさんが人差し指を唇の前に当てて“静かに”とジェスチャーしています。
確かにこの雰囲気は壊せませんから。

「一件落着のようだね」
「はい」
「それは何よりだ」
「2人がディーンを連れてきたのね」
「女性には女性が、男性には男性が話を聞いてやるべきだと思ったのさ」
「あっちはあっちで悩んでるみたいだったしな」
「なるほど」

私達では理解出来ない悩みもきっとあったのでしょう。
とにかく円満解決ですね。他にもやる事は沢山ありますけれど。


「───っ!!」
「・・・?!・・・・・・っ!!」

「何だ?」
「どうしたんでしょうか?」

唐突に響く焦ったような声音。外からでしょうか?
話の内容は聞き取れませんでしたがあまり良いものではない気がします。

「ディーンはカタリーナと一緒にいて!」
「ああ!カタリーナは俺が守るよ」
「私も・・・ディーンが傍にいてくれれば安心できるわ」

お2人とティナは頷きあって、私達は家から飛び出しました。



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