鳥篭の夢

幕間の最中に/キズを負った人達



私が目覚めてから数日後。
体も違和感なく動くようになりましたので、予てから伺っていた怪我人が集まる診療所へとバルガスさんに付き添っていただきながら赴きました。
とは言え顔馴染みの診療所の先生は患者の受け入れ作業と初期治療に忙しそうにしていましたから、きちんとしたご挨拶は出来ませんでしたが。
それでも治療をお手伝いしたいという申し出に快諾してくださいましたから。ええ、出来る限りの事はやってみせますよ!

「やっぱりバルガスさんは瓦礫撤去のお手伝いをされた方が良かったのでは?」
「だから別に良いっての。あっちはまだ親父がいるからな。
あの人が本気で作業してんだから俺1人いなくてもどうにだってなんだろ。
それより本調子じゃねぇ従妹を放っておいた方が後が怖ぇよ」

“起きてすぐ倒れられたら困るしな”なんて、優しいお言葉。
それに私はつい笑みを溢します。

「で。薬は足りてんのか?それに入ってんのポーションだろ?」
「はい。一応、家にある材料で作れるだけは作りましたが・・多分、数は足りないと思います。
それでも命の危機に瀕した方を助けない理由はありませんからね。
ここ数日はちゃんと休みましたし、重症の方には魔法を使おうと思ってるんです」
「・・・・・・お袋さんにあんだけ怒られてたのに懲りねぇのな」
「ふふふ。止めてくださいよ・・・あの時の事は出来れば思い出したくないんですから」

すっごく怖かったんですからね?
そう・・・・・まさに鬼か悪魔か、或いは修羅の具現の如く・・・あ、いえ。原因は私でしたね。

「とは言え、力を隠したせいで助けられる人を見捨てるなんて出来ませんし。
その方が母から怒られてしまいそうじゃないですか?」

と。自分の中での言い訳を作っておいてですね。
さてと。患者さんのいるお部屋に着きましたが・・・・ああ、なるほど。これは酷いですね。
ちょっと骨が折れている等と言う程度の事ではありません。
呻く声。瓦礫に潰されたのでしょうか?ひしゃげてしまった手足や、既に先端が無い方。
全身潰されて呼吸も絶え絶えの方。全身に包帯を巻かれていらっしゃる方もいますね。
どの方も血が滲んで赤く染まったソレは“痛々しい”なんて生易しい表現では済まないものです。
此処ではこれ以上の治療を施せない───“最期”を待つ方々の姿。

「バルガスさん・・・。
私を過大評価してくださっていたのは理解しましたが、流石にこれは薬では全快しませんよ。
潰れた箇所を元通り修復する薬はちょっと開発出来てないですねぇ・・・」
「いや、俺もそこまで求めてねぇかんな?」
「あ、そうなんです?」

魔法を使わない前提であれば薬で全快させるのかと思ったのですが。
では、重症の方も多いですから今回は出力を上げないといけませんね。
誰かを助けたいという感情・・・。
カーバンクルのおかげで魔力は暴走しませんが、それでも集中すればする程に高まるソレを感じながら、普段使うよりもずっと強い癒やしの光へと変換します。
それはあの島にいて覚えたのか、或いは習得に足る力を得たのか。
体が覚えたその感覚のままに私は力を放ちました。どうか、皆さんの怪我を治して───っ!

「ケアルガ!」

紡いだ言葉に応えるように、魔導の光がキラキラと怪我人の方に降り注いで傷を癒していきます。
ぐちゃぐちゃだった肉は元通りに修復され、潰れた臓器や折れた骨も戻ったでしょうか。
ただ流石に欠損部分や失血までは元通りという訳にはいきませんから。
リハビリや静養が必要な方も多くいらっしゃるのかな、とは思いますけれど。

「何かパワーアップしてねぇか?」
「今使える一番強い魔法にしましたから」
「おー。流石だな」

そんな風に褒められると流石に少し照れてしまいますが。

「俺の怪我が!!」
「今の光はなんだったんだ?!」

痛みが引いたからでしょうか?起き上がって互いに顔を見合わせてざわめきます。

「すげぇ・・・あんなに酷い痛みがあったのに。
切断面も塞がってやがる」
「すみません。流石に失った部位の再生までは出来なくて・・・」
「いや。充分だ・・・あのまま腕ごと腐り落ちて終わるかと思ったが・・」

呆然とその箇所を眺め、それから私へと疑念の視線を向けました。

「あんたの力は一体何なんだ?こんなの見た事も聞いた事もねぇぞ」
「そうか?俺、こないだ他の町から来たヤツに聞いた事あるぜ。
不思議な力で怪我を治してるヤツがいるって。俺が聞いたのは男だったが・・・」

それは仲間の誰かでしょうか?
誰が何の魔法を習得したかは伺っていませんでしたから特定は出来ませんが。

「私以外にも使える方はいますからね。
あ。別に危ない力ではありませんから怖がらなくても大丈夫ですよ」
「そりゃ、危なくないのはアンタが実証してくれた。
本当にありがとう、助かったよ・・・このまま死んじまうかと・・・・・・」

言いながら、ボロボロと涙を溢されて。
でも男性は暫くそうした後に、笑顔を見せてくださいました。

「ありがとうな、お嬢さん」

何ものにも代えがたい言葉と笑顔。
それに私は、どういたしまして、と返すのでした。


「・・・はー。何とか終わりましたね。
お手伝いしてくださってありがとうございました」
「おう。代わりに晩飯の買い出し付き合えよ」
「勿論です」

途中で瓦礫撤去に巻き込まれた急患とか、本当に驚きましたが。
行方不明の方も無事に見つかったようですし・・何事も無く終わって一安心です。
夕陽が沈んでいくのを眺めながら、1つ息を吐き出しました。
・・・・さて食料品店にでも行きますかね。

「あ!バルガスのおじちゃん!」
「おじ・・・っ。お前なぁ」

足を向けようと歩き出したとほぼ同時。唐突に呼び止められ、私達は振り向きました。
人懐こい笑顔をした男の子が此方に向かって走って来ますね。
後ろから慌てた様子で来られているのはきっと彼の母親なのでしょう。
注意する言葉に、それでも男の子はえへへと可愛らしく笑っています。

それにしても・・・・おじちゃん。なんて危険な言葉なんでしょう。
私もそろそろおばちゃんの仲間入りの気配が。
まぁ何だかんだでバルガスさんは優しく笑ってはいらっしゃいますけれど。
男の子は乱暴に頭を撫でられて、きゃあきゃあと楽しそうに声を上げました。

「で、どうした?」
「この間、助けていただいて・・・ちゃんとお礼を言いたくて」
「成る程な」
「ありがとね、おじちゃん」
「こらっ。バルガスさんでしょう!?」

容赦ないおじちゃん呼びに、バルガスさん一度苦笑しますが“おうよ”と一言だけ返しました。
それから小さな包み・・これはライ麦パンのような日持ちする食料ですか。それを渡されます。

「あの時は本当にありがとうございました」
「気にすんなっての。悪ぃな、助かる」
「ぼく、あれから泣いてないよ!」
「おう。よく我慢できたじゃねーか」

ピースサインをする男の子に・・・あれ?そう言えば。

「怪我をされたんですか?」

男の子の方は先程から足を気にされてますよね。
頬にもガーゼを貼ってますし。

「あ。いえ・・・他の方に比べたら小さな怪我ですから。
バルガスさんに助けていただかなければ、今頃どうなっていたか・・・」
「それはご無事で何よりです。
しかし小さくても怪我は怪我ですから。少し見せていただいても良いですか?」
「いーよ!」

服の袖や裾を捲り上げ、巻かれていた包帯を見せてくださいます。
ちょっと失礼して・・拝見した限りでは確かに魔法が必要な程の大きな怪我ではありませんかね。
それでもこの年頃の子供が我慢出来るのはとても凄い事です。
新しい包帯とガーゼを取り出して元通りに巻くと、私は彼の母親へとポーションを差し出しました。

「頬と腕の擦り傷。足の打ち身と裂傷。
血は止まっていてもまだまだ痛いでしょうから、ポーションを患部に使ってあげてください」
「まぁ!あの・・ありがとうございます!」
「いえ。お手間を取らせてしまい失礼しました」
「おねーちゃん、ありがとう!」
「てめっ!俺はおじちゃんなのに・・・っ!!」

“ばいばーい”なんて笑顔で手を振って親子は去って行きます。
ええ、お母さんの方は大変申し訳なさそうな顔をされて何度も頭を下げてましたけどね。

「バルガスさん、懐かれてらっしゃいましたね」
「すっこけたのをちょっと起こしただけなんだがな」
「嘘ばっかり。あの子のお母さんが“危なかった”って仰ってましたよ?」
「話盛られてるだけだよ」

はいはい。では、そういう事にしておきましょうかね。
くすくすと笑って、今度こそ私達は買い物への路を急いだのでした。



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