鳥篭の夢

幕間の最中に/きずついたひと



「おや、じゃないか!久しぶりだね」
「お久しぶりです。お元気にされていましたか?」
「ああ、勿論さ!」

馴染みの道具屋さんへと訪れれば、ふわりと漂うハーブの香りに自然と笑みが零れます。
読んでいた本を閉じた道具屋さんのご主人は“それで何が入り用だい?”と訊ねてくださいました。

「今すぐでなくて取り寄せでも構わないのですが・・・。
調剤に使う乳鉢と乳棒、匙が何本かと小さめの秤に・・・後は薬瓶。
防水布と、それにハーブも幾つかあると助かるのですがありますか?」
「そりゃえらい買い出しだね珍しい。
調剤器具なんかは愛用のやつはどうしたね?」
「紛失したんです。もう泣きそうですよー」
「はー。そりゃ災難だねぇ。物盗りかい?
まぁ最近はサウスフィガロも物騒な話を聞くから気を付けなよ。
で、それなら薬研はいるんじゃないか?」
「あ。それは家に置いてたので平気です。
所用で持ち出していて、その時に失くしてしまって・・・物盗りが出るんですか?」

なかなか聞き捨てならない話ですよ。

「いや・・・まぁ主には外から来た女子供を狙ってるって話だ。
診療所の先生が言ってたんだがね。酷い怪我をした女性がたまに来るらしい。
どうにも外から避難しに来た輩が怪しいなんて言ってたか・・・。
は訊いてないかい?」
「そうですね。初耳です」
「まぁはダンカンさん家の子だし、女の子だから怖がらせんように気を遣ってるのかもしらんがね。
あそこの先生はがまだ小さな子に見えてるからねぇ」
「初めてお会いした時には既に13歳だったんですけどね」

“そりゃ、先生からすりゃ孫だな”と笑って・・・だから気を遣ってくださってるのでしょうか?
私としては前情報があった方が嬉しいですけれども。
苦笑して、注文した幾つかの商品を受け取り支払いをしてから私は道具屋を後にしました。
さて。物騒な話も聞いてしまいましたから早めに帰るとしますか。


「───・・・っ!!」
「~~・・・!?」

・・・・・・?複数の声。何でしょう?
男性の怒声のようなものに混ざって、女性の声・・・・・・が・・・。

“酷い怪我をした女性がたまに来るらしい”

そう、道具屋さんのご主人が仰ってましたか。
流石に大丈夫だと思って剣を置いてきてしまいましたが・・・んん、迷ってる場合でもないですね。
路地裏へと近付くにつれて、悲鳴のような声や打音が耳につきます。
正義を振りかざすとかいう訳ではないですが、見過ごせるような性質でもありませんから!
複数の男性の内、女性を掴んでいる方へと壁を使って跳躍した後に頭目掛けて踏み抜きます。
そのまま女性の手を引っ手繰ると、男達と距離を取りました。とは言え壁際ではありますけれどね。

「か弱い女性を路地裏に連れ込むとは何事ですか!」
「・・・・・貴女は?」

か細い声。破り捨てられたであろう服が地面に乱雑に落ちていて、殴られたような痣もあります。
ほんっとうに色々と危なかったんですね。いえ、傷を負ってますからアウトですけれども!
こんな姿を男達に見せる訳にはいきませんから、震える女性を私の背に隠しました。

「通りがかりの薬師です。とにかく此処から逃げましょう」
「逃げるぅ?お嬢ちゃん誰を相手にして逃げられると思ってんだ?ええ?」

そんな小悪党感の強い台詞を使わなくても良いのでは?

「知りませんよ。寧ろ、どなた様ですか?
サウスフィガロの方ではないですよね」
「こちとら、あの大災害を生き抜いてこっちに来てんだぜ。
あの魔物の群れの中を掻い潜ったんだ。お嬢ちゃん程度、逃がすかよ」

逃げてるんじゃないですか。やだ、せめて倒してきてほしいのですけれど。
ただバルガスさんやマッシュ程鍛えているようではないですが、手にしている短剣が厄介ですね。
素人が加減無く振り回す事が、どれだけ恐ろしい事か。
ふと目線を奥へと向けて・・・あー。そうですね、何とかなりますか。

「何だぁ?怖くて声も出ねぇってか?!」
「あ、はい。そうですね。
今から貴方の身に起こるだろう事を考えると、怖くて仕方ないなぁという気にはなりますけれど」
「あん?」

怪訝な顔をする小悪党さんの、その更に向こうへと私は苦笑して見せました。

「せめて殺さないでくださいね?バルガスさん」
「さてな。この小悪党の生命力に期待しとけよ」

言いながら、バルガスさん渾身の踵落としが決まりました。
“ぴきゃ”とか良く分からない悲鳴を上げて小悪党さんは崩れ落ちます。

「親父が言ってた事はマジだったな」

“見つけては潰してるって話だったが・・・幾らでもわくたぁ害虫並だな”
等と言いながら残りの方達を次々倒してしまえる辺り、やはりマッシュの兄弟子です。お強い。
・・・・・・と。感心して見ている場合ではないですね。

「もう大丈夫ですからね」
「ありがとう、ございます・・・」

ふるふると震える身体に、私の着ていた上着を掛けます。
取り敢えずこれで全体的には隠せる筈です。服を破くなんて非常識なんですから!

「ま。意識が飛ぶ程度にはやっといたから暫くは転がしといてもいけるか。
おい、アンタ。立てるか?」

言葉にびくりと一度身体を跳ねさせて、女性は不安気な瞳を見せました。

「あの。あの・・・ごめん、なさ・・・怖くて足が・・・・・・」

小刻みに震える足。身体を竦めて縮こまる姿は、見ていて心が痛くなる程です。
バルガスさんはガシガシとご自分の頭を乱暴に掻くと、女性へと近づきました。

「・・・・・・ぁ・・・っ」
「バルガスさん!」
「悪いが、少し触るぜ。
誓って何もしないから安心しろ」

どこかぶっきらぼうに聞こえるそれは、私達のように彼をよく知っている人間であれば精一杯の優しい声音なのだと分かります。
ちょっと伝わりにくいのが残念ですが!
怯える女性を軽々と抱き上げると、私へと視線を向けました。

「取り敢えず家に戻るか。空いてる客間もあっただろ。
後で治療してやれよ、
「はい。それはお任せください」

一応、得意分野ですからね。

「しかしバルガスさんはどうしてこの場所が?」

そもそも復興のお手伝いはどうされたんです?

「親父からさっき話を聞いてな・・。最近、外から来た変なのがイキって弱いもの苛めしてんだと。
お前、確か今朝買い物行くっつってただろ?
このままじゃ巻き込まれるかと思って探してたんだよ。予想通り過ぎて噴いたけどな」
「なるほど。でも剣を忘れてましたから助かりました」
「おう」

平然としたその姿勢。少し前ならご自慢と讃辞の嵐だった気もしますが・・・何だか変わりましたね。
頼もしくなられたと言いますか、気取らない姿勢は眩しくも感じます。

それから、バルガスさんは家に着くなり“役場に報告してくる”と言い残してすぐに家を出てしまいました。
もしかしたらこの女性を気遣ったのかもしれませんが。
あんな目に遭ったのですから、男性が側にいてはきっと恐ろしいでしょうし。

「おば様!客間ってすぐに使えますか?」
「ええ、使えるけれど・・・まぁ、どうしたの?!」
「悪い人が出たんです。バルガスさんが助けてくださいましたが・・。
とにかく着替えと治療をしないと!」
「分かったわ。
案内は私がするからは治療の準備と着替えをお願い」

真剣な顔で互いに頷くと、おば様は気遣うように女性を客間へと案内してくださいました。
私も薬箱と着替え・・部屋着にするようなワンピースですが、それを持って追いかけます。
何かお話をされていたおば様は先に退室してしまいましたが・・・まだまだ青い顔でいらした女性に着替えを渡して、怪我の治療をしていきます。
あちこち殴られたのでしょう怪我はとても痛ましいものです。
ほんの少しだけ癒しの光を送り込んで怪我を目立たなくさせてみますが・・・・それで傷ついた心が治る訳ではありませんからね。

「さぁ、これで治療はおしまいです」
「あら、良いタイミングだったかしら。ハーブティーを淹れたのだけれど如何?」

ナイスタイミングです、おば様!
部屋に留まる理由はありませんが、かと言って放っておける様子でもありませんでしたから。
この香りはカモミールですかね?リラックス効果がありますから女性には最適かもしれません。

「このお茶はが教えてくれたのよ?覚えてないかもしれないけれど。
お茶請けもこの間作っていたドライフルーツをもらいましたよ」
「あ、これ今回とっても上手に作れたんですよ。是非とも召し上がってください」

おば様も是非。
オススメすればおば様はくすくすと笑いました。

「貴女もどうぞ。怖い思いをしたと思いますが・・・もう心配ありませんからね」
「・・・っ。はい、はいっ!ありがとうございます」

何度も女性は頷いて涙を一気に溢れさせます。
ハンカチをお渡しすれば“すみません”と涙声で告げて、溢れる水滴を拭いました。
暫くそうしていたでしょうか。
それからおば様の淹れてくださったお茶に一度口を付けて、ハンカチを握り締めた手を膝の上に置いて、女性は俯きます。

「本当は・・・私だけじゃないって知ってるんです。
他の町では復興できないほど酷い所もあって。そこでは他の女性も酷い目に遭ってるって・・。
でも、私・・他人事だって。此処に来ればきっと何とかなるって・・・・・そんな・・。
・・・・此処に来る船の中で視線を感じる事があって。もしかしたら・・・・」

その時にあの人達に目をつけられていたのかもしれませんね。
見目も整っていますし、実際は分かりませんが第一印象としては大人しそうにも見えますし。

「これから行くアテはあるのかしら?」

不意に訊ねられた言葉に、女性は何度か首を横に振りました。
それにおば様は優しく微笑みを見せます。

「なら、暫くうちにいれば良いわ。
バルガスは確かに見た目はちょっと怖いし言動も粗暴だけど根は悪い子じゃないし。
あれでも修行を積んでいるから、貴女を危険な目に遭わせる事は無いでしょう。
今は少しでも休むべきだと私は思ったのだけれど、如何かしら?」

おば様、バルガスさんに対する評価が厳しいですっ!
確かに大柄だし口調は少し乱暴ですが、ほら・・・大事なのは中身!中身ですよ!!

「でも、助けていただいたのに、そんなご迷惑・・・」
「迷惑ではありませんから大丈夫ですよ。
出会い方はともかくとして、きっとこれもご縁でしょうから」
「ご縁・・・」

ぽつり。呟いて、女性は悩むようにティーカップの水面を眺めます。
悩むようにも見えるその表情は、僅かに困ったように眉を下げた微笑みに変わりました。

「・・・私がもう少しだけ勇気を出せるまで、お願いしても良いですか?
私はニーアと申します。暫くの間、お世話になります」

言葉に私とおば様は一度顔を見合わせてからニーアさんへと微笑みました。

それから更に、酷い暴行を受けた女性が命からがらこの町に逃れてきたり、ニーアさんのように事件に巻き込まれかけたりという事が何度か起こったある日。
“これ以上サウスフィガロで好き勝手させられない”と、バルガスさんが中心となって見回りや犯罪対策を強化するようになるのでした。



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