鳥篭の夢

幕間の最中に/目醒めた極彩色



「んん・・・?」

部屋で調薬を終えて伸びをした瞬間。
視界の端で不可解な光が目に入った私は、思わず怪訝な顔を鞄へと向けました。
まるであれはカーバンクルが出てきた時のような・・・・・・?

「・・・っ!?」

直後、目が眩むような光が一気に広がりました。
目が潰れる前に咄嗟に瞑りましたが、瞼の上からだというのに視界がチカチカします。
暫く瞬きを繰り返していればちょっとずつ見えてきましたね。んん、危なかったです。

『これは・・・・・・漸くカーバンクルからの許しを得た、と言う事でしょうか?』

聞き覚えのある声。ですがその姿はまるで鳥そのものになっていますね。
大型のオウムと言うべきか、しかし爪の鋭さは小型の猛禽類のようにも窺えます。
そしてあの時・・・魔列車で見かけた極彩色の羽色。というか。

「そんな普通に出てこれてしまうものなんですね、ケフカ」
『貴女は一体どんな登場の仕方を所望されていたんですか?』
「いえ、何という考えはありませんでしたが・・・」

そもそも魔石の欠片しかないのに姿を見せる事にも驚きましたし。
続けた言葉に、ケフカは苦笑して見せました。鳥の姿ですけれど。
カーバンクルもそうですが、幻獣という存在は見た目に関わらず表情豊かなのかもしれません。

『カーバンクルと似たような原理でしょう。あちらも同じように顕現しているようですし。
カーバンクルを経由して、あの方が貴女から得た魔力を微量に分けて貰いました。
何とか形にはなりましたが・・・・今はこれが限界でしょう。
とは言え姿形は取り繕っていますが、戦う為の力など殆ど無いに等しいものですがね』

“全く、期待させておいてヒトが悪い事だ”とため息を吐きますが・・。
その目や言動には今まで見てきた彼特有の狂気は見られません。
魔列車の時もそうでしたし、カーバンクルの言では“精神狂化は治っている”との事でしたか。

「やっぱり、普通にお話が出来るんですね」
『貴女自身がしでかした事でしょうに。
私としては僥倖であり、奇禍でもありますがね』

はて?何の事やら。
しかし詳しく話を聞くにも、家の手伝い等もありますし・・・・・・んん。

「少しお待ちいただけますか?
一旦片付けと、おば様に少し手伝いが出来ない旨を伝えてきます。
それから貴方の事を聞かせてください」

言いながら、私は使い終わった調薬セットを抱えて慌てるように部屋を出ました。
扉を閉めるか否かといった所で“全く、甘いお方だ”と評された事は・・まぁ、仕方ないですかね。
私は結局そういう性分なのですから。

調薬セットの片付けと、おば様にあれこれの言伝てを終えて・・とは言え、何かあった際は呼んでくださいとはお伝えしましたが・・私はティーセットを用意して自室へと戻りました。
そう言えば、ケフカってお茶とか飲めるんでしょうか?

「お待たせしました」
『何ですか?それは』
「お茶ですよ。飲めそうですか?」

鳥の姿ですから、流石に難しいでしょうか?
一応器にお水を入れてみたりもしたのですが・・・。

『幻獣として・・と言うと語弊がありますが、私は魔力に依って出来た存在ですから。
食事はしなくても大丈夫ですよ』
「それは出来るという事ですよね?
私1人というのも味気無いですし、少しお付き合いしてください」
『そう仰るのでしたら、是非』

穏やかな声は・・・・・・んん、やはり違和感が凄いですね。
“あの”ケフカ、なんですよね?姿形は変わってしまいましたけれども。
机の縁に脚をかけて留まった彼は、反対の脚で器用にティーカップの取っ手を掴むとお茶へ嘴を付けました。
・・・おお、付けれちゃいましたね。

『あまり凝視されると此方としても反応に困ります』
「あ。すみません。あまりに興味深いもので」
『普通の鳥にこんな事は出来ませんからね』

それは勿論。

『・・・と。冗談はさておき。
さて、は何処からの話を聞きたいのでしょう?』
「何処から・・・ですか?」

そうですね。

「貴方の話せる範囲で構いませんから全部、ですかね。
何故、帝国に属したのかとか。魔導の力を得ようと思ったのかとか。
・・・魔導の力に精神が侵されていた間の貴方はどんな状況だったのか。
それに、貴方はこれからどうしたいのか。とかですね」
『分かりました。カーバンクル経由とは言え、今の私は貴女の魔力で生きている存在。
順を追ってお話しさせて頂きましょう』

そう前置きをして、ケフカは語り始めました。
あの時レオ将軍から聞いていたように、内戦で被災し、生きる為に傭兵になった事。
帝国に雇われた際にガストラに気に入られ、正式に帝国に属するようになった事。
口振りから、忠誠心がある訳ではなく最初は食い扶持と住む場所を求めていただけのようですね。

『国家統一さえ成されれば愚かな戦争や小競り合いは無くなり、皆が安寧した暮らしを得られる。
多くの国王。多くの国主がお互いの利益を貪ろうとするから愚かな争いが耐えないのだ・・と。
まぁそれを上手く回る口で演説され、多くの人間が信じましたね。
ガストラは口が上手いのですよ。演説に力がある。カリスマ性・・とでも言いますか。
私もまぁ全面的に肯定しなくとも“少なからず国同士の争いは回避出来る”とは考えましたからね』

“僅かにでも信じた私が愚かでありましたが”と自重気味に笑い、ケフカは翼を使ってまるで肩を竦めるような挙動をしました。器用ですね。

『そこからガストラは世界警察として本来あるべき義務を放棄。
軍事国家としての武力のみを残し、世界統一を掲げて各国への侵略、幻獣界への侵攻と幻獣の捕獲。
シド博士を中心とした魔導の力の研究と幻獣から力を抽出する方法の確立、人工的な魔導士の製造を行いました。
私はその人造魔導士の被験者第一号となります』
「・・・・レオ将軍から、ケフカは自ら望んで被験者になったと聞きましたが」
『全く、お喋りな人だ。だからアイツは嫌いなんですよ・・』

吐き捨てるような言葉。
あ。精神汚濁が云々関係なく、本当に性格が合わないんですね。

『・・・と、失礼しました。
ええ。そうですね、私は自ら望んで実験の被験者になった。純粋に力を求めて』
「でも元々、帝国にスカウトされるような力はあったのでしょう?」
『腕力だけではたかが知れている。というのもありますが・・・。
そうですね、あの頃の私は・・・ただ、誰かに認められたかっただけだったのかも知れません。
特にレオは確実に力を付けていましたしガストラや周囲からも信頼されていた。
実直で、裏表なく、人とは和解出来ると信じ、騎士道を重んじて。
反吐が出る程に真っ直ぐな彼のようには、私はなれませんでしたから・・。
年下なのに実力と信頼のある彼に、漸く得た居場所を奪われるのではと武功を焦っていたんです。
全く愚かな選択ではありましたけれどね』

元々自国の者ではない故に。そして居場所を失った事がある故に、その選択をしてしまった。
結果は言わずもがな。精神を魔導の力に侵されて、狂気に飲まれてしまったのでしょう。

『実験が成功してから・・ええ、最初はまだ少しまともだったような気はします。
まだ“私”としての何かは残っていた。ただ、まるで器にヒビが入ったような虚無感はありましたか。
そこから・・・・正常な判断が零れ落ちていき、何をしても満足感が得られなくなり、唯一何かの生命が奪われ絶望する瞬間にだけ愉悦を感じるようになっていました。
自分だけに向けられる懇願の瞳。唯一、自分だけを求め助けを乞う言葉。
歪んだ征服欲による刹那の充足感。
一方的に生命を略奪し、奪う事により満たされたような錯覚に溺れ、すぐに零れ落ちるソレを尚も求めて多くの犠牲を自ら望んで出しました』

“最後の方はもう何を求めていたかも定かではありませんがね”そう続けて目を伏せます。
後悔の念。等と簡単に言い表せない程の深い想い。

『“狂う”とは・・・そして、“正気を取り戻す”とは何と恐ろしい事か。
私を正気に戻したあの薬にどれだけの恐怖と畏れを抱いた事か。
記憶としても感情としても全て覚えているのに、何故その考えに至ったのかも理解出来ない。
何故あんな凶行に走ったのかも、それを容易く選べたのかも今の私には解らないのですから。
正気を取り戻してこの姿に成った時、狂ったまま死ねた方がどれだけ楽だったのかと思いました。
・・・いえ、そう思えるからこそ私は償いきれない贖罪の機会を与えられたのでしょう』
「贖罪、ですか?」

問えば、ケフカは一度頷きました。

『ええ、そうとでも思わなければ・・・。
何故私は今此処にいるのか理解出来ず、己の存在を赦す事すら出来ません』
「ケフカは何故ご自分が幻獣になったのか分からないんですか?」
『勿論。私は狂っていたとしても、幻獣になりたいとは微塵も思いませんでしたから。
私があの時欲していたのは、神すら越える力。そして、・・・・貴女でしょうか』

私、ですか。

「ずっと思っていたのですが、何故あんなに執着してらっしゃったんです?」

魔法が使える以外は何の取り柄もないですが。
あ、薬は調合出来ますが。でもその程度です。

『最初は嫉妬でした。
ティナのように幻獣のハーフでもない、ごく普通の人間でありながらも当然のように強大な魔導の力を持つ貴女を羨んだ。
次に、貴女を手に入れれば私も同じように成れると思い込みました。
この埋まらない隙間を埋める“何か”になるのだと信じて疑わず、貴女を欲したのです』
「いくら力が強くてもコントロールが儘ならないですけれどもね」
『そんなものは些事でした。あの時の私にとっては。
そうだとしてあれだけの力を持ち、周囲からも信頼され、求められている貴女はただ眩しかった。
最終的に、貴女を手にする事が出来ればきっと神にすら成れると錯覚してしまう程には・・・』

“まるで届かない光でした”と、どこか眩そうに目を細めます。
そんな過大評価をされると私としては困るのですけれど。
つい苦笑してしまったそれに気付いたのでしょう。ケフカは何度か首を横に振りました。

『大変申し訳ないですが、私はその感覚に未だに引きずられています。
カーバンクルの言ったように、私は私を狂気から解放してくださった貴女に存在意義を見出だし、英雄視し、同時に救いを求めて縋ろうとしている』
「でも今はカーバンクルと繋がっているのでしょう?
でしたらその感覚は私にではなくカーバンクルに転換されるものでは?」
『だからこそ追い求めてしまうのですよ。
手に入りそうな距離にいて尚、絶対に手に入らないのですから』
「んん・・・何だか複雑な思いですね。
私はそんなに凄い人間ではありませんし、求められても正直に困ります」

わりと本気で困ります。

『勿論、それで構いません。と言うかそうで無ければ困ります。
私は本来、赦されるべきではない。誰かに赦されても、受け入れられてもならないのですから』
「貴方って本当は難儀な性格なんですね」
『貴女に言われるのは少々癪ですがね』

あら、それは失礼な。
僅かに冷めたお茶に1つ口を付けて、私はケフカへと視線を向けました。

「ケフカはこれからどうするおつもりですか?」
『望めるならば、今だけ貴女と共にある許しを。
私は己を赦せないと同時に、ガストラを赦す事も出来ません・・・あれを野放しにしてはおけない。
世界を破壊する、という強攻策を取りましたがアレはそれすら受け入れてしまった。
ガストラが自滅さえしてくれれば起こったとしても三闘神の周囲一帯の破壊のみだったでしょうし、上手くいけば争う前に互いに再度封印を施す可能性もありました。
ですがそうはならなかった。
そしてあの様子では三闘神と殆ど同化しているでしょう。このままでは恐怖政治が未来永劫続く事になる。
それこそ、世界の終焉と何ら変わらない』
「その点は利害が一致しますし、一応は幻獣ですので放っておく訳にもいきませんから。
共に行動するのは構いませんけれど」
『まぁ今の私は力なんて無いに等しいですから、いざとなれば囮にでもなりますよ』
「ふふ。では期待しておきます」

さて、しかし問題はまだありますか。

「後は貴方を皆さんにどう説明するか・・ですね。
まぁまだ皆さんがガストラ討伐にご一緒していただけるかは分かりませんけれど。
ただ、どちらにせよカイエンさんは貴方を受け入れる事は出来ないと思います」

それだけの事をされましたから。

『別に彼に殺させるのであれば致し方ないような思いもありますがね』
「それは同意できますが・・・。
一応はガストラを止めたいのでしょう?」
『・・・・・では、単純ですが偽名でも考えましょうか。
今の私はあくまでも幻獣ですからパッと見では分からないでしょうし。
精々気付かれないようにマトモなふりでもしておきますよ』
「そうですね。では私は呼び間違えないよう頑張ります」

しかし何てお呼びしましょう?

『私自身、名付けのセンスがある訳ではありませんからね。
・・・・・・単純にアナグラムにでもしますか?』
「ケフカ・・・kefka・・・んんー」

紙にスペルを書いて、文字を並び替えていきます。
kk・・・fe・・・・ka。

「・・・ああ。では“フェッカ”で如何でしょうか?」

それ位しか思い浮かばなかったのもありますが。

『ではそれで。暫くの間よろしくお願いしますよ、
「ええ。こちらこそ、フェッカ」

恭しくお辞儀をする彼に、私は1つ笑みを向けるのでした。



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