鳥篭の夢

感情/空白を埋める者



違和感を感じるようになったのは何時だったかと思う。
まだ出逢ってから日が浅いとは言え、それでももう少し人懐こい笑顔を向けられていた筈だ。少し前までは。
それが今は何処か余所余所しく感じていた。困惑している、或いは黙考していると言い換えても良い。
ただ私にはその原因が何なのかは皆目見当もつかない訳だが。

ひとつ解せないと感じるのは、他の者とは常と変わらない態度に見える事だろうか。


「ちよちゃんてさぁ・・・」

談笑するを見つけて──ちり、と胸が焼けるような思い。愚かしい嫉妬をそのままに近付く。
挨拶をする前にを抱きかかえれば、一気にその場の空気が凍った。

「おはよう許婚殿。少々借りていくぞ」

「は?え、蜻蛉?ちょ・・・えぇぇっ!?」
「か、鎌太刀さん!?こら、彼女を今すぐ降ろせ!!」
「ふははは!だが断る!!
許婚殿の頼みすらも一蹴するとは、流石この私、ドS!」

「もー、カゲたんったら~。
実力行使に出ちゃうなんて余裕ないなぁ」

慌てふためく凛々蝶の声に掻き消されそうな程度に残夏が呟く声がしたが、そんなものは知った事ではない。
我慢などとした所で答えが出る訳ではあるまい?ならば強攻に出た所でなんら問題はない。
そのままを自室まで連れ込むと、ベッドの上に落とした。
小さな悲鳴が上がったがそれこそ些事だろう?
慌てて起き上がろうとするを掴んで私の膝の上に座らせる。
無論、逃れられないように腰に腕を回して、だ。

「あの・・え、蜻蛉?」

困惑した声。まるで熟れたトマトのように紅潮した顔。
それにくつくつと笑って見せてから、じぃとその瞳を見つめた。

「最近、私を避けているな」
「え・・・そう?」

まるで記憶にないと、首を傾げる。無意識の行動だったのだという事はそれだけで明白だ。
一挙一動が愛らしく、ただ愛しいと想いが溢れて止まらない。

「ならば、その様な態度ばかりとるのは私の気を惹く為か?
そんな事をせずとも私は貴様を愛しているというのに」
「は、ぇ?何、イキナリ・・・えぇっと?」

予想外だとは瞠目する。それから当惑の表情。
何と返すべきかと何度か口を開きかけるが結局はそのまま閉口した。

「ふむ。まぁ考えても分かるまい。貴様にはそもそもの感情が欠けているのだからな」
「いや、それは・・・まぁそうだけど・・・・。
普通、面と向かって言わないよ?そういう事って」

呆れたような言葉。苦笑に近い表情。
その2つに結った片方の髪束を掴んで指先で弄ばせれば、僅かに困ったような顔を見せる。

「感情を殺し、物を知る事を覚えなかったのは貴様なりの処世術だったのだろう?
それを今更に嘆いた所で仕方あるまい」
「えぇと・・」

僅かに怪訝そうに眉根が寄った。しかし今度もまた言葉は続かない。
何故知っているのかとでも訊きたいが、如何訊ねるべきかと思案している、といった所か。

「鎌太刀は一族間が狭く閉鎖的故に調べがつきやすいからな。
そもそもこの“痕”を見れば、どんな扱いを受けたかなど容易に想像もつくというものだが?」

延々と弄繰り回していた髪から手を離して手首を掴めば僅かに肩が震える。
この両手首に付いた奇妙な痣。それがきつく拘束され続けた以外に一体何があるのかと。
先祖返りにとっては良くある話・・と切り捨ててしまえばそれまでの、否、それよりずっと悪意が覗く痕。
黙って私の言葉を聞くの、此方を見つめる瞳に哀しみは見えない。ただ何処か空虚なそれ。
本当にただ本来は真っ白な娘なのだと思う。無論、それは良い意味ではない。
人として得るべきものを、人よりも幾年も遅く手に入れた。つまりそれ故の空白だ。

「感情とは感じるものだろう?それなら考えるだけ無駄だと思うがな」

感じる事すら許されなかった幼少期を過ごしたのなら、今それを補う程に感じれば良い。

「感じろ。今、貴様が何に対して如何したいと願っているのか。
どういった想いを抱いているのか。貴様がそれを知りたいと願うならばソレを曝け出せばいい」

もっと動物的なもの。ただ本能のままに、ただ感じたままに行動するという行為。
それすらも奪われていたのだから、今のにはそうする権利がある。

「曝け出す・・・?」

ぽつり。は消え入りそうな声で呟くと、掴まれていない方の手を口元にやって思案する。
と、唐突に顔を上げて私の顔を見た。
む?何をするつもりかと思えば、そのまま私へ身体を預けてくる。おっと、流石にこれは予想外だ。

「多分、アタシは・・・こうしていたい。と、思う」

途切れ途切れの言葉。

「蜻蛉は優しいね。若干言動がおかしいけど、でも何だかんだ言って、凄く優しい」

それは褒めているのか貶しているのか。
ぽつぽつと落としていく言葉にただ耳を傾ける。

「確定出来る訳じゃない。けど、傍にいたいと感じたのは本当なの。
他の誰かよりも別の感情で、蜻蛉の傍にいたい。凄く、ドキドキするけど、それは嫌じゃなくて。
だから・・・うん。蜻蛉の事、アタシもきっと・・・・・愛してる」

“と、思う”などと最後の方は消え入る声で続けて俯いた。
それでも分かるほどに、耳まで羞恥で赤くなったが純粋に愛しい。それだけの感情が頭を占める。

「あ、でも蜻蛉にはちよちゃんがいるよね?」
「私にも凛々蝶にもその気はないがな。
何、親同士の口約束だ。じきに解消されるだろう」
「そうなの?」

この分だと凛々蝶が双熾に抱いている感情にも気付いてないのだろうな。は。
だがそれが“らしい”といえばそうなのやも知れぬが。

「まぁ最も、されたとしても私には放浪癖があるからな。
このまま私を選んだ所で寂しい想いをさせるかもしらんが。それとも共に来るか?」
「あ、それは遠慮しとく。アタシもう受験生だし」
「ふははは。間髪入れずに拒否か?悦いぞ悦いぞー」

従順よりかは多少反抗された方が調教のしがいがあるからな。
そう続ければくすくすと楽しそうに笑う姿。初めて逢った時とまるで変わらない、私を魅了するその表情。

「何だか怖いよ、それ」
「ふははは。何、じっくりと時間をかけて身体に覚えこませてやる。楽しみにしていろ」
「・・・うん」

そうして私が、の中にあるその空白を埋めてやろう。
否、貴様の全てを塗り潰す程の愛情を──。



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