鳥篭の夢

感情/新しい想い



感情はとても大切なものだと思う。アタシは野ばらちゃんに出逢ってからそれを実感した。
感情がなければ苦しみも優しさも感じる事は出来ない。想いが無ければ世界は彩らないんだから。
自由を貰って初めて知った。あの世界から解き放たれて漸く知った事。

だけど、そうしたらこの気持ちは・・・?

初めて知ったこの気持ち。野ばらちゃんは自然なものだって言ってた。だから不安に思う事はないんだって。
アタシは自分で気付けるだろうか?こんなアタシでも本当に分かる?
だけど、こんなモヤモヤしたままは嫌だから。出来る事ならハッキリさせたい。


「とはいえ、誰かに訊く訳にもいかないもんなぁ」

野ばらちゃんが言うには自分で気づけなきゃいけないらしいし。むむむ・・・。
ラウンジで淹れてもらった紅茶に口をつけながら1つ溜息。って、溜息は良くないんだっけ?

「あれー?た~ん。ションボリしちゃってどうしたのさー」
「あ、残夏君」

流石“自称・ちょっぴりお節介なみんなのおにーさん☆”だ。早速お節介に来たとか?
でも訊く訳にはいかない。ダメダメ、人に頼っちゃ意味ないんだし。うん。

「何かあったのかな~?」
「あはは、別に何もないし大丈夫だよー」
「本当にー?
じゃあたんは如何してあんな深刻な顔してたのかなー?」

まるで額がくっつきそうな位に顔を近づけて、ニッコリと何時もの笑顔。

「考え事だよ、大丈夫。それに野ばらちゃんとも約束したから秘密」
「そう言われたらボクだって気になっちゃうよー。
どれどれ?どんな悩みか視てみちゃおうかなー?」

残夏君が?アタシを視る?
それが何だか可笑しくて、くすくすと笑ってみせれば意外そうな顔。

「えー、何で笑うのさー」
「だって残夏君、そんな事しないでしょ?
残夏君優しいから冗談でも人が嫌がる事しないって知ってるし」

うっかり視えたならともかく、そうやってワザと視ようとしないの位は見てて分かるし。
アタシみたいに“言いたくない”じゃなくて、“言いにくい”なら別かもしれないけどね。
それにちょっとだけ照れたみたいな顔。あ、そんな顔するの珍しいかも。
・・て。如何して頭に手を置くのかな?ぅわ。撫でるのは子供扱いじゃないかな?ねぇ。

たんは本当に良い子だねぇ~。
だけど、色んな人達からアドバイスを貰う事だって時には必要だよ」
「うん。ありがとう、残夏君」

心配してくれてるのは分かる。悩んでるから心配してくれた。純粋な優しさ。
それはやっぱりとても嬉しいんだよね。


「──ほぅ、何か悩みでもあるのか?


ドキリ。聞こえた声に心臓が強く鳴って、変な動悸がする。あぁ、やっぱり変だ。

「あ、カゲた~ん」

ひらひらと残夏君が手を振れば、カルタちゃんを連れた蜻蛉の姿。
あぁ、またネコ耳メイドなんて変な服着せてるんだから。野ばらちゃん的に言うならメニアック?みたいな。

ちゃん・・・悩み事?だったら・・これ、食べたら元気になるよ」
「あ。ありがとう、カルタちゃん」

チョココーティングされた棒菓子が描かれた赤い箱を渡されて素直に受け取る。
食べて元気になるのは間違いない。それにカルタちゃんがくれたのは純粋に嬉しいし。
新しい箱だから開けずに持っていたら“これも・・”って自分が食べてた分を一本口に押し込まれた。
もごもごするけど、純粋な好意だと思うと・・うん、驚いたけどこれはこれで嬉しいかも。

「うん、ありがとう。もう元気になったから大丈夫だよ」
「本当・・?」

くりん。可愛らしく首を傾げるカルタちゃんに頷いてみせれば控えめな笑顔が返ってくる。
よしよしと頭を撫でれば、別段抵抗するでもなく僅かに頬を朱に染めるのがとても可愛らしいと思った。
良いなぁ、カルタちゃんは。なんて純粋な思い。パートナーだから何だかんだ一緒にいれるもんね・・・・・ん?
一緒にいるのが羨ましいの?蜻蛉と・・・?アタシは、蜻蛉と一緒にいたいの?
野ばらちゃん以外の人にこんな風に思うのなんて初めてかも。はて、これはなかなかに複雑怪奇な想いだなぁ。

ちゃん・・・?」
「ん?ううん、ゲームを部屋に忘れてきちゃったからもう戻るね」

慌てて立ち上がってラウンジを後にする。あ、ちゃんと紅茶のカップは片してね。
周りが何か言っててくれたような気がするけど、軽く手を上げる程度の反応しか出来なかった。

いや、だってほら。気付いた感情が気になってしょうがないし。
そもそも傍にいてどうするの?というか傍にいてどうしたいの?
野ばらちゃんとは一緒にいると、色々な知らない感情を沢山教えてくれた。温かい感情ばかりくれた。
どう反応して良いのかわからないアタシに優しくしてくれて、ずっと待っててくれて、ひとつひとつ教えてくれた。
ううん、それだけじゃなくて単純に大好きだから一緒にいたかったっていうのもあるけど──あれ?

大好きだから・・・・?

ん?ちょっと待って。もしかして難しく考える必要なんて無かった?
単純明快な答え。蜻蛉と一緒にいたいと思うのは、好きだから?

いやいや、でもそうとは言い切れない。
一緒にいたいのが好意から来る感情だとしても、そしたらこのもやもやとかは何だろう?
蜻蛉が傍に来るだけで動悸がして、そもそも単純な好意じゃないのは分かっている訳だし。
えぇと、しまった。やっぱりこんがらがってきた。

感情って難しい。

「まだまだ、アタシには分からない事ばかりだ」

ぽつり。部屋まで戻って天井を仰いで呟く。
何時も引きこもってゲームばかりする筈なのに、そんな気にすらならないなんて・・・あぁ、重症だ。
いや、野ばらちゃんから貰った自由をそんな怠惰な事に費やしてきた報いなのかもしれない。
もっと真面目に人とコミュニケーションをとろうとすれば別の展開が待っていたかもしれないし。
もっと自分から知ろうとすれば、きっとこの感情の正体だって分かっていただろうに。いや、今更だけど。

鼬の姿に変化してベッドに転がる。
小さくなればそれだけ広がる空間に、あえて隅っこまで転がりながら移動してから丸まった。
これが一番楽で気持ち良いから好きだ。うとうとと眠気が襲ってくる。

もう少し考えないとダメなんだけど・・・。
もう少し真面目に考えないと。折角、折角新しい感情を知れる時なんだから・・・。



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