If―ありえた末路―/少女の最後の記憶
カルタちゃんが何者かに襲撃されてから数日。
まぁアタシの体調もマシになった事だし、このままだと進展もないし、いい加減行動しますかね?
まず犯人は──あのカルタちゃんをあれだけの目に遭わせる事が出来る存在。
そんな事は人間じゃ出来ない筈。純粋な妖怪とか、そっちの類なのは間違いないよね。
ただカルタちゃんの意識が戻らないから詳しい事は分からないのが問題か。
「なら犯人を“捜す”んじゃなくて“見つける”方が先決な訳だ」
一件似ているようで非なる事。
犯人を無闇に探したって出てこないんだから、向こうから来そうな場所に行って犯人を見つける。これポイント。
とはいえそもそもの情報がないんだから単純に“犯人は現場に戻ってくる”心理で行くべきかな。
案外それが単純だけど確実だったりするみたいだし。
もしかしたら逆に相手だってそれを狙ってるかもしれない。
仲間が罠に掛かった事で集まったアタシ達を一網打尽にする、とかね。
そのつもりなら相談しないでアタシ単独で行動する方が良い。
相手が警戒して出てこなかったら意味ないし。皆も各々に行動してる訳だしね。
逢魔が時。
時間を潰していた近くのコンビニから出て公園を歩いていけば、同じように歩く音。
ぴったりとアタシと同じ距離を保って歩いているのが音で分かる。
立ち止まれば、その足音の主も同じように止まった。
「よぉ。こんな時間に1人で出歩いたら危ないって・・警戒しねぇの?」
呑気な声が背後に響く。
振り返れば特長的な眉毛と垂れ目。まるで人懐こそうな笑顔の男の子がいた。
アタシとあまり変わらないか或いは・・・もっと下、かな?
ざわつく感覚。周りに人はいないのに、どうしてか多くの視線を感じた。
「貴方が首謀者?」
「そーだよ。オレが全部やった」
“何の”と訊いてもいないのに肯定の返事。
ざわざわと空気が変わって目の前の男の子の格好が学生服から着物へ変わる。
同じ先祖返り?でも先祖返りなら尚更分からない。如何して・・・?
「なー。お前さ、あの女の友達だろ?
だったらお前もオレと一緒に百鬼夜行しようぜぇ」
「・・何?」
百鬼夜行?
「そう。短いほんのひと時の泡沫の祭りを共に──」
「なんて言われて“はい、良いですよ”とは言えなくない?普通」
アタシも変化して、一気に距離を詰めて鎌を相手の咽喉元へと突きつける。
百鬼夜行だとか泡沫の祭りだとか、そういうものに興味はない。
アタシが求めてるのは、あくまでカルタちゃんにあんな怪我をさせた犯人探し。
妖怪なら取っちめるつもりだったけど、先祖返りなら別だよね。
捕まえて、どうして彼女にあんな事をしたのか問い詰めなくちゃ。
「それよりこっちの質問に答えて。
如何してカルタちゃんをあんな目に遭わせたの?」
あんな酷い怪我させて・・・一体何の目的があって?
「そりゃあ、あの女がいる方が便利だからさ。
でもまだ時間かかってんだよね。潜伏期間は区区だからさ」
「潜伏期間?って、一体何の・・・?」
ヒュ──
風を切る音。思わず距離を取れば、猪の妖怪がすれすれを横切った。危な・・っ。
あっという間に茂みに隠れて・・・でもコイツだけじゃないよね。
さっきから感じる視線。まだ沢山の妖怪が潜んでる。
というか妖怪と先祖返りが共にいる?そんなの聞いた事無いんだけど。
「へぇ?何だ、何も知らないのに1人で来たんだ?
アンタ、勇気あんね。それともただの無鉄砲バカぁ?」
“そんな風には見えないけどぉ”なんて言葉を続けてにんまり笑う。
と、少年の姿が更に変化して犬へと変わった。
「犬?」
「そう、オレは犬だよ。犬神命」
そのまま噛み砕かんと言わんばかりに大きく振りかぶる牙や爪を避けていく。
スピードはアタシの方が上。だから避けるのはそこまで難しくは無い。
ただこの人・・犬神にばかりかまけてると茂みの妖怪が次々攻撃を仕掛けてくるのが厄介なんだよね。
鼬に変化したり戻って鎌で往なしたりするけど・・・長期戦だと流石にジリ貧だな。
体力は無い方ではないけど、だからって底なしじゃない。多勢に無勢はちょっとキツイ。
「いい加減諦めなよ。アンタ、確実に追い詰められてるぜぇ?」
「知ってる。でもこの場面は諦めちゃダメでしょ?」
そこでこの現状を受け入れちゃいけない。そんな事くらいはアタシにだって分かる。
飛び掛ってくる犬神の大きく開かれた口に逆に拳をねじ込んでやる。
“うぐぇ”なんて呻く声が響いたけど、そのまま地面に叩きつけた。カウンター狙いとか体力限界過ぎるかな。
反動というか衝撃でそのまま犬神に噛まれたけど傷自体は大したものじゃない。
腰から下げた壷から薬を取り出して塗れば、あっという間に血は止まった。
「全く、女の癖にらしくない戦い方だね。よっぽど男前だぜ?」
「それはどうも。女らしさを戦いに追求してる余裕はなかったから」
出来る事は全部やらなきゃ。
今まで怠惰に過ごしてた分、やる気ださなきゃいけない時はちゃんとしないとね。
「言っとくけど、アタシまだ諦めてないから。
詳しい事情を訊いた後で貴方を皆の前へしょっ引く気満々だから、よろしく」
言葉に、だけど犬神は笑った。
「オレ、アンタの事も割と気に入ってんだぜ。
アンタが一緒だとかなりやりやすいからさ」
「?何の事・・──?」
ドクン。
不可思議な動悸に思わず胸元を押さえる。何、これ・・・?
「呪いだよ」
呪い・・・?
「妖怪としての本能を強く呼び起こす呪いさ。
このままアンタは自我の消えた妖怪になる」
「な、に・・・」
何、それ。アタシがただの妖怪になる?
「がしゃどくろはまだ潜伏期間が長くてさぁ。
アンタの方が早くオレらの仲間になりそうだね」
にっこり。嬉しそうに笑う。
「がしゃどくろ・・って事は、カルタちゃんにも同じ呪いを?」
「そそ。正解~。ついでに周りのこいつらも一緒ね。
・・・なんて悠長な事言ってて良い訳ぇ?このままじゃアンタの方が先に妖怪化しちゃうぜ?」
「・・・それは・・困るかな」
じわじわと体内から侵されてるのが分かる。
頭がぼうっとして・・ゆらゆらと、意識が飲まれそうになる感じ。
曖昧になる。アタシという存在が。それは、とても怖い。
「ふーん。だったら呪いが完全に身体を支配する前にオレを殺してみるぅ?
ま、この状況下でそれが出来るかは怪しいけどさぁ」
周囲をぐるりと囲まれた状況で、犬神単品だけを叩けるか・・・うーん、正直怪しい。
止血したとはいえ傷も痛いし。体力だってほとんど残ってないし。
かといってこのままただの妖怪になるのは勘弁願いたい。だったら──。
「それなら相打ち覚悟でいくよ」
最後の力を振り絞って、スタートダッシュ。
一気に犬神の目の前まで距離を詰めて、それから鎌を振り下ろす。
そこで意識が完全な闇に囚われた。